2007年10月 4日 (木)

速報!

我が長男の通う幼稚園の運動会が6日にあり、そのプログラムなどの詳細が先日明らかになった。

我が長男は「白組」となった。そうなった以上は「白組」の大勝利を目指して、我が息子も先頭で戦い抜くであろうし、選ばれし「白組」の園児諸君もその勇者ぶりをいかんなく発揮してくれるに違いない。

私自身、陰ながらではあるが「白組」の勝利のために全身全霊を傾け、その勝利のための大応援の一翼を担う覚悟である。

大丈夫だ! 親父がついているぞ!

空を見るのだ。空の上の親父の親父も、応援してくれているではないか。

すべては6日! 「白組」園児諸君よ! 立ち上がれ! 

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007年7月11日 (水)

しんちゃん

週末になると、うちの子供たちは「しんちゃんのところに行く~」と大騒ぎ。「しんちゃん」はもともと自閉的傾向が強く、強度行動障害があって、それゆえ車椅子にもなってしまった。そして今はまだ長期リハビリ入院をしている。その病院に行って、しんちゃんに大好きな車のことを聞いたり、車椅子に乗せてもらうのがうちの子供たちの週末の決まりごとになってしまったようだ。

先週末「親父は(疲れているから)また今度にしようよ」と言ったのだが、泣いて抵抗するので、連れて行った。しんちゃんと特に会話をたくさんするわけではなく、たまにベッドに登ってトランポリンのようにして遊ぼうとして私に怒られたり、車椅子に乗って病院の廊下を走ったりして怒られたり、まあそんな感じでした。

また先日、タケシ君のうちに私が行くとき、長男もついてきた。タケシ君のお父さんの体調についての話やその他今後の生活のことなどの話をする。タケシ君は近くで手を振って飛び跳ねていたり、ワーワーをやっている。そんなタケシ君に、長男が近づいたり話しかけたりしている。

「やっぱり、こういう子(知的障害者)をいつも見ているから平気なのね。」とお母さん。普通の子ならびっくりしたり恐がったりするらしい。

確かにうちの子たちは慣れてるよな。我が家にも最近家族になったおじさん(知的障害者)がいるし、いつも一緒に遊んでいるし。作業所の旅行にもついてくるし。

うちの子たちにとって、こういうちょっと変わったおじさんは、近い目線で遊んでくれるから好きなのだろう。

障害者のホームステイみたいな事業ってあったら面白いのにな。

さあ、今日も仕事。今日はソフトボールクラブの練習もあります。週末あの全国レベルの強豪、習志野高校女子ソフトボール部との交流試合もあります。

いつも本気で試合をしてくれるので、もちろん30-0とかで負けてしまうのですが、なんとなくすがすがしいのです。本気でやってくれるのは、うれしいことだし、試合をしてくれる彼女たちも、障害を持つ人たちとの付き合い方(普通に接する)をこういう機会で感じてくれればなおいい。

じゃあまた。

しんちゃん、今週は忙しくて顔出せないかもしれないけど、病院で騒いだりするなよ!騒いだら、看護師さんからすぐに報告もらうようになっているんだからな!

看護師さん、リハビリの先生。すみませんが、よろしく。しんちゃんがもう少し元気になったら、カラオケにいきましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年7月 1日 (日)

アオムシを囲む人々

日付が変わろうとしている。それでもアオムシは頑張っている。わき腹からまたひとつ寄生蜂のマユを出した。そして体液が染み出している。おそらくこれが最後の寄生蜂のマユだろう。

長男の風歌は言った。「アオムシ、頑張ってる。だけど蝶にはもうなれない。」それ以上は語らない。慎重に言葉を選ぼうとして、そして結局選ばれた言葉はない。それが沈黙。

妻は金魚たちの世話をした後、アオムシのかごに目をやる。金魚たちはあの重い病気を乗り越えて、今日妻の判断で、やっと淡水に戻った。アオムシをしばらく眺めて、子供たちを連れて二階に上がっていった。

わたしの母が、深夜起きてきた。「アオムシ、きっと痛いんだと思う。どのくらい痛いんだろう。このまま生かせておくのがかわいそう。末期がんの人を見てきた。ただ痛いだけの状態がかわいそうな気がする。いっそのこと楽にしてあげたほうがいいんじゃないか、と思う」。そういい残して部屋に帰っていった。反論はできなかった。でも<命>って、痛いとか痛くないとか、展望があるとかないとか、そんなものの向こう側にあるような気もする。

明日からまた仕事頑張ろうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アオムシ、ありがとう。

先週末、我が家の家族になった「トモノアオムシ」が、1週間猛烈に食べ続け、やがて虫かごの屋根によじ登り、さなぎになる準備に入ったことは、前回までのブログで書きました。長男・風歌(ふうた)やその友達のことちゃんが、とても大切にそのアオムシのさなぎの準備を眺めていました。

先日の朝、アオムシの様子がおかしい。へんな白い糸がわき腹からたくさん出てきて、アオムシは明らかに苦しんでいます。私は妻と風歌に「アオムシの病気について調べておいて」と言い残し、仕事に出ました。その日の仕事は忙しく、帰りは深夜になってしまいました。翌朝風歌に「アオムシはどうなった?」と聞きました。

「アオムシはねぇ…。食べられちゃったの。」重い口を開いて風歌が答えました。私にはまったく理解のできない答え。虫かごの中にいたのに、何で食べられちゃうの?

妻が説明してくれました。以下、妻の答えのすべてです。

アオムシは、寄生蜂(アオムシコマユバチ)に寄生されていた。この寄生蜂は、アオムシに卵を産み付けられ、幼虫となり、アオムシの体内で食い荒らし成長し、アオムシがさなぎになる準備に入った時を見計らって外に出てくる。そして出てきてすぐマユになる。およそ30匹。さなぎになるために天井で準備をしていたアオムシにその30個のマユが固まっている。すでにその蜂の30個のマユの方が、アオムシよりも大きくなっている。

トモノアオムシは、それでも生きている。食い荒らされた下半身はもう動かなくなっているが、体中に張り付いたマユから何とか逃れようと頭を動かし続けている。

アオムシは、蝶になることもさなぎになることも、もうできない。大好物のキャベツを5日間食べ続け、あんなに大きくなって、そしてさなぎになる準備に入った。しかしそれは、寄生蜂のために食べ続け、寄生蜂のために天井に登っただけだった。

「アオムシは、お腹は痛かったと思うけど、蝶になろうとして天井に登ったんだよね」と妻。「きっとそうだよね」と私。

風歌も「蝶になったらサヨナラするんだ」と語っていた。いい<サヨナラ>を待ち望んでいた。

あまりにも残酷な話だ。風歌は「腹ペコアオムシ」のアニメDVDを何度も見て、最後に蝶になる姿を繰り返し見ている。我が家のアオムシのことはもう何も言わない。

私は、寄生蜂のマユを鬼のような形相で全部壊し、アオムシを天井からキャベツの葉っぱの上に戻した。体はもう半分の大きさになってしまっている。さなぎになる準備をしていたアオムシだから、もうキャベツは食べないのかもしれない。実際食べてくれない。もちろん食べたとしても、さなぎにはなれないだろうし、そもそも食べた物が消化されてウンチになることもないだろう。

でもあんなに大好きだったキャベツの場所に、どうしても戻してあげたかった。一口でもいいから食べて欲しいな。

最後は本当に自分のために。

でも私が殺した寄生蜂のマユも、蜂の赤ちゃんです。蜂も可愛い赤ちゃんを産むために、卵を産みつけたのです。そう考えると、何がなんだか分からなくなってきた。妻もこういいました。

「自然は恐いね。でも私たちが生きていることだって、このアオムシと寄生蜂の関係とあまり変わらないんだよね。いろんな命の犠牲の上で生きてるんだよね。」

「そうだね」と私。

今、このブログを書いている途中、下に降りてアオムシを見に玄関に行った。そこには妻がいた。お互い顔を見合わせ、ちょっと哀しく笑った。アオムシはまだ生きている。

アオムシ、ありがとう。今度生まれてきたら、きれいなモンシロチョウになってね。

そして寄生蜂のマユたち、ごめんなさい。あなたたちを殺すことはなかったかもしれません。

B0025008_22102251 これがアオムシと寄生蜂の写真です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月29日 (金)

アオムシのその後

今日、仕事から戻ると、「おかえりなさ~い」の数がいつもより多い。ことちゃんとのんちゃんがまた遊びに来ていた。お母さん頑張りすぎてない?

そして虫かごに目をやると、アオムシがいない。長男が「アオムシはねぇ。さなぎになる準備をしているの」。ことちゃんも続けて言います。「上のほうにいるよ。さなぎになるときに動かすと、死んじゃうんだよ。だから動かしちゃダメだよ」…「分かった。」

さなぎになったら、次は本当に蝶になります。蝶になったらサヨナラをしなければなりません。長男にそのことを話すと、意外にも納得していました。以前なら「絶対にサヨナラしない!」と駄々をこねるところなのに。

私の会社の方は、また仕事がドーンと入りました。県内の各福祉施設に発注する仕事です。今回もまた儲けはとりません。かなり率のいい仕事です。どこにどれだけ回すか、とても頭の痛い問題です。たくさんの作業所・施設から「仕事をくれ」といわれておりまして、そのすべてに応えられないのが心苦しいです。

昨日は県庁で会議。「行政としての(作業所の)立ち上げ支援のあり方について」という内容。ん~難しい。行政の仕事を民間がやるということは、意外とスムーズな場合が多い。しかし本来民間の仕事を行政がやるとなると、これが結構難しいというか、…疑問符がたくさんついてくる。

やはり地域福祉は、地域に根っこをはるその力強さこそか定着・安定する鍵です。あえて手を差し伸べてはいけない領域があるようにも思えます。

養殖は天然には勝てない。

会議のあとは、酒の席。いろんな話が聞けました。今日、このブログを開いた人の中には、「自分のことが書かれているんじゃないか」とヒヤヒヤしながら開いた人もいるのではないかと思います。

大丈夫です。しかし9月が楽しみです。船橋が変わるかも?

こんなことを書いている間に時間は刻々と過ぎていきます。明日は午前中職員会議のあと、午後講演を頼まれています。講演と質疑応答で3時間をどう費やすか。まだ何も考えていません。貴重な週末に聞きに来てもらうのだから、参加者一人一人に「来てよかった」と思ってもらいたいのですが、何を話せばそうなるのか、まだ見当がつきません。このまま何も準備をしないで行ったほうがいいかもしれないという気にもなってきました。(逃げかな?)

今日は一日牛乳配達をしました。10年前からのお客様、笑顔はぜんぜん変わらないのだけれど、そのおばあちゃんがずいぶん小さくなってきたように思います。これからもずっとその笑顔でいてもらいたいです。

講演準備は、もう諦めた!

ごめんなさい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月27日 (水)

アオムシは今

アオムシは今、猛烈に食べています。自分の体よりも一日のウンチのほうが大きいのです。もう4日間、我が家はアオムシの話題ばかりです。

なんでもそうですが、やはり出会いを大切にすることです。出会ったことによって面倒な部分もある場合もあるでしょう。でもその出会いを大切にしていれば、必ず報いはあるのです。それを期待するのでなく、そうなった結果に感謝することが大切です。

キャベツを猛烈に食べ続けるアオムシは、毎日ものすごい勢いで大きくなっている。8mm程度で我が家に越してきたアオムシは4日間で30mmに。4日で4倍?

これを見ていて、これまで野菜が嫌いだった長男が「ぼくも大きくなるよ」と、キャベツをたくさん食べるようになりました。

大人たちが、ガミガミ言っても食べない野菜、それをわずか数十ミリの小さな家族が食べてそして大きくなる姿を見せることで、簡単に解決してしまったのです。

アオムシのおかげです。

福祉作業所から就職していった仲間たちも、みんなが欲しがるようなゲームなどをたくさん買い込んで、たまには作業所に見せびらかしに来てくれればいいなあ。就職すればこれだけいろいろ買えるという姿を見せに来てくれればいい。そうすればみんなもっと「就職したい」っていう気持ちになるだろうなあ。

無理かな?

下に「害虫駆除なら」というスポンサーリンクが貼ってあることに驚きます。ちゃんと読んでから貼れよな!

あっそうそう。今日、このブログを読んでくれている方から、私のところで働きたいというお手紙をいただきました。お電話して面接日などを設定したいと思いますが、今日はもう遅いので、明日にでもお電話差し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月30日 (水)

イライラとパズル

昨夜の私は、家に帰ってもしばらくイライラが収まらなかった。家でイライラすることはほとんどないのだけれど。イライラするといっても表面的には無口になっていつも以上に掃除ばかりするだけですから、まわりは「調子悪いのかな?」と思う程度でしょう。

原因は、おそらくパズルだと思います。「リサイクルショップクローバー」で、働く車(消防車、パトカーなど)のパズルが出たので、次男・心歌(こうた)に買って帰りました。中古品ですが、パーツは全部ありました。

家に帰ってお兄ちゃん(風歌/ふうた)に「心歌にパズル買ってきたんだよ」と話すと、「心歌パズルもってなかったもんね。一緒にやろう!」お兄ちゃんも弟もご機嫌でパズルを始める。弟は細かいことは気にしないタイプなのであまりパズルには向かない。お兄ちゃんは1歳の頃から数十ピースのパズルを仕上げていた。だからこれは簡単すぎるのだが、弟のために「心歌、ここだよ~」と説明しながら並べている。弟も大喜び。

ところが、1ピース足りない。絵にポッカリ穴が開いている状態になってしまった。完成されたパズルの絵を楽しみに並べていたのに、最後の1ピースが無くなっていたのだ。途中車に乗るとき、私はパズルを落として、バラバラになったものを全部拾ったはずだった。しかし1ピース無くしてしまったのだ。

2人をとてもワクワクさせて、自分自身もワクワクしながら2人と遊んでいたのに、最後の最後にガッカリさせるだけになってしまった。

そういう自分自身の馬鹿さ加減に対する苛立ちが、妻や子供たちが寝静まった後もずっと体から消えなかったのだ。

朝になって立ち直った。そんな朝、福祉作業所のU君のお母さんから電話。U君が体調を崩し、頭痛がひどいという。今日は休ませることにした。

親たちはたいてい、障害を持って手のかかる我が子を福祉作業所に面倒を見てもらっていると考えている。(もちろんそういう側面はある。)しかしそれだけではない。

みんながパズルの1ピース。全員が集まってはじめて作業所の「絵」が完成する。1ピースでも不足なら、絵としては不完全なのだ。昨夜の子供たちとのパズル遊びと重ね合わせながら、U君のいない作業所を見て、そう思った。

みんな大切な一人一人。早く元気になれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月26日 (土)

僕の骨

前回の記事、タイトルをつけるのに苦労したもんだから「汚れつちまつた悲しみに」なんていうタイトルにした。長男・風歌(3歳)がなんとなく口にした詩のタイトルを、そのままつけた。

今日の朝、4時半に目が覚めてしまった。今日はいつもより出勤時間が遅いため、もう少し寝られるのならば寝ていたい、、、そう思いながら携帯を見ると、メールが来ていた。その詩の先が送られてきた。

    

 汚れつちまつた悲しみに

 今日も小雪の降りかかる

 汚れつちまつた悲しみに

 今日も風さへ吹きすぎる

 私も神経や感性がとんがっていた10代~20代の頃、この中原中也の詩を好んで読んでいたが、今では記憶の中でしか読むことがなかった。

 なんとなく気になって本棚の奥のほうに眠っている(「眠っている」こと自体ある意味うらやましい)中也の詩集を引っ張り出して読んでみた。

 詩を読むとき、あまりその人の年譜なり時代背景なりを探るのは元来好きではない。<感じる>と<評論する>は違うからだ。

 早朝から吸い込まれるように読んでいて、ふと気がついた。「20代前半の頃と感じ方が違うな」。

 「ホラホラ、これが僕の骨だ、

 生きていた時の苦労にみちた

 あのけがらわしい肉を破って・・・」

 「おもえば今年の5月には お前を抱いて動物園

 象を見ても猫(にゃあ)といい 鳥を見せても猫(にゃあ)だった

 最後に見せた鹿だけは 角によっぽど惹かれてか

 何とも云わず 眺めてた」

 中也は、長男を2歳で亡くしている。「感性の詩人」「感性の天才」などと言われているし、私もそう思って読んでいたが、そんなレッテル張りはだめだ。どんなに悲しかっただろう。

 また、不思議な詩の意味も分かった。

 「かなしい心に夜が明けた、

  うれしい心に夜が明けた、

  いやいやこれはどうしたというのだ?

  さてもかなしい夜の明けだ!」

 なんで「かなしい」のに「うれしい」のかが分からなかった。「これはどうしたことか?」・・・「かなしい」と「うれしい」が混じりあっていることこそが「かなしい夜の明け」なんだなあ。

 かなしさに徹しきれず、うれしさも首をもたげる。うれしさ自体何ら悪いことではない。でもうれしさが悪いことに感じてしまう。それはなぜ?

 中也は混沌とした心情を、混沌と書き綴っている。「感性の天才」だなんだっていわれているけど、この混沌とした感性は、「天才」だから感じるものではない。それをそのまま表現できたことこそが「天才」なのだろうが。

 中原中也の最愛の長男・文也が2歳にして亡くなったのが、1936年1月10日。そして次男・愛雅が産まれたのがその5日後の1月15日。

 いったい、なんてことだ!

 それから「亡き児 文也の霊に捧ぐ」とついた「在りし日の歌」という詩集を書きためた中也。しかしその翌年の1937年結核のため亡くなる。(「在りし日の歌」刊行。)

 さらに翌年の1938年、次男の愛雅が亡くなる。

 70年前のお話です。

 うちの2歳の心歌(こうた)も、2歳の文也と同じようにトラを見てもクマを見ても「ミヤ」(うちの猫の名前)と呼ぶ。変わっちゃいないんですね。赤ちゃんは。そしてそれを愛おしむ親の気持ちも。

 自分の「骨」を冷めた目で眺める中也。その向こうにある愛おしいものへの気持ち。

 20代前半までの頃と読み方が変わったのは、「感性」なり「表現」を実体から切り離してとらえるのはイミテーショナルだということ。香水と同じで実体がないものはそれまででしかないということ。(ん~表現が下手だな!)

 とにかくメールありがとうございます。仕事に行く時間です。

今日は法人の総会。そーかい、そーかい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月15日 (日)

風歌へ

風歌(ふうた)は先日幼稚園に入園したばかりの3歳児。うちの長男。
先日わが家に新たな「家族」がやってきた。わたしのいとこのヨージ。ヨージの家族の病気で、ヨージの介護者がいなくなり、こうして一時的にわが家が引き取ることになった。ヨージとは私は本当に小さい頃よく遊んだ。当時は彼の障害など気づかなかった。私の祖母の「ヨージはバカだから、かわいそう」といった言葉と、その言葉に激怒した私の母の言葉を今でも覚えている。
私も小さいなりに成長して、次第に祖母の言葉と母の言葉の意味を分かるようになった。ヨージとは一緒に遊ぶことはなくなった。遊んであげる、という意識に変わっていった。

私が11年前、まったく別の畑から福祉の世界に入ってきて、真っ先に考えたことは「いつかヨージを引き取ることになるだろう」ということ。そんなヨージが一時的にわが家に来た。

風歌にとって見たら、来客であるこのおじさん。おじさんはみんな自分にやさしく遊んでくれるはず。なのにこのおじさんだけ相手にもしてくれない。しばらく風歌は距離を取ってこのおじさんを観察していた。

トイレに入るとき、パンツまで脱ぐ。親父(私)がお尻を拭いてあげる。着替えも手伝い、ひげもそる。食べこぼしを拾う。そんな親父とこのおじさんの関係を風歌は黙って眺めていた。自分が食べこぼせば叱られるのに、このおじさんだとあまり叱られない。そんな現実を風歌はどう見ているのだろう。

次第に風歌が変わってきた。返事が返ってこなくても「ヨージおじさん、おはよう」と声をかける。得意の英語もおじさんの前では使わない。風邪をこじらせているヨージの鼻を拭こうとする。「お薬の時間だよ」と声をかけたり水を渡す。

風歌がある時こういった。「ヨージおじさんは、親父のお仕事の人たちとおんなじなんだよね。」私は答えた。「同じだよ。だからおじさんも畑で一生懸命働いてるんだ。だから親父とも同じだよ。」

風歌はそれに答えなかった。風歌のいう「おんなじ」と、私の答えの「同じ」の意味の違いを分かっているからだ。
なぜ私が違う意味の「同じ」を語ったのか、それはいつか分かってくれると思う。

風歌は日ごろから「車椅子のしんちゃんは、どうやって電車に乗るの?」と聞いてきたり、ブロックで車椅子を作り、「しんちゃんの車椅子作ったの。これ早いよ〜」と言ったり、「スティービ−ワンダーは目が見えないのになんで歌が歌えるの?」と聞いてきたりする。親父の仕事に連れ回しているので、何となく興味を持っているのだと思う。「しんちゃんの(入院している)病院は、スカイライナーとか成田エキスプレスが見えるから、また行きたいな〜」。昨日見舞いに連れてきた時に風歌が言った言葉。

親父の仕事、親父の性分によって、息子にいらぬ気遣いをさせているのかもしれないと悩むこともある。また息子が私のいとこの鼻を拭いてあげようとしたときは、正直複雑な気持ちになった。3歳児がヨージに対して慈悲の気持ちを表していることへの、うまく表現できないが抵抗感を私は持った。でもうれしくも思った。うれしさと抵抗感、複雑な気持ちを払しょくさせてくれたのは、ヨージだった。ヨージが笑顔で風歌に「おやすみなさい」と声をかけた。風歌も自然に答えた。

これでいいんだ、と思った。
それが、とりあえずの結論です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月21日 (水)

欧米か

長男・風歌(3歳)のおはなし。

最近長男が私に愚痴を言ってきます。

「こうた、ゆうこときいてくれないんだもん。ふうたがおもちゃで遊んでるときね、こうたはいたずらするの。やめなさいっていっても聞いてくれないんだぁ。ふうたがまだ小さいから、こうたは言うこと聞いてくれないのね。」

「風歌が小さいからじゃないよ。心歌は親父の言うことも聞いてくれないからね。」と私。長男なりに弟・心歌(1歳)との関わり方を悩んでいるのでした。

そんな長男の最近のマイブームは英語。なぜ英語にハマったのかは分かりません。教育テレビか何かでしょうか。長男の昼間の時間は見ることができないので分からないのです。

先日カーステレオで「mcAT」を聞いていました。歌詞の中で「mcAT、mcAT、・・・」と繰り返される部分があります。長男がそこを聞いて真似して歌っていたのですが「エンプティ、エンプティ、・・・」と歌っています。「ところでエンプティってどんな意味?」と私が聞くと、「ん~、なんにもないこと」と長男。「空虚な」とかそういう意味なので、ほぼ正解。げ~っ!なんだこの人!

調子に乗って「You got a mail.」(ネイティブに近い発音)。これは「メールが来たよっていうこと」と長男。「真っ暗なときは、Good night. お外が明るくなったら、Good morning.」

こんな調子なので私は妻に「風歌、英語好きだって言うから、習わせようか?」と聞く。妻は「ダメ!そうじゃなくても3歳のくせに勉強ばっかりしてるんだから。理屈ばかりこねてこっちは大変!もう勉強なんかさせない!泥んこになって遊ぶことが大切!」…私の提案は簡単に粉砕されました。

今日は福祉作業所の仲間たちの一時介護で私は泊り込み。子供と会えない日は子供のことが書きたくなってしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)