2007年3月18日 (日)

数学のお勉強~誰のための工賃倍増?~

以下は、ある記事から抜粋。

 厚生労働省は、福祉施設で働く障害者の工賃水準をアップさせる「工賃倍増計画」に基づく都道府県の各種支援事業に対し、1都道府県当たり1000万~3000万円を補助する方針を決めた。障害者の収入を増やし、地域で自立した生活を営めるよう後押しするのが狙い。各県が策定する工賃倍増計画には、「企業とのつながりが弱い」など福祉施設の弱点を洗い出した上で、コンサルタントや企業OBによる経営指導や市場調査を行い、収益性の向上を図る対策を盛り込む。

 授産施設などで働く障害者は全国でおよそ8万人。単純労働ということもあって工賃は月額1万円以下が半数を占め、平均でも約1万5000円と低い。

 同省は、単身の衣食住の出費に必要な最低水準を「月10万円」に設定。障害者年金(月額約6万6000円)に加え、工賃を倍増させ3万円とすることで「月収10万円」に近づけたい考えだ。都道府県、市町村が策定する第2期障害福祉計画の目標年度である11年度までの5年間で達成することをめざす。

これも別の記事(毎日新聞・鳥取県)から。

県:障害者の自立支援を 工賃3倍計画、就業支援など新規事業--当初予算 /鳥取
3月11日13時1分配信 毎日新聞

 県内で働く障害者約1200人の収入を増やして自立を促そうと、県は07年度当初予算に工賃3倍計画事業費(861万円)を新たに計上した。障害者の職場実習を受け入れる事業所へ支給する謝礼金などに充てられる新規就業支援事業(3542万円)も初計上。障害者自立支援法の施行に伴う支援策の一環で、法定雇用率1・8%の達成を目指す。
 厚生労働省は障害者の単身生活に必要な最低水準を月10万円と定め、障害者年金(2級、6万6000円)に全国平均1万5000円の工賃を倍増させて「月10万円」を実現させる工賃倍増計画を策定。地域で自立した生活が営めるよう、都道府県に各種支援事業を実施するよう求めていた。
 県によると、県内で働く障害者は授産施設に630人、小規模作業所に560人おり、平均工賃は国平均より少ない1万1000円。最低水準を満たすには3倍増が必要で、今後5年間で達成を目指すほか、製品の商品化やNPO法人化、企業訪問による販路開拓の促進に取り組む。
 一方、県内の障害者の雇用率は06年6月現在、1・77%と法定雇用率を下回り、事業所の43・5%が未達成であることから、県は障害者の実習を受け入れた事業所に謝礼金を支払うほか、通勤が困難な在宅障害者の就業を促そうと事業発注を請け負う団体への奨励金を支給する。【松本杏】
3月11日朝刊 

 ここにきて、厚生労働省の障害者施設の「工賃倍増計画」がさかんに取り上げられるようになり、その計画事業費を受ける都道府県も、おそらくはさまざまな方策を練り上げている最中ではないでしょうか。
 今からいうと、あの神戸の福祉作業所のつるし上げは、そのための号砲だったのでしょう。「今日、予定通り運動会をやるよ~」という朝に「ド~ン、ド~ン」と鳴るやつと同じ。

 さて、今日は社会のお勉強でしたっけ?

 いや、数学のお勉強でした。上のほうにそう書いてありました。それにしても「工賃倍増計画」…田中角栄の「所得倍増計画」を連想するネーミングですね。個人的にはあまり良いイメージはありません。

 脱線しました。数学に戻ります。
 まず「誰のための工賃倍増」?という問題から考えていきましょう。

「それは働く障害者のみなさんのために決まっているじゃないですか」「本当は誰のため?」「だから、障害者の…」「本当は誰のため?」「だから障害者の!…」「本当は誰のため?」

「工賃倍増」を口にする人がいたら、この質問をしつこく10回くらい繰り返してみましょう。実はその「誰のため」をはっきりさせないと、「計画」の基本線が大きく逸脱してしまう危険性があるからです。

 まず都道府県にとってみたら、国から事業費を受けて事業を遂行するわけですから「平均工賃○○%アップ」「全国で○位」ということが(例え2次的なものだとしても)大切になってくるわけです。また事業者にとってみたら、その工賃アップが事業的(収入的な)な向上につながるかどうかが大切になるでしょう。就労継続支援事業などでは「目標工賃達成加算」などもあります。もちろんそれらの行政サイドの利益・事業者の利益が障害者一人ひとりの利益と完全にマッチングしていれば、問題はないわけです。そしておそらくはマッチングしているという前提でコトは進んでいくのでしょう。

 地域福祉のフィールドで長く仕事をしていると、光が差せば陰を見るという習慣が身についてしまいます。陰こそが私たちのフィールドですから。

 さて数学の問題です。

A君(工賃千円)、B君(工賃3千円)、C君(工賃6千円)、D君(工賃3万円)

この4人の福祉作業所があったとします。(実際は4人では成り立たないのですが。)この作業所の平均工賃(1万円)を上げるという目的のためには、まず誰の工賃を上げることを第1に考えることが効率的でしょうか。

答えはD君(工賃3万円)です。たとえばA君(工賃千円)の工賃が3倍になっても、全体の平均工賃は500円(5%)しか上がりません。しかしD君の工賃が倍になれば、全体の平均工賃は7500円(75%)も上昇するのです。

本来福祉の世界では、もっとも関わりを必要とされるべきA君が放っておかれ、D君の工賃アップが重要視され工賃格差が広がっても、数字上の「平均工賃」の世界では○になるのです。行政にとっても、事業者にとっても、75%上昇は悪くない数字です。これが「平均工賃」の落とし穴のひとつです。簡単な話、生産性の低い障害者を切り落として、生産性の高い障害者と入れ替えれば、「平均工賃」は上がってしまうのですよね。これ、福祉にとっていいこと?

「目標工賃達成加算」についても数字の裏を見て行きましょう。
ある就労継続支援事業B型に20人の障害者が働いています。
単価は、一人日額460単位(4600円)ですから4600円×20人=92000円がその日の障害福祉サービス事業収入となります。
 ただ「目標工賃達成加算」(日額26単位・260円)を得るにはもう一歩「平均工賃」額が足りません。そこでひとり生産性の低い障害者を切り捨ててみました。19人になったので、その分障害福祉サービス事業収入は減るかのように見えます。しかし「平均工賃」は上がり、「目標工賃達成加算」がつくようになりました。一人日額486単位(4860円)になりました。その日の障害福祉サービス事業収入は、4860円×19人=92340円。なんと、生産性の低い障害者を切り捨てたら、340円儲かるようになってしまいました。年額8万円以上です。
 数字の世界なので、実際にはこんなマンガは存在しないかもしれませんが、このケース、「平均工賃」の世界では次のような結果になります。
行政にとってみたら、「工賃倍増計画」の観点から○。
事業者にとってみたら、事業収入アップの観点から○。
切り捨てられた障害者にとってみたらもちろん×。
残った障害者も、利用者負担額が上がってしまうから×。

「誰のための工賃倍増?」…この質問を繰り返さなければならない理由はお分かりでしょうか?

今日は朝から数学のお勉強でした。

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