僕の骨
前回の記事、タイトルをつけるのに苦労したもんだから「汚れつちまつた悲しみに」なんていうタイトルにした。長男・風歌(3歳)がなんとなく口にした詩のタイトルを、そのままつけた。
今日の朝、4時半に目が覚めてしまった。今日はいつもより出勤時間が遅いため、もう少し寝られるのならば寝ていたい、、、そう思いながら携帯を見ると、メールが来ていた。その詩の先が送られてきた。
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
私も神経や感性がとんがっていた10代~20代の頃、この中原中也の詩を好んで読んでいたが、今では記憶の中でしか読むことがなかった。
なんとなく気になって本棚の奥のほうに眠っている(「眠っている」こと自体ある意味うらやましい)中也の詩集を引っ張り出して読んでみた。
詩を読むとき、あまりその人の年譜なり時代背景なりを探るのは元来好きではない。<感じる>と<評論する>は違うからだ。
早朝から吸い込まれるように読んでいて、ふと気がついた。「20代前半の頃と感じ方が違うな」。
「ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きていた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って・・・」
「おもえば今年の5月には お前を抱いて動物園
象を見ても猫(にゃあ)といい 鳥を見せても猫(にゃあ)だった
最後に見せた鹿だけは 角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた」
中也は、長男を2歳で亡くしている。「感性の詩人」「感性の天才」などと言われているし、私もそう思って読んでいたが、そんなレッテル張りはだめだ。どんなに悲しかっただろう。
また、不思議な詩の意味も分かった。
「かなしい心に夜が明けた、
うれしい心に夜が明けた、
いやいやこれはどうしたというのだ?
さてもかなしい夜の明けだ!」
なんで「かなしい」のに「うれしい」のかが分からなかった。「これはどうしたことか?」・・・「かなしい」と「うれしい」が混じりあっていることこそが「かなしい夜の明け」なんだなあ。
かなしさに徹しきれず、うれしさも首をもたげる。うれしさ自体何ら悪いことではない。でもうれしさが悪いことに感じてしまう。それはなぜ?
中也は混沌とした心情を、混沌と書き綴っている。「感性の天才」だなんだっていわれているけど、この混沌とした感性は、「天才」だから感じるものではない。それをそのまま表現できたことこそが「天才」なのだろうが。
中原中也の最愛の長男・文也が2歳にして亡くなったのが、1936年1月10日。そして次男・愛雅が産まれたのがその5日後の1月15日。
いったい、なんてことだ!
それから「亡き児 文也の霊に捧ぐ」とついた「在りし日の歌」という詩集を書きためた中也。しかしその翌年の1937年結核のため亡くなる。(「在りし日の歌」刊行。)
さらに翌年の1938年、次男の愛雅が亡くなる。
70年前のお話です。
うちの2歳の心歌(こうた)も、2歳の文也と同じようにトラを見てもクマを見ても「ミヤ」(うちの猫の名前)と呼ぶ。変わっちゃいないんですね。赤ちゃんは。そしてそれを愛おしむ親の気持ちも。
自分の「骨」を冷めた目で眺める中也。その向こうにある愛おしいものへの気持ち。
20代前半までの頃と読み方が変わったのは、「感性」なり「表現」を実体から切り離してとらえるのはイミテーショナルだということ。香水と同じで実体がないものはそれまででしかないということ。(ん~表現が下手だな!)
とにかくメールありがとうございます。仕事に行く時間です。
今日は法人の総会。そーかい、そーかい。
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