2007年11月 2日 (金)

メールありがとうございます。

昨日ドラゴンズが日本一になったことで、昨晩から今日にかけて、実にたくさんのメールをいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

ただ、若干勘違いをなされている方が少なくない人数でいらっしゃいますので、訂正させいて頂きます。

「ドラゴンズ勝ったから、アイツおごってくれるんじゃないか?」

「いつ焼肉連れて行ってくれるんですか?」

おごりませんから。

ただしおごってもらう約束はしています。うちの阪神ファンの職員。クライマックスシリーズで阪神ー中日、負けたほうがおごることになっていましたから。(ひどい所長?)

その人はいい人なので、たぶん「自分も中日ファンだ」といえば便乗できるのではないかと思います。直接お問い合わせください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 1日 (木)

中日ドラゴンズ優勝!

涙が止まらない。中村ノリのヒーローインタビュー。

53年ぶりの日本一。しかし私がファンになってから33年。

33年前のドラゴンズの優勝については、平成16年6月のブログで触れたことがある。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_29cf.html

「1番高木が塁に出て~2番谷木がヒットエンドラン、3番谷沢がタイムリー、4番マーチンホームラン~」・・・あれから33年経ったんだなあ。私はまだ名古屋に住んでいて、ブログにも書いたが、町は大騒ぎだった。なんの疑いもなく、ドラゴンズファンになった。

千葉に越してきて、死んだ親父が「鈴木孝政を見に行こう」と後楽園に連れて行ってくれた。巨人・新浦と鈴木・・・と思いきや三沢の先発だった。「孝政じゃないじゃん!」私が言うと、「今度ナイターでもう一度孝政を見に行こう。速いぞ~」・・・。そんな親父も13年前に死んだ。

昭和57年の優勝は、人生の中でも一大事だった。高校受験の勉強をしながらラジオにかじりついていた。怪物江川の完封ペースを9回に大逆転したのは、大島のタイムリーと中尾(その年MVP)だった。ノートに大きく「ありがとう」と書いて泣きじゃくっていた。日本シリーズ、平野のタイムリーが1塁審判の足に当たり、本塁タッチアウト。あれで流れが変わり、最後は東尾のふてぶてしいマウンドの前に、西武の優勝を見た。

田尾が大洋長崎との首位打者争いの中で5打席連続敬遠もあった。5打席目、明らかなボール球をスウィングし抵抗を見せた田尾の姿を見て涙があふれた。

ケンモッカの引退試合、モッカが最後のサードのプレーでエラーをして苦笑いをした時、「ありがとう」と叫んで泣いていたのを覚えている。

谷沢の引退試合でのライトスタンドへのホームラン。

肩のケガからカムバックした鈴木孝政のど真ん中のスローボール(パームボール)での見事な三振。中継ぎエース堂上(堂上兄弟の父親)の連日連夜の登板。宮下がクロマティの暴行に向かっていった態度。全部が感動だった。

近藤真一の初登板ノーヒットノーランの時、篠塚に投げた最後のカーブは明らかに高めに外れたボール球だったが審判は「ストライク」。堂々とした近藤の態度に、審判の手も上がった。「強く生きよう」と思った。

昭和57年、16勝4敗で最高勝率のタイトルをとった都裕次郎のその年の防御率は3.14。円周率と同じだった。肩や肘を痛めた都は、その後左投げを諦めて、2軍で右手で投げていた。「何事も諦めず生きよう」と思った。都は今スコアラーをしている。

仁村徹の流し打ち、大島の潔い三振、上川の短く持ったバットでのシャープなセンター返し。バード島田。森田・与田の2枚ストッパー。代打の切り札豊田。(時代がメチャクチャになってきた。)

千葉で過ごした高校生活。大学は当然名古屋の大学に。もちろんドラゴンズをナゴヤ球場で応援するため。貧乏だったので、2軍戦ばかり見ていた。中日-近鉄戦。近鉄はルーキー中村ノリ(18歳)がサードを守っていた。2軍の中日の4番はラルフ・ブライアント。キャッチャーは今阪神の矢野だった。ブライアントはその後近鉄で、すばらしいホームランアーティストになり、阿波野とともに近鉄の一時代を築いた。

ノリが、中日のユニフォームを着てMVP。

そりゃ、泣けるでしょ。

遠い夜空にこだまずる

竜の叫びを耳にして

ナゴヤ球場詰め掛けた

ぼくらをジーンとシビレさす

いいぞ頑張れドラゴンズ、燃えよドラゴンズ

1番田尾が塁にでて

2番平野が送りバント

3番モッカがタイムリー

4番谷沢がホームラン いいぞ頑張れドラゴンズ、燃えよドラゴンズ

5番大島よみがえる

6番宇野が狙い打つ

7番中尾が駆け抜ける

8番田野倉躍り出る いいぞ頑張れ~

不死鳥孝政投げ抜いて

小松・牛島あとを絶つ

若きエースだ郭・都

続け三沢も藤沢も いいぞ頑張れ~

豊田よボールに食らいつけ

上川バットに気を入れよ

守れ金山走れ平田

華麗な守備の正岡も いいぞ頑張れ~

ミラクルガッツの石井君

天才ミートの藤浪君

生まれ変わった川又君

期待のルーキー尾上君 いいぞ頑張れ~

天下分け目に木俣あり

ここ一番に星野あり

いまこそ憎きジャイアンツ

息の根止めて優勝だ いいそ頑張れ~

ぼくらはみんな願ってる

祈る気持ちで待っている

それは一言優勝だ

近藤監督の胴上げだ

いいぞ頑張れドラゴンズ、燃えよドラゴンズ

 25年前よく歌っていた歌が、昨日のことのようにスラスラと出てきました。

ドラゴンズ、ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月16日 (日)

ゆうあいピックソフトボール選手権と「奇跡」の連鎖

9月18日~19日、成田市大谷津運動公園野球場にて、「第22回千葉県ゆうあいピックソフトボール選手権大会」が開催されます。我が「とまりぎソフトボールクラブ」は、練習日の水曜日立て続けに雨にやられ、まともな練習ができず、急きょ地域の一般婦人ソフトボールチームや町会ソフトボールチームの方々がこの週末練習試合を組んでくれたり練習に付き合ってくれたりしてくれました。ありがたい話でしょ?

昨年の大会は2部リーグ18チームの中で優勝。結構ぶっちぎりでした。以下、昨年の大会に関する記事。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_3a3c.html
ゆうあいピックソフトボール選手権で優勝!

 そして今年から8チームの1部リーグに上がり、マウンドの距離や盗塁などのルールも変わります。(より本格的になります。)千葉県は、2010年の全国障害者スポーツ大会千葉大会の開催に向けて、千葉県チームのメダル獲得を増やすため、このソフトボールの育成・底上げにも力を注いでいます。そんな中での1部リーグ初参加。

 優勝できるとは、もちろん思っていません。しかし今大会が我がチームにとって特別な意味があるということ。そのことに絞って今回は書きます。

 昨年の「ゆうあいピック」での優勝、そして「青年学級対抗ソフトボール交流会」での優勝・・・我がチームは1年間を通じて、障害者チームに対しては1度も負けませんでした。普段は一般クラブや町会などのチーム、全国大会などにも参加する習志野高校女子ソフトボール部などとの試合が多いので、戦跡としては負けることのほうが多いのですが。しかし今年の春先、「東葛地域ソフトボール交流会」においては決勝戦で、流山高等学園に惨敗。この日、他の大会と重なり、9人(途中から8人)しかいないチームとして参加し、結果からいえば見事準優勝。負けたことの悔しさよりもちょっとした心配事のほうが記憶としては残っています。

副キャプテンのA君が、試合当日「頭が痛くて行かれません」…。自分がいなければ困ることを十分理解しているはずの副キャプテンが、不参加を申し出たこと。「よほど体調が悪いんだろうなあ…。」

その後しばらくして、私はいつもの通り、しんちゃんが入院している病院に顔を出すと、副キャプテンのA君が見舞いに来た、といいます。「見舞いに来るなんて、珍しいなあ。」

しんちゃん(知的障害者)は、2年半ほど前、不慮の事故でマンション7階から転落し、生死の淵をさまよいながら、車椅子ではあるが奇跡の生還を遂げました。以前は10kmマラソンにも参加していたしんちゃんが、車椅子マラソンに奇跡的な復活を遂げたことは以前記事に書きました。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/index.html
車椅子マラソン

そしてA君がしんちゃんを訪れたのは、実は見舞いが目的ではなく、自分自身の診察でした。

今だから言えますが、副キャプテンA君の診断結果は最悪。脳腫瘍で余命まで宣告される状態でした。(「短くて1年」と言われました。)

その後、転院し奇跡を信じて手術を待つ生活を送るA君。当時は病名など詳細は書けませんでしたが、A君とお父さんの闘病については、記事にしたことがあります。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_6529.html
「A君は今、大変な病と闘っています。当然お父さんも闘っています。生まれたばかりのA君に寄り添っていた時と同じ気持ちで、お父さんも闘っているのでしょう。」(本当に書きたいこと)

 そのA君ですが、4度にわたる脳の大手術を闘い抜け、懸命なリハビリも行い、この夏無事に帰ってきたのです。

 もちろんまだ以前のような生活はできませんが、副キャプテンがユニフォームを着て帰ってきたのです。

 18日の大会開会式では、キャプテンのYさんが選手宣誓を行い、副キャプテンA君が前回大会の優勝旗の返還を行います。

この優勝旗の返還まで、彼の中でいったいどんな闘いがあったのか、それを思うと今から胸がいっぱいです。

みなさん、キャプテンの選手宣誓と、副キャプテンの優勝旗返還をぜひ見に来てください。

18日、成田市大谷津運動公園野球場、朝9時半です。

しんちゃんからA君へ、「奇跡」は連鎖したのです。そのバトンタッチは、あの日のお見舞いで行われたのでしょうか?

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年5月20日 (日)

スポ根とまりぎ!

みなさん、スポ根してますか?

私はこれまで、いろいろ偉そうなことばかり書いてきましたが、ほとんどがインチキでありまして、本当は単なるスポ根親父です。

さて、今日は「青葉の森リレーマラソン大会」です。千葉市中央区青葉の森で(4人~)10人が1チームを編成し、駅伝形式で42.195km走りきります。もちろん一般の市民大会ですが、我が「とまりぎジョギングクラブ」の障害者チームも大威張りで参加します。

我がチームの10名は、全盲だったり言葉がなかったり、伴走がいなければどこまでも飛んでいってしまうタイプだったりといろいろなハンディがありますが、いつもどおり勝つ気で参加します。

おととい、大会運営委員長様より私の携帯に電話。「選手宣誓を頼みたい」と。快諾。もちろん私じゃないですよ。女性ランナーのIさんがやります。

「とまりぎ」の障害者スポ根の特徴は、①我々は徹底して裏方に回ること。②いわゆる一般の障害者スポーツ、障害者レクと違って、障害者のみで囲わずに一般の中にドシドシ入っていくこと。

「徹底した裏方」と言いましたが、例えば今回のリレーマラソンの伴走者(一人では走れない人の伴走)も障害を持つ仲間たちがやります。キャプテンと副キャプテンが伴走です。

「一般の中に入っていく」といいましたが、確かに「ゆうあいピック」などのソフトボールの障害者大会に参加はします(前年度2部優勝)が、それが目的ではありません。地域の一般ソフトボールチーム、町会・クラブチームとの交流が目的です。試合相手はたくさんいらっしゃいます。いや、もっと先の目的は、うちのチームの選手が、地域のチームの中に入っていくことです。

実際本日、うちのソフトボールクラブの女性キャプテンのYさんは、地域の婦人ソフトボールチームの一員として、ソフトボール大会に参加します。チームの一人一人は、ソフトボールの交流を通じて、たくさんの地域の方々から名前を覚えられています。

先週も東葛地域のソフトボール大会(障害者大会)がありました。準優勝しましたが、決勝で特別支援学校のチームに惨敗しました。

負けた瞬間、来年は雇用型の事業を行おうと思いました。あの優秀な生徒さんたちをスカウトするためです(笑)。

さあ、そろそろリレーマラソンへの出発の時間。

このブログでスポ根関係の記事を集めてみました。新しい読者の方々はどうぞ。では行ってきます。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_7ead.html
ソフトボール、ハッタリ、そして出会いの大切さについて

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_7ffb.html
おかげさまで優勝しました

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_3a3c.html
ゆうあいピックソフトボール選手権で優勝!

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_ac92.html
私はどうしても許せなかった。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/51_60c0.html
第51回成人の日記念船橋市民駅伝大会

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_4724.html
船橋市民駅伝速報

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年1月14日 (日)

船橋市民駅伝速報

第51回成人の日記念船橋市民駅伝、わが「とまりぎジョギングクラブ」は・・・。

残念ながらタスキを4区→5区につなぐことはできませんでした。トップの市立船橋高校と15分以上の差がついた時点で繰り上げスタート。繰り上げスタートからわずか1分後にユータ君が入ってきました。今年も残念ながら灰色のタスキをもってゴール。

今年の市立船橋は強すぎた~。2位と5分くらいの大差での優勝だと思います。自衛隊などの強豪チームを大差で引き離していました。さすがもと高校全国NO1の学校。まだ正式記録は分かりませんが。

でも1分差(16分差)という数字は、来年の目標にはちょうどいい数字だと思っています。4人があと15秒ずつですよ。

心配されたアンカーのダイスケ君も朝には元気な顔を見せ「もう大丈夫です。僕が走ります」と言ってくれて、新成人のショータ君も安定した走りを続けてくれました。大きなブレーキもなく最後まで完走できたことは、とても嬉しいことです。

 第1区のマサシ君がトップの市船と5分差。第2区のサトル君がトップとの差をおよそ3分半広げて、第3区のシンイチロウ君が4分半、この時点でトップの市船とは13分開いていました。第4区のユータ君が奇跡的な走りでトップとの差の開きを2分以内に縮めないと繰り上げになるという展開。しかし3分開いてしまって結果16分の差。1分遅れで繰り上げスタートになったという展開でした。正直言って、うちのエース、第1区のマサシ君が4分差以内で帰ってきてくれると予想していたので、そこが唯一の誤算でした。というよりはぶっちぎりで優勝した市船が強すぎました。

市立船橋高校の選手のみなさん、おめでとうございます!

駅伝大会の後は、「とまりぎ」で今年成人式を迎える仲間たちと選手たち、そしてスタッフ・応援の人たちで焼肉食べ放題へ。70数名の小規模福祉作業所の仲間たち、そのうち今年成人式を迎える人は11人もいたんですよ!みんなでたくさん食べました。年賀状で「今年は就職させてください」と書いてきたマユミさんは(かなり嫌がっていましたが)私の横に座り野菜の食べ放題!・・・ちょっと体を引き締めないと、就職は難しいっすからね。動きが鈍くなるし疲れやすくなるし・・・。

今年成人になった仲間たち、おめでとう! 今後は本当の意味で「大人」として、地域社会で生きていくことになります。自分の行動の責任を自分でとれるように、そういう意味での「大人」になれるように、日々頑張っていきましょう。

このブログを読んで応援に来てくださった方もいらっしゃったようです。私はその方に面識ありませんでしたが「(ダイスケ君は)本当にいい体してるねぇ。足はもう大丈夫?」とダイスケ君が話しかけられていました。

とりあえず速報です。いつも思うことですが、目標は簡単に達成されてしまうよりも、すぐ目の前でスルリと逃げていく方が、ワクワクして楽しいです。来年達成された喜びを、今から想像しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月13日 (土)

第51回成人の日記念船橋市民駅伝大会

明日、「第51回成人の日記念船橋市民駅伝大会」です。わが「とまりぎジョギングクラブ」も参加します。去年は自衛隊の第一空挺団と市立船橋高校がメチャ速く、5区で繰り上げスタートになってしまいました。わずか1分の差で・・・。今年はタスキをつなぐことが何よりの目標です。選手たちは福祉作業所や会社の仕事の後、5時~6時まで練習しています。ソフトボールクラブの方は障害者チーム同士の大会なので、優勝したりもできますが、こっちは違います。当然後ろの方を走ることになるとは思いますが、それでも集中力を切らさず、ゴールを目指していきたいです。

応援に来てくださる方も募集していますので、簡単にコースを説明します。遠方の方にとってはつまらない記事になりますがご容赦ください。

<1区>船橋総合運動公園を9時にスタート。(8時20分より開会式。)御滝中学までの4.0kmをマサシ君が走ります。普段は「障害者の働く場あぐり」で農作業をしています。農業で足腰が鍛えられたのでしょうか。ここ1年で急成長してチームのエースに君臨しました。仕事の方もかなりの成長をしていて、まだ22歳と若いので一般就労する力はついたとは思いますが、福祉作業所の給料と障害者年金を合わせれば、我々職員の1年目よりも稼いでしまっている(笑)ので、今のところ就労支援はしていません。以前は目を離すとふざけてしまい、「エントリーから外す!」と宣言したこともありましたが、最近はたんたんと走ることができるようになりました。なおもう一歩の向上心を期待したいところですが、それは沿道の応援で彼の潜在能力を引き出すしかありません。ゼッケン231番「マサシ!走れ!」と声をかけてください。

<2区>御滝中学から船橋北高校までの4.6km。一番長い距離は今年も若きエースサトル君が走ります。「かんぱす」から15歳で一般就労したサトル君ももう18歳。重労働で体力がついてガッチリしてきました。普段仕事が忙しくてなかなか練習に参加できていないのでその点が心配ですが、負けん気とイケメンぶりは誰にも負けないので、やってくれると思います。特に黄色い歓声をお待ちしています。

<3区>北高から東京学館船橋高校までの3.3km。シンイチロウ君です。「かんぱす」から一般就労してから、多少体力が落ちてきています。しかし最近は仕事の後「障害者の働く場クローバー」に立ち寄り毎日練習をしてきましたので、ブランクは解消されたと思います。「かんぱす」時代は仕事で毎日走っていましたからね。気の優しい男ですので、人を抜くということにためらいを感じてしまうところがあります。どうか野太い歓声と怒声をお願いします。

<4区>東京学館から新京成バス折り返し場所「豊富小隣」までの2.1km。短い区間のスピードランナーが集う区域です。「クローバー」のユータ君。以前、千葉県障害者振興センターのホームページでも紹介されていた「牛乳配達のプロ」のユータ君です。(以下がその記事)

http://jusan-kassei.de-blog.jp/inosisinohana/2006/12/post_2fe8.html

おそらく牛乳ビンを持って走ったほうがは速いんじゃないかと思います(笑)。去年はアンカーでしたが4区→5区の繰上げスタートを阻止するために、あえて4区に入ってもらいました。「牛乳屋さ~ん」と声をかけてくれれば、より速くなります。

<5区>「豊富小隣」から古和釜高校までの3.2km。最近安定してきたショータ君です。「とまりぎ」の廃品回収で、体力をつけてきていますが、同時に体脂肪もつけてきていますのでちょっと心配(笑)。あっそうそう、今年成人式です。おめでとう!泣き虫ショータもとうとう大人の仲間入りかぁ。この大会はショータ君のための大会です。脂肪を全部燃焼させていい走りをしてもらいたいです。終わったら成人のお祝いをしてあげるからなっ。度を越えた照れ屋で、黄色い歓声を受けるととろけてしまいます。低い声で「ショータ!」と声をかけてください。私は古和釜高校で陣頭指揮をとっています。

<6区>古和釜高校からゴール地点の船橋総合体育館(船橋アリーナ)までの2.4km。アンカーはいちおうダイスケ君です。練習ではエース、本番にはめっぽう弱い、気の優しすぎるダイスケ君です。しかし最近の練習では大スランプ。かなり厳しく指導されてきました。

 しかし昨日(12日)の夕方、足を痛めていることが発覚。表情の暗いダイスケ君に私が「ちょっと、屈伸してみな」と言ってみたのですが、屈伸さえもできず顔をゆがめています。私も一瞬凍りつきました。大会まであと2日。ダイスケ君といえば、引きこもり状態から脱して「かんぱす」に入ってきた頃は、「目がかゆい」といっては作業所を休み、「耳が痛い」といっては休もうとしていた人です。そのたびに私が家庭訪問して本人やご家族と話をしてきて、何とか強い気持ちで作業所に通えるようになったばかりです。「目がかゆい」といって休んでいた人が、これほどの足の痛みを我々に隠していたとは・・・。本人は「出たい」といっていますが、当日の体調次第で私が決めます。「船橋アリーナ付近を身長180cmの美男子の「231番」が足を引きずって走っていたら、それはダイスケ君です。無理はさせたくありませんが、気持ちには応えたいと思っています。ぜひとも10時ごろ、「船橋アリーナ」近くに結集していただいてダイスケ君を応援してあげてください。

万が一に備え、チームのキャプテン今年40歳のイタルさんには走る準備をしてもらっています。イタルさんも「ダイスケに走らせたい」と言っています。1月3日に亡くなってしまった板さんには、「まだ四十九日前だから、自宅付近近くでダイスケの足を守ってくれ」と話してあります。大の駅伝ファンだから、酔いつぶれていなければきっと守ってくれるはずです。

心を一つにしてタスキを最後までつないでいきたいです。

千葉県では障害者差別に関する条例が昨年制定されました。我々は法律や条例の制定運動という形でなく、障害を持つ人たちが、真剣に白球を追いかけたりタスキをつないだりしている姿を通じて、社会に呼びかけているのです。もっともそれは2次的な目的で、一番は勝つこと・走ること・みんながヒーローになることなのですけどね。でも2次的な目的くらいのほうが、人々の心に届くものなのです。

いい報告がしたいですね。なによりも無事と安全。板さん、頼む!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 3日 (水)

お正月も終わります!

みなさん、どんな正月でしたか?

普段できないこと(仕事、趣味、勉強)をまとめてやる正月。家族のために過ごす正月。自分の充電。旅行。

私は例年通りの3点セットです。箱根と高校サッカーと仕事。箱根駅伝で泣いて、高校サッカーで泣いて、仕事で泣いてます。仕事の方は、箱根に例えるならば、5区の山登りです。タスキを受け取ったと同時に息が上がり、足が痙攣している感じです。3月までにこの山を登れるの?本当に大丈夫?やはり勉強は若いうちにしておくべきですね。活字が頭に残らないんですよ。

長男(3歳)とトランプで神経衰弱をして2勝4敗。3歳児の記憶力はやはりすごい。長男とラジコンカーでレースをしたら2勝0敗。速い方のラジコンをとったほうが勝ち。大人になるということは、こうしたずるさを身につけるということか。ラジコン車庫入れ(ビールの空き箱で車庫を作り、そこにラジコンカーをバックで車庫入れする)はほぼ互角。フローリングにワックスをかけたので、夜中子供たちが寝た後、ラジコンのドリフト駐車を練習しています。

次男(1歳)は箱根駅伝に夢中。コマーシャルが入ると、「終わっちゃったよ!」とか「見えないよ!」とか「頑張れって言ってるのよ」とかとわけのわからないことをいってテーブルを叩いて怒っています。この次男、とても暴力的な(笑)性格ですが、いつの間にか10まで数えられるようになっていました。恐ろし~。ラジコンも操作しています。

さあ、明日からまた頑張りましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月28日 (木)

私はどうしても許せなかった。

私はどうしても許せなかったのです。K君は、弱いものを決して馬鹿にしない。強いものに打たれても決してへこたれない。優しさは表に出し、悔しさは胸にしまう。不器用だし仕事もできる方じゃないけど、そういう真面目さと優しさは、だんだんと味わいのある仕事をしてくれるようになるし、職場においてはなくてはならない存在になる。1年目より2年目、2年目より3年目、きっと重宝される。だから自信を持って企業に就職させたのです。「障害者だから」ということでなく、一人の人間として社会人として必要な人になる、そんな男です。

だから私は許せなかったのです。横っつらを思い切り張り倒しました。これを暴力というならいえばいい。

この時の障害者チームとのソフトボールの試合は、いつも通りの圧勝ムード。確かに誰もが「今日も楽勝だなあ」そう思っていたでしょう。私もベンチで怖い顔をしながらも、内心は安心しきっていました。そんな時、K君はわざと2塁から1塁に向かって走り出したのです。相手の1塁手を馬鹿にしながら。そんなことをする奴だと思ってキャプテンに任命したわけではない。相手は一生懸命プレーをしている。そんな時に明らかに馬鹿にした態度。

選手全員をベンチに呼び戻し、全員に頭を下げさせ、私は試合放棄しました。馬鹿にした時点でこちらの負けです。そしてK君を思い切り張り倒したのです。これを暴力というならいえばいい。適正化委員、市や県の障害福祉課や苦情処理第三者委員が何を言おうと関係ない。「処遇」云々の問題ではない。これは男と男の信頼関係の問題だ。私のK君への信頼の問題だ。「障害」云々の問題ではない。それが分からない奴は一列に並べて全員張り倒す。

そう宣言したところで目が覚めました。朝の4時。汗びっしょりかいて。全部夢であることに気付きました。正直ホッとしました。

Kが人を馬鹿にするようなことをするはずないよな~。

でも4時に目が覚めちゃったよ。あと1~2時間は寝られるはずだったのに。私がK君を100%信頼していれば、こんな夢は見なかったはずだ。たとえそれが99%であっても、残りの1%がこうして夢となって現れたのだ。

そういえばK君、「就職できたら所長と武井さんに、ハンバーグステーキをおごります」と約束していたよな。まだおごってもらってないぞ!

寝不足の原因は、そのハンバーグステーキだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 4日 (月)

車椅子マラソン

12月3日(日)、シンタロウ君、はじめての車椅子マラソン大会に参加!

シンタロウ君については、何度か記事を書いたことがあります。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_f2eb.html (またいつか富士山へ)

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_f265.html (かんぱす10周年台湾旅行)

シンタロウ君の大けがから1年半、シンタロウ君の第2の人生に付き合っていく中で、私自身の目標は3つありました。①当初予定していた「かんぱす10周年」の海外旅行にシンタロウ君を絶対に連れて行くこと。②車椅子マラソン大会に参加し、好成績を挙げること。③富士山に連れて行くこと。

台湾旅行は、前掲記事の通り最高に楽しい形で、無事実現しました。さあ、今度は車椅子マラソン大会です。車椅子歴1年のシンタロウ君、大ベテランの方々に対してどこまで力を発揮してくれるか。もともと持っている抜群の運動神経と本人のリハビリの努力がどこまで通用するのか。

昨年の「八千代ニューリバーロードレース大会」のときは、シンタロウ君入院していました。今年は「絶対に優勝するぞ!」とハッパをかけ、これまで練習を続けてきました。練習は水曜日の午後、薬円台公園で行っていました。当初は養護学校の後輩、コージ君がシンタロウ君の伴走をして練習をしていましたが、なんとシンタロウ君の車椅子の速さについていくことができずリタイア。結局今大会の伴走は「かんぱす」の職員(この呼び方本当は好きじゃないんですけどね)G君がすることになりました。普段からG君のシンタロウ君への思いは熱く、気持ちが一つになれば、きっと優勝してくれると信じていました。「どのくらい熱い思いなのか」について。先日、ある小宴会の席でG君はシンタロウ君のお母さんの前でこう宣言。「クニちゃん、タケシ君、シンタロウ君なら養子にもらってもいい」。そういい切れるほどの思い入れです。(でもお母さんの前で「養子」宣言ということは、これってプロポーズ?)

さてレースです。普段はフラフラしていることの多いシンタロウ、スタート前はやはり緊張した顔をしています。中には速そうな人もいます。車椅子そのものがスポーツ用です。

そんな中でのスタート。最初の直線で一気に先頭に出るシンタロウ、やはり速い!

しかしそこで思わぬアクシデント。歩いている分には気付かないくらいの凸凹が、やはり車椅子にとって障害となって、とくにスピードを上げたときに車椅子自体に大きな振動を生みます。そしてすでに神経が切れ、感覚をなくしているシンタロウ君の足が、車椅子から落ちてしまいました。トップスピードで走行中に落ちた足を椅子に乗せようと前かがみになるシンタロウ君、その瞬間バランスを崩し転倒してしまいました。

大きなケガにはつながらず、安心しましたがその後もやはりスピードに乗り切ることができず、4位に終わってしまいました。優勝だけを考えてここまで練習してきたシンタロウ君にとっては、とても残念な結果になってしまいました。

そして何よりも事前の私自身の配慮不足が悔やまれます。足をバンドで固定してあげていれば、こんな事態にはならなかったからです。申し訳ない気持ちです。

でも普段あまり見せない、本当に真剣な顔、とても輝いていました。シンタロウとこうした緊張感を味わえる日がまたやってきたということも、ある意味奇跡といえます。以前は一般成人マラソン大会の10kmの部に出場し、いつかフルマラソンを走ることも夢見ていました。そして事故後の第2の人生でも、こうして輝くことができたのです。

シンタロウ、来年こそはぶっちぎりで優勝するぞ!普通の優勝では許しません。ぶっちぎりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月12日 (日)

ダブルブッキング王

今日は朝から「とまりぎソフトボールクラブ」の試合&相手チームと合同のバーベキュー大会。大穴北東町会イースターズからのお誘いです。朝、試合前の練習をしてひと汗かいたところでさあ試合。ところが私はここで現場を離れなくてはなりませんでした。

実はこの日、ダブルブッキングで「とまりぎジョギングクラブ」が「小出監督ランニングアカデミー」に参加する日でした。小出監督&佐倉アスリートクラブの方々に走り方などを指導してもらうというものです。

車で佐倉に行き、開会式まで参加。「あっ小出監督だ!カメラを忘れた!」仕方なく携帯電話でカシャ!これがその写真です。Img004_1 小さくて見えづらいですが、小出監督が挨拶している時の写真です。

開会式だけ参加して、ソフトボール場に戻ります。試合はもう終わって、バーベキュー大会の頃です。腹ペコでしたが頭の中では肉を食べておりました。ところが、、、「終わってる・・・・」。

相手チームの方々はもうビールで真っ赤な顔。私を見つけるなり「監督、今日どこ行ってたのよ~!」「すみませんでした~」

両企画の関係者の方々、今日は本当にありがとうございました。スポーツっていいっすねえ、本当に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)