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2007年9月16日 (日)

ゆうあいピックソフトボール選手権と「奇跡」の連鎖

9月18日~19日、成田市大谷津運動公園野球場にて、「第22回千葉県ゆうあいピックソフトボール選手権大会」が開催されます。我が「とまりぎソフトボールクラブ」は、練習日の水曜日立て続けに雨にやられ、まともな練習ができず、急きょ地域の一般婦人ソフトボールチームや町会ソフトボールチームの方々がこの週末練習試合を組んでくれたり練習に付き合ってくれたりしてくれました。ありがたい話でしょ?

昨年の大会は2部リーグ18チームの中で優勝。結構ぶっちぎりでした。以下、昨年の大会に関する記事。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_3a3c.html
ゆうあいピックソフトボール選手権で優勝!

 そして今年から8チームの1部リーグに上がり、マウンドの距離や盗塁などのルールも変わります。(より本格的になります。)千葉県は、2010年の全国障害者スポーツ大会千葉大会の開催に向けて、千葉県チームのメダル獲得を増やすため、このソフトボールの育成・底上げにも力を注いでいます。そんな中での1部リーグ初参加。

 優勝できるとは、もちろん思っていません。しかし今大会が我がチームにとって特別な意味があるということ。そのことに絞って今回は書きます。

 昨年の「ゆうあいピック」での優勝、そして「青年学級対抗ソフトボール交流会」での優勝・・・我がチームは1年間を通じて、障害者チームに対しては1度も負けませんでした。普段は一般クラブや町会などのチーム、全国大会などにも参加する習志野高校女子ソフトボール部などとの試合が多いので、戦跡としては負けることのほうが多いのですが。しかし今年の春先、「東葛地域ソフトボール交流会」においては決勝戦で、流山高等学園に惨敗。この日、他の大会と重なり、9人(途中から8人)しかいないチームとして参加し、結果からいえば見事準優勝。負けたことの悔しさよりもちょっとした心配事のほうが記憶としては残っています。

副キャプテンのA君が、試合当日「頭が痛くて行かれません」…。自分がいなければ困ることを十分理解しているはずの副キャプテンが、不参加を申し出たこと。「よほど体調が悪いんだろうなあ…。」

その後しばらくして、私はいつもの通り、しんちゃんが入院している病院に顔を出すと、副キャプテンのA君が見舞いに来た、といいます。「見舞いに来るなんて、珍しいなあ。」

しんちゃん(知的障害者)は、2年半ほど前、不慮の事故でマンション7階から転落し、生死の淵をさまよいながら、車椅子ではあるが奇跡の生還を遂げました。以前は10kmマラソンにも参加していたしんちゃんが、車椅子マラソンに奇跡的な復活を遂げたことは以前記事に書きました。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/index.html
車椅子マラソン

そしてA君がしんちゃんを訪れたのは、実は見舞いが目的ではなく、自分自身の診察でした。

今だから言えますが、副キャプテンA君の診断結果は最悪。脳腫瘍で余命まで宣告される状態でした。(「短くて1年」と言われました。)

その後、転院し奇跡を信じて手術を待つ生活を送るA君。当時は病名など詳細は書けませんでしたが、A君とお父さんの闘病については、記事にしたことがあります。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_6529.html
「A君は今、大変な病と闘っています。当然お父さんも闘っています。生まれたばかりのA君に寄り添っていた時と同じ気持ちで、お父さんも闘っているのでしょう。」(本当に書きたいこと)

 そのA君ですが、4度にわたる脳の大手術を闘い抜け、懸命なリハビリも行い、この夏無事に帰ってきたのです。

 もちろんまだ以前のような生活はできませんが、副キャプテンがユニフォームを着て帰ってきたのです。

 18日の大会開会式では、キャプテンのYさんが選手宣誓を行い、副キャプテンA君が前回大会の優勝旗の返還を行います。

この優勝旗の返還まで、彼の中でいったいどんな闘いがあったのか、それを思うと今から胸がいっぱいです。

みなさん、キャプテンの選手宣誓と、副キャプテンの優勝旗返還をぜひ見に来てください。

18日、成田市大谷津運動公園野球場、朝9時半です。

しんちゃんからA君へ、「奇跡」は連鎖したのです。そのバトンタッチは、あの日のお見舞いで行われたのでしょうか?

 

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2007年9月12日 (水)

ピンチに強い!

先日の月曜日、うちの職員から朝突然「仕事休みます」の電話。風邪をこじらせ声もまともに出ていない。「ゆっくりするといいよ」。牛乳配達の仕事には私が入る。

その日はローテーションの関係で、ヨウヘイもミヨコさんも休み。2つの店をどう維持するか。また、特別支援学校の実習生が3人も来ている。そして新しい仕事もその日に入ってくる。そしてそして、今日は仲間たちの給料日。26人分の給料袋を私が抱えていて、みんなはそれが届くのを楽しみにしている。

朝、その日休みの予定の掃除男に電話をかけてみる。・・・ダメだ!呼び出し音が熟睡している。ヨウヘイの生活ホームにも電話。誰も出やしない。仕方ない。現有戦力で乗り切ろう!

とりあえず、牛乳配達のコージ君に店に入ってもらい、ユータ君と私で配達に出る。納得いかない顔のコージ君。

ユータ君は、この日の私のピンチを十分に理解し、配達表を見ながら次々と準備をし、また私が慣れないコース(最近急激にお客様が増えた)ゆえに、詳細な道案内をしてくれる。きびきびとした動きと的確な私への指示。

9時半にはじめて、何とか5時に終わった。ありがとう、ユータ。急きょ店の担当に回ったコージ君も、その日の店のエピソードをいろいろ聞かせてくれる。また実習生の一人が落ち着かず、手に負えなかった状態だったことも知る。

翌火曜日、その日も私は牛乳配達。ユータ君とコージ君はすでにスタンバイOKの状態で私を待っていた。しかし昨日手に負えなかったという実習生がその日も「戦闘体制」で、目が離せない状態。

「私が見ているしかない」…急きょまたコージ君を中の仕事に回し、この実習生を私の助手(?)につけて、牛乳配達に出発。この日もユータ君が2人分の仕事を気合でこなしてくれる。午前中、ピリッとした雰囲気を作り、この実習生もやっと落ち着きを取り戻す。そうなる前、空びん回収の仕事で、繰り返し与えた指示を無視してカバンを適当に持ち、空びんを1本割った。「指示を無視するとこういうことになる」ということを厳しく説明。これで彼女は落ち着いた。もう大丈夫。

昼、作業所に戻ると、コージ君の暗い顔。「具合悪いの?」仲間たちは心配していた。しかし暗い顔の本当の理由は、2日連続突然牛乳配達の仕事から外されたこと。本人理由をいくら説明されても納得していない。

実習生も、落ち着いたからもう大丈夫。中仕事の職員に彼女を託し、午後はコージ君、ユータ君のいつものコンビで牛乳配達に出る。

びっくりした!字が読めず、数字も分からないはずのコージ君が、遅れて昼食をとった私とユータ君の代わりに、配達表を読みこなし、配達の準備をしている。ユータ君がその姿を見て、読めない字を丁寧に教えてあげ、準備を完了させていた。

「コージ、自分でできるようになりましたよ。確認したけど、全部合っています!」とユータ君。

ものすごい気合を感じた。「牛乳配達は自分の仕事、絶対できるようになってやる」というコージ君の気合と、それをさりげなく支えるユータ君。

「今日は、配達準備はユータでなく、コージがやろう」と呼びかけ、二人は「は~い」と快諾。不安はあったが、コージ君が準備をし、ユータ君が全部チェックして、無事ミスもなく配達完了。準備だけでなく、配達や片付けも、なにかこう、縮み込んだバネが一気に伸びるような爆発的なエネルギーを仕事にぶつけている二人。楽しかったし、うれしかった。

中仕事では、落ち着きを取り戻した実習生がポテンシャルの高さを見せつけ、我々でもかなわないような器用さで仕事をこなしていた。

コージ君、ユータ君の頑張りで、その日の業務全般が滞りなく終えられた。

3箇所の事業所すべて、無事作業が終了。

ピンチに強く逆境に強いこの人たちに支えられて、私は今日も仕事をしている。みんな強い、強い、本当に強い!

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2007年9月11日 (火)

ヨージおじちゃん

知的障害を持つヨージが我が家に転がり込んできて数ヶ月がたつ。家族として彼が家の真ん中にいることが当たり前のようになってきた。4歳の長男・2歳の次男もヨージおじちゃんがいる生活を当たり前のように受け入れている。たまにヨージが帰省すると、次男は泣いてしまう。長男は「また帰ってくるよ」とそれをなだめる。

数ヶ月前、突然の病で歩けなくなり、その歩けない自分を受け入れられず車椅子を拒否したり、ヨージ自身にとっても我々にとってもとても辛い時期があった。今ではそれも完治し、あの頃がうそのような家族の雰囲気を取り戻すことができた。

子供たちがおもちゃを散らかして遊んでいる。私が「散らかしたのは誰だ!」と叱ると、ふたりは「ヨージおじちゃん」と答える。ヨージも「え~うそ~」といって笑っている。子供たちに「欧米か!」とか何だとかいわれて頭をポンと叩かれる。それでもヨージは笑っている。

まだ字の読めない次男は、本を持ってヨージのところに行って「おじちゃん、読んで」と本を読んでもらう。ヨージの言葉は分かりにくいのだが、それでも次男は真剣に聞いている。

今、ヨージはひとりで風呂に入る練習をしている。私が近くでいろいろと指示を出し、練習をしている。そこに子供たちがやってきて、ヨージがひとりで体を洗っている姿をみて「ヨージおじちゃん、自分で洗ってるよ!」と感心している。その頑張っている姿に、ただ感心しているのだ。

いろんな部分において、すでに二人はこのおじちゃんを超えてしまってもいる。だからといって、哀れに思うこともなければバカにすることもない。できる・できないを超えたところにある「頑張っている」という姿に、子供たちは共感し、尊敬もしているようだ。

子供たちが将来どんな道を歩んでいくかは分からない。私の仕事をついでくれるかも知れないし、まったく別の世界かもしれない。でも今ヨージおじちゃんと暮らしているこの貴重な体験は、きっと彼らの中に残ってくれるだろうと思う。

先日、私の家族と生活ホーム「らいと」の全員で、佐倉まで遊びに行ってきた。森の中でヨージはどんぐりをふたつ拾ってきて、二人の子供たちに大事そうに手渡してくれた。不器用ゆえに手のひらからこぼれ落ちそうなどんぐりを、丁寧に小さな手のひらに移してくれた。子供たちは大事そうにそれを受け取り、笑顔で「ありがとう」と答えていた。

ヨージのこの素朴な気持ちの伝え方に対して、子供たちはいつか拒絶という形で答える日も来るのだろう。そしてそれを超えて、拒絶した自分を責める日も来るのだろう。人はそうして大人になってゆく。人は傷つき、また人に傷をつけながら大人になっていく。

どんぐりも、大人になった子供たちから、また小さな手に移されてゆくのだろう。そしてお自分が受け取ったどんぐりの記憶を、その時思い出したりもするのだろう。

ヨージよりも2歳年上の私も、ヨージから学ぶこともある。

笑顔を忘れちゃあ、いけないんだよ。

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