ゆうあいピックソフトボール選手権と「奇跡」の連鎖
9月18日~19日、成田市大谷津運動公園野球場にて、「第22回千葉県ゆうあいピックソフトボール選手権大会」が開催されます。我が「とまりぎソフトボールクラブ」は、練習日の水曜日立て続けに雨にやられ、まともな練習ができず、急きょ地域の一般婦人ソフトボールチームや町会ソフトボールチームの方々がこの週末練習試合を組んでくれたり練習に付き合ってくれたりしてくれました。ありがたい話でしょ?
昨年の大会は2部リーグ18チームの中で優勝。結構ぶっちぎりでした。以下、昨年の大会に関する記事。
http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_3a3c.html
ゆうあいピックソフトボール選手権で優勝!
そして今年から8チームの1部リーグに上がり、マウンドの距離や盗塁などのルールも変わります。(より本格的になります。)千葉県は、2010年の全国障害者スポーツ大会千葉大会の開催に向けて、千葉県チームのメダル獲得を増やすため、このソフトボールの育成・底上げにも力を注いでいます。そんな中での1部リーグ初参加。
優勝できるとは、もちろん思っていません。しかし今大会が我がチームにとって特別な意味があるということ。そのことに絞って今回は書きます。
昨年の「ゆうあいピック」での優勝、そして「青年学級対抗ソフトボール交流会」での優勝・・・我がチームは1年間を通じて、障害者チームに対しては1度も負けませんでした。普段は一般クラブや町会などのチーム、全国大会などにも参加する習志野高校女子ソフトボール部などとの試合が多いので、戦跡としては負けることのほうが多いのですが。しかし今年の春先、「東葛地域ソフトボール交流会」においては決勝戦で、流山高等学園に惨敗。この日、他の大会と重なり、9人(途中から8人)しかいないチームとして参加し、結果からいえば見事準優勝。負けたことの悔しさよりもちょっとした心配事のほうが記憶としては残っています。
副キャプテンのA君が、試合当日「頭が痛くて行かれません」…。自分がいなければ困ることを十分理解しているはずの副キャプテンが、不参加を申し出たこと。「よほど体調が悪いんだろうなあ…。」
その後しばらくして、私はいつもの通り、しんちゃんが入院している病院に顔を出すと、副キャプテンのA君が見舞いに来た、といいます。「見舞いに来るなんて、珍しいなあ。」
しんちゃん(知的障害者)は、2年半ほど前、不慮の事故でマンション7階から転落し、生死の淵をさまよいながら、車椅子ではあるが奇跡の生還を遂げました。以前は10kmマラソンにも参加していたしんちゃんが、車椅子マラソンに奇跡的な復活を遂げたことは以前記事に書きました。
http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/index.html
車椅子マラソン
そしてA君がしんちゃんを訪れたのは、実は見舞いが目的ではなく、自分自身の診察でした。
今だから言えますが、副キャプテンA君の診断結果は最悪。脳腫瘍で余命まで宣告される状態でした。(「短くて1年」と言われました。)
その後、転院し奇跡を信じて手術を待つ生活を送るA君。当時は病名など詳細は書けませんでしたが、A君とお父さんの闘病については、記事にしたことがあります。
http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_6529.html
「A君は今、大変な病と闘っています。当然お父さんも闘っています。生まれたばかりのA君に寄り添っていた時と同じ気持ちで、お父さんも闘っているのでしょう。」(本当に書きたいこと)
そのA君ですが、4度にわたる脳の大手術を闘い抜け、懸命なリハビリも行い、この夏無事に帰ってきたのです。
もちろんまだ以前のような生活はできませんが、副キャプテンがユニフォームを着て帰ってきたのです。
18日の大会開会式では、キャプテンのYさんが選手宣誓を行い、副キャプテンA君が前回大会の優勝旗の返還を行います。
この優勝旗の返還まで、彼の中でいったいどんな闘いがあったのか、それを思うと今から胸がいっぱいです。
みなさん、キャプテンの選手宣誓と、副キャプテンの優勝旗返還をぜひ見に来てください。
18日、成田市大谷津運動公園野球場、朝9時半です。
しんちゃんからA君へ、「奇跡」は連鎖したのです。そのバトンタッチは、あの日のお見舞いで行われたのでしょうか?
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