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2007年7月 1日 (日)

アオムシ、ありがとう。

先週末、我が家の家族になった「トモノアオムシ」が、1週間猛烈に食べ続け、やがて虫かごの屋根によじ登り、さなぎになる準備に入ったことは、前回までのブログで書きました。長男・風歌(ふうた)やその友達のことちゃんが、とても大切にそのアオムシのさなぎの準備を眺めていました。

先日の朝、アオムシの様子がおかしい。へんな白い糸がわき腹からたくさん出てきて、アオムシは明らかに苦しんでいます。私は妻と風歌に「アオムシの病気について調べておいて」と言い残し、仕事に出ました。その日の仕事は忙しく、帰りは深夜になってしまいました。翌朝風歌に「アオムシはどうなった?」と聞きました。

「アオムシはねぇ…。食べられちゃったの。」重い口を開いて風歌が答えました。私にはまったく理解のできない答え。虫かごの中にいたのに、何で食べられちゃうの?

妻が説明してくれました。以下、妻の答えのすべてです。

アオムシは、寄生蜂(アオムシコマユバチ)に寄生されていた。この寄生蜂は、アオムシに卵を産み付けられ、幼虫となり、アオムシの体内で食い荒らし成長し、アオムシがさなぎになる準備に入った時を見計らって外に出てくる。そして出てきてすぐマユになる。およそ30匹。さなぎになるために天井で準備をしていたアオムシにその30個のマユが固まっている。すでにその蜂の30個のマユの方が、アオムシよりも大きくなっている。

トモノアオムシは、それでも生きている。食い荒らされた下半身はもう動かなくなっているが、体中に張り付いたマユから何とか逃れようと頭を動かし続けている。

アオムシは、蝶になることもさなぎになることも、もうできない。大好物のキャベツを5日間食べ続け、あんなに大きくなって、そしてさなぎになる準備に入った。しかしそれは、寄生蜂のために食べ続け、寄生蜂のために天井に登っただけだった。

「アオムシは、お腹は痛かったと思うけど、蝶になろうとして天井に登ったんだよね」と妻。「きっとそうだよね」と私。

風歌も「蝶になったらサヨナラするんだ」と語っていた。いい<サヨナラ>を待ち望んでいた。

あまりにも残酷な話だ。風歌は「腹ペコアオムシ」のアニメDVDを何度も見て、最後に蝶になる姿を繰り返し見ている。我が家のアオムシのことはもう何も言わない。

私は、寄生蜂のマユを鬼のような形相で全部壊し、アオムシを天井からキャベツの葉っぱの上に戻した。体はもう半分の大きさになってしまっている。さなぎになる準備をしていたアオムシだから、もうキャベツは食べないのかもしれない。実際食べてくれない。もちろん食べたとしても、さなぎにはなれないだろうし、そもそも食べた物が消化されてウンチになることもないだろう。

でもあんなに大好きだったキャベツの場所に、どうしても戻してあげたかった。一口でもいいから食べて欲しいな。

最後は本当に自分のために。

でも私が殺した寄生蜂のマユも、蜂の赤ちゃんです。蜂も可愛い赤ちゃんを産むために、卵を産みつけたのです。そう考えると、何がなんだか分からなくなってきた。妻もこういいました。

「自然は恐いね。でも私たちが生きていることだって、このアオムシと寄生蜂の関係とあまり変わらないんだよね。いろんな命の犠牲の上で生きてるんだよね。」

「そうだね」と私。

今、このブログを書いている途中、下に降りてアオムシを見に玄関に行った。そこには妻がいた。お互い顔を見合わせ、ちょっと哀しく笑った。アオムシはまだ生きている。

アオムシ、ありがとう。今度生まれてきたら、きれいなモンシロチョウになってね。

そして寄生蜂のマユたち、ごめんなさい。あなたたちを殺すことはなかったかもしれません。

B0025008_22102251 これがアオムシと寄生蜂の写真です。

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コメント

寄生蜂を殺しちゃうのもそれはそれでかわいそうだよ・・・
だってそのハチはアオムシの生まれ変わりです。
せっかくアオムシを犠牲にして生まれてきたんだからそのハチを殺してしまってもアオムシは浮かばれないと思いますよ。

母方の実家が農家を営んでいますが昔はアオムシからハチが出てくる光景はそう珍しいものではありませんでした。
しかし今では農薬の影響で両者とも数が減り、アオムシよりも農薬に弱いコマユバチはもっと少なくなっています。
その結果いち早く薬剤耐性を獲得したアオムシのほうが過ごしやすくなってしまって逆に食害を増やす結果になった事例が少なくありません。
自然は難しいですね。

投稿: ena | 2007年9月23日 (日) 11時50分

enaさん、コメントありがとう。おっしゃるとおりですよね。寄生蜂を殺しても何にもならないし、自分たちが愛おしいと感じていたアオムシと同じ赤ちゃんだし、あなたの言うとおり「生まれ変わり」と解釈することもできたかと思います。
あの時は、アオムシの<敵>ではなく、子供たちの友達の<敵>という認識で、自然的な広い視野で物事を考えられませんでした。<子供を泣かせる奴は許せない>そういう心境だったと思います。
でも子供に本当に身につけて欲しいのは、enaさんのように、我々人間も含んだところの自然のスケールで考える力。
とても参考になりました。ありがとうございます。

投稿: しょちょー | 2007年9月24日 (月) 06時53分

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