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2007年6月29日 (金)

アオムシのその後

今日、仕事から戻ると、「おかえりなさ~い」の数がいつもより多い。ことちゃんとのんちゃんがまた遊びに来ていた。お母さん頑張りすぎてない?

そして虫かごに目をやると、アオムシがいない。長男が「アオムシはねぇ。さなぎになる準備をしているの」。ことちゃんも続けて言います。「上のほうにいるよ。さなぎになるときに動かすと、死んじゃうんだよ。だから動かしちゃダメだよ」…「分かった。」

さなぎになったら、次は本当に蝶になります。蝶になったらサヨナラをしなければなりません。長男にそのことを話すと、意外にも納得していました。以前なら「絶対にサヨナラしない!」と駄々をこねるところなのに。

私の会社の方は、また仕事がドーンと入りました。県内の各福祉施設に発注する仕事です。今回もまた儲けはとりません。かなり率のいい仕事です。どこにどれだけ回すか、とても頭の痛い問題です。たくさんの作業所・施設から「仕事をくれ」といわれておりまして、そのすべてに応えられないのが心苦しいです。

昨日は県庁で会議。「行政としての(作業所の)立ち上げ支援のあり方について」という内容。ん~難しい。行政の仕事を民間がやるということは、意外とスムーズな場合が多い。しかし本来民間の仕事を行政がやるとなると、これが結構難しいというか、…疑問符がたくさんついてくる。

やはり地域福祉は、地域に根っこをはるその力強さこそか定着・安定する鍵です。あえて手を差し伸べてはいけない領域があるようにも思えます。

養殖は天然には勝てない。

会議のあとは、酒の席。いろんな話が聞けました。今日、このブログを開いた人の中には、「自分のことが書かれているんじゃないか」とヒヤヒヤしながら開いた人もいるのではないかと思います。

大丈夫です。しかし9月が楽しみです。船橋が変わるかも?

こんなことを書いている間に時間は刻々と過ぎていきます。明日は午前中職員会議のあと、午後講演を頼まれています。講演と質疑応答で3時間をどう費やすか。まだ何も考えていません。貴重な週末に聞きに来てもらうのだから、参加者一人一人に「来てよかった」と思ってもらいたいのですが、何を話せばそうなるのか、まだ見当がつきません。このまま何も準備をしないで行ったほうがいいかもしれないという気にもなってきました。(逃げかな?)

今日は一日牛乳配達をしました。10年前からのお客様、笑顔はぜんぜん変わらないのだけれど、そのおばあちゃんがずいぶん小さくなってきたように思います。これからもずっとその笑顔でいてもらいたいです。

講演準備は、もう諦めた!

ごめんなさい!

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2007年6月27日 (水)

アオムシは今

アオムシは今、猛烈に食べています。自分の体よりも一日のウンチのほうが大きいのです。もう4日間、我が家はアオムシの話題ばかりです。

なんでもそうですが、やはり出会いを大切にすることです。出会ったことによって面倒な部分もある場合もあるでしょう。でもその出会いを大切にしていれば、必ず報いはあるのです。それを期待するのでなく、そうなった結果に感謝することが大切です。

キャベツを猛烈に食べ続けるアオムシは、毎日ものすごい勢いで大きくなっている。8mm程度で我が家に越してきたアオムシは4日間で30mmに。4日で4倍?

これを見ていて、これまで野菜が嫌いだった長男が「ぼくも大きくなるよ」と、キャベツをたくさん食べるようになりました。

大人たちが、ガミガミ言っても食べない野菜、それをわずか数十ミリの小さな家族が食べてそして大きくなる姿を見せることで、簡単に解決してしまったのです。

アオムシのおかげです。

福祉作業所から就職していった仲間たちも、みんなが欲しがるようなゲームなどをたくさん買い込んで、たまには作業所に見せびらかしに来てくれればいいなあ。就職すればこれだけいろいろ買えるという姿を見せに来てくれればいい。そうすればみんなもっと「就職したい」っていう気持ちになるだろうなあ。

無理かな?

下に「害虫駆除なら」というスポンサーリンクが貼ってあることに驚きます。ちゃんと読んでから貼れよな!

あっそうそう。今日、このブログを読んでくれている方から、私のところで働きたいというお手紙をいただきました。お電話して面接日などを設定したいと思いますが、今日はもう遅いので、明日にでもお電話差し上げます。

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2007年6月25日 (月)

アオムシ

週末、私が料理をしている時、ほうれん草に蝶のさなぎを発見。長男に見せたら大喜び。「アオムシがさなぎになったんだね。蝶になったら、ぱ~っと飛んでいくよ」…結局、我が家の庭のトマト畑でさなぎを飼うことにした。

そうそう、長男も4歳になりました。まだ年少組です。

さなぎの様子が気になり、すぐに庭に出ようとする長男。網戸を開けたまま庭に出てしまうので、蚊がたくさん入ってしまう。長男に「蚊が入るから閉めて!」というとなぜか変な格好(志村けんのアイ~ンみたいな格好)で固まっている長男。「何してるの!」というと「ちょっと待って!すぐ終わる」と彼。よく見ると肘に蚊が止まっていて、長男は蚊が血を吸い終るまでじっと待っていた。長男は蚊を殺すことも許してくれない。もし次男(2歳)がコガネムシの胴体を引きちぎって「あっぶっ壊れちゃった~」などと言っているのが長男の目に止まったらと考えると、とても恐ろしい。

とにかく、そんな長男が庭でさなぎを育てている。

その翌日、今度はアオムシが小松菜に乗って我が家にやってきた。8mmほどの小さいアオムシ。当然長男は大喜び。庭のトマト畑での飼育が許されなかったので、虫かごで飼うことになった。このアオムシの可愛さには、長男だけでなく、家族全員が夢中になった。日曜日は我が家の中心にこのアオムシがいた。かなりの偏食家のアオムシで、小松菜、キャベツが大好き。タンポポは拒否。何を食べて何を食べないかで家族の輪ができた。

「このアオムシは、いっぱい食べてさなぎの中に入って少し休んで、今度出てくるときは、蝶になるんだよ。オモシロ蝶になるよ。」と長男。

「オモシロ蝶?」…すぐにその意味が分かって爆笑してしまった。庭でさなぎを見ながら私とばあちゃんが「これはモンシロ蝶だね」と話していたのを長男が聞いていて、「モンシロ蝶」が「オモシロ蝶」になったのでしょう。

じゃあ、このオモシロ蝶のアオムシの名前を決めよう。

長男がすぐに提案。「トモノアオムシ」。

「えっアオムシっていう名前?」と私が聞くと、「違う!トモノアオムシ!」と長男。

4歳児の頭の中では、トモノアオムシは、すでに家族なのでしょう。家族はみんな同じ苗字を持つから、同じ苗字をつけたのでしょう。「でもトモノアオムシは、トモノタロウ(我が家のカラス)に見つかったら、すぐに食べられちゃうよ」と周りが言うと「絶対にダメ!」と拒否する長男。

日曜日はそんなアオムシデーでした。ただ不幸なことにこのトモノアオムシ、次男の目に止まり、次男は夜、虫かごを振り回したり投げつけたりして遊んでいました。(長男は見ていないようです。)しばらくじっとして動かなかったトモノアオムシですが、夜の11時ごろ、再びキャベツを食べ始めたのでひと安心。アオムシの運命や如何に。

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2007年6月24日 (日)

本当に書きたいこと

本当に書きたいことは、自分に対して書き残しておきたいことであって、そのほとんどはここに記すことができないもの、あるいはかなり抽象的にしか書けないものばかりです。

それはあまりにも人間的で、あまりにも具体的で、ときに切迫しており、ときに重すぎることであったりします。

A君のお父さんは、以前たまにA君と面会する時、私も誘ってくれて、よく3人で食事をしました。飲むと必ず「A君が生まれたとき、どんなにうれしかったか」を何度も繰り返し話してくれます。東京で仕事して、終電で地方の妻の実家に駆けつけ、生まれたばかりのA君を一晩中眺め、始発で戻ってきて仕事をする。そんな毎日だったと飲むと必ず語ってくれました。A君は今、大変な病と闘っています。当然お父さんも闘っています。生まれたばかりのA君に寄り添っていた時と同じ気持ちで、お父さんも闘っているのでしょう。

B君は、昨日お父さんを亡くしました。これから男として、若いお母さんや妹を支える柱になるために強くなっていかなければなりません。昨日訪問して、本人にはそのことを告げ、お父様にも約束してきました。

Cさんは、非行と虐待の渦中にいますが、何とか働く喜びと責任感の中で、失われつつある本当の自分を取り戻そうとしています。過去何があったかは別として、働いている彼女の目は澄んでいます。さまざまなデータ・情報が入ってきても、私が確認できる唯一の真実は、目が澄んでいるということだけです。

今、A君からCさんまで書きましたが、アルファベットでは足りないくらい、たくさんの現実に面しています。それが地域福祉の現場です。

県の「工賃倍増計画」という鼻くそ程度の問題も、こうした現場の視点で考えていくしか、私にはできません。でもその任務を受けている以上、真剣に考えていこうと思います。

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2007年6月18日 (月)

父の日

月曜日、今日は一日憂鬱な気分が抜けませんでした。何をやっても失敗しそうな気がして、いつもは秋空のように澄み切った私の頭の中の事業構想にいきなり雷雲が立ち込めたような感覚。まあ、明日には復活しているんだと思いますが。ビールを適量処方すれば。

昨日、長男の幼稚園の父親参観に行ってきました。初めて見る息子の幼稚園での生活。でも息子はおやじに気ばっかり使って「あの子がリンゴ組の○○ちゃんだよ」とか「△△君はイタズラばっかりで、すぐ怒られちゃうの。」とかと説明。「そんなことはいいからいつもの姿を見せてよ」・・・。

みんなで何曲も歌をうたっていたり、長い手話をみんなでやっていたり、「ここまで教え込むのは大変だったんだろうなあ」と感心しました。そしてその輪の中に長男が普通にいることに感動しました。お父さんのための歌もみんなで披露してくれて、手作りのプレゼントを一人ひとりのお父さんが子供から受け取ったりして、私も「親父、いつもありがとう」と言われて泣きそうになりました。終わった後では、それぞれの父子が愛情たっぷりに抱き合う光景がたくさんありました。どの家族にとっても、忘れられない一日だったでしょう。

でも、私は仕事柄、ちょっと胸が苦しくなったのも事実です。障害者の日中活動を支える場というものは昨今ではたくさんありますが、うちは特に本当に行き場所がない仲間たちが最後に門をたたく場でもあります。生活支援の体制が取れなければ支えきれない仲間たちが多いということです。「行き場所がない」ということにはさまざまな理由があって、家族の問題がその1番の理由です。事実、私が毎日接している仲間たちには、小さな頃から親と離れて生活するしかなかった仲間も多いのです。

私なりには「彼らはきっと寂しかったんだろうなあ」と考えてはきましたが、実際にこうした親子で感動するような演出などが幼稚園や学校などで普通に行われているのを肌で知り、その暖かな輪の中に身を置くと、「彼らはこういう環境の中でひとりたたずんで何を思っていたのだろうか」と考え込んでしまいました。

本当の意味で心の交流が難しい彼ら。心の扉が厚い彼ら。その扉を叩く日々の中で、彼らの幼少時代の孤独を私なりに想像はしてきましたが、想像とはおそらくまったくレベルの違うものだったのだろうと、この父親参観で思いました。

父親参観から家に帰り、妻などは「どうだった?よかったでしょ?」といろいろ聞きだそうとします。息子も「どうだ!」とばかりに得意そうな顔、満足な顔でこちらを見つめています。その言葉と心に応えたかったのですけれど、素直な感想をストレートに妻に告げることはできませんでした。「親がいない子のことを想像して胸が苦しくなった」などと家に帰った直後に言えないでしょう。(このブログで妻に白状したことになりますが。)

息子にはそんな寂しい思いをさせたくないと思う反面、第二、第三の息子のようなあの連中(障害を持つ仲間たち)の心の闇を少しでも触れたいと思う気持ち、それらが交差して、得意の自己嫌悪にも発展。直接にはあれだけ頑張って歌や踊りを覚えて披露してくれた息子を前にして、モヤモヤした気持ちを抱いている自分への嫌悪かな?

これが今日一日の憂鬱の正体かな? 自分でもよく分からない。

でもありがとう。

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2007年6月15日 (金)

大雑把その2

前回の続き。

逆にもともと大雑把な人がきっちりとした仕事の結果を返していくために必要なことは…。

自分がそうだったので、「簡単じゃないぞ~」というのが結論です。

一点だけ、大切なことを挙げるとすれば、<自分の中に自分を懐疑的に否定するもう一人の自分を作る>ということです。

「終わった~」という自分に対して、「お前がミスしないはずない」「お前の仕事はテキトーだ」という自分が常にいることです。その懐疑的なイヤミったらしい自分とケンカしながら仕事をこなしていけばいいのです。

まあ、<自分の中にもう一人の自分を作る>ということは、大きく言えば<大人になる>ということだと思うのですけどね。片足で立つよりも2本の足で立つほうが安定する。自分を懐疑的に否定するもう一人の自分をまずは育てて、その自分とバランスよくうまく付き合うことです。

それは同時にまた、感情のコントロールにもつながります。子供のような感情を爆発をさせるタイプは、<もう一人の自分>が育っていないのです。いくら自分がさまざまな経験をして反省していっても、あるいは努力をして自分を築き上げても、<自分を懐疑的に否定するもう一人の自分>が未形成だと、やはり弱いのです。片足をいくら鍛えても、片足だけで相撲をとったら子供にだって負けてしまいますよね。

これは人との関わり方にもつながっていきます。

朝、これを読んだ人は、なんとなく嫌~な朝になってしまいましたね!

でも頑張りましょう!

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2007年6月14日 (木)

大雑把

仕事をこなす上で、大切なことはポイントをつかむということである。ポイントをつかむということは、集中すべき部分、大切に扱うべき部分を仕事の全体の中から見つけ出すということである。

仕事の全体像を大雑把に把握し、その中でポイントを整理すること。そのポイント以外はできるだけエネルギーと時間を抑え、ポイントを浮かび上がらせること。そしてそこに集中すること。

そのためには<大雑把な仕事の仕方>を身につけることも大切。デジカメで例えるならば、画質を落として一定の容量あたりの写真の数を増やすこと。

もともと大雑把な人が、ポイントにおける集中力を身につけるためにはいろんな力をつけなければいけない。しかしもともと一点集中型の人が<大雑把な仕事>を身につけるためには、そんなに多くの能力は要らない。

「勇気」…これだけだと思う。抽象的ですね。例えるなら、100点を常に期待されている人が、60点の答案用紙を堂々と持ち帰る「勇気」みたいなものでしょうか。手を抜いた部分は手を抜いた結果しか返ってこない。しかしその結果をも自分の結果として受け入れる「勇気」と言い換えましょうか。「これでいいんだ」と納得する力。

その向こうにある集中すべきポイントさえしっかりと見据えていれば、構わないことなのです。

「おいしいカレーを作って欲しい」といわれて、まず人参とジャガイモの栽培から始めてしまったら、相手のニーズには応えられません。そこらのスーパーで適当に安い食材を集めてきて、「さあ、どこでおいしいといわせるか」を考えればいいのです。隠し味としてのニンニクと蜂蜜のバランス、この一点に集中する、とかね。

さあ、仕事に行こう。

追伸:「おいしいカレー」のためには、「あぐり」の野菜を使いましょう。「そこらのスーパーで」というのは、撤回!

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2007年6月 6日 (水)

千客万来

今日は一日「リサイクルショップクローバー」のお店番。客足としてはイマイチの日。5時になり「さあ、店を閉めよう」と思ったところで思わぬ客。

スズメバチ!

彼は店内を見回して、品定めをして結局レジの上の天井に立ち止まり、巣作りを始めた。

気に入ってくれたのは有難い。しかしここは私の店だ。巣作りしたい気持ちも分かる。俺だって巣作りしたくてこうしてここで頑張ってるんだ!

そうは思いつつも、店長(私)、真っ先に逃げた!おっと、仲間たちを忘れた。仲間たちを私の車に避難させる。しばらくしても彼は動かない。仕方ない。殺虫剤を買いにいってターゲットに向けて発射。店員全員私の車で待機。普通の殺虫剤で効くわけがない。しかし居心地は悪くなったようだ。巣作りをやめて飛び回っていた。入り口を開けるがなかなか出て行かない。

他のお客様もいらっしゃったが、先客(スズメバチ)がいたためお帰りいただく。かれこれ30分くらいか。浅間山荘事件のようだ。

しばらくすると、彼は帰っていった。高々と舞い上がり、消えていった。

その30分間、お店は機能せず。

収穫があるとすれば、その30分、みんなの心が一つになったことか。

そう考えると、どこかで元気でいてくれたらいいな、と思う。

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2007年6月 5日 (火)

苦情男

 みなさん、体調はいかがですか?私は妻や子供の看病をしたり仲間たちの病院に通ったりしている間に、いつの間にか質の悪い風邪にやられてしまって、足腰が立ちません。それでも10年以上無遅刻無欠勤なので、仕事はちゃんとしておりますが。(偏頭痛もちは、ある意味、丈夫なのですよ。どんなに辛くても偏頭痛の痛さに比べたら屁でもないわけですし、それはもう30年以上耐えてきているわけですから。偏頭痛のひどい時に比べたら、金槌で指先叩かれた方がよっぽどましですから。)

 さてさて、そんな時に来ました。昨日、苦情が。「責任者を呼べ!」・・・はいはい、行きますよ。この安っぽい頭、仲間たちのためなら何度でも下げられますから。現場に向かう車の中では吐かずに頭を下げる練習です。脂汗です、まったく。

 先日お寿司のカタログを配っていた作業所の仲間たちが、女子寮のポストなどに投函中にL字型のドアノブを触っていて、もし開いたらどうするんだ、ということです。そのお怒りはもっともなことです。

 その日担当していたイタルさんとクニちゃんは、もちろん女性の部屋に興味を持つタイプではない。故意に開けようとしたわけではないのは分かります。でもなぜ?

 二人を現場に連れて行き、話を聞いても「???」…まったく身の覚えのない様子。現場責任者のイタルさんはもちろんのこと、クニちゃんのことも「そんなことはしていませんでした」と。

 しかし苦情が発生したのは事実。自前のチラシを配っている時なら「やってません」と向かっていってもいい。しかし要はお寿司屋さんに対するイメージがどうかという話です。納得のいかないイタルさんを説得。「大切なことは、これからそのお客様がお寿司をとってくれるかどうかだよね。お寿司をとってくれたお客様のお金が、二人の給料になるんだから。」

 二人を連れて苦情主様のことろに謝りに行きました。<やった、やってない><なぜやった>そんな話はいたしません。「これから気をつけます。申し訳ありませんでした。」これを貫くだけです。

 本当は納得していないイタルさんの謝り方は、しかしとても潔かった。自分のプライドとかそういうものでなく、お寿司屋さんのために、深々と頭を下げ続け、「クニ、謝ろう」と。

 その相手の方はとても親切な人で、「うん、いいよ。いつもありがとう。お寿司とってるよ。今度は気をつけてね」「はい」・・・これで帰ってきました。

 翌日、つまり今日です。今日も二人はお寿司屋さんのカタログ配布。私もついていくことにしました。行く途中の車の中、イタルさんの表情は冴えません。「どうしたの?」「緊張してます」。失敗の理由が分かればそれを修正するだけですが、分からないままリスタートですから緊張するのも当然です。

私はあえていいました。「たまには苦情も必要だよね」。一瞬「えっ」という表情の彼。

「苦情が全然なければ、緊張感はなくなっていくでしょ?たまにこうして苦情ももらって、よしもっといい仕事しよう、と思えばいいんだから。俺たちは昔はたくさん苦情をもらって、ここまで仕事を覚えてきたんだから。その気持ちを忘れるなっていうことなんだよ、きっと。」

イタルさんの表情が急に明るくなりました。明るくなったというよりは、前を見るようになったという感じですが。

さあ、出発地点に着きました。私がイタルさんにこうして付くのは久しぶりです。それも苦情のおかげです。「どこから始める?」私が聞くと、イタルさんが答えました。「あのお店です。」

「えっ!」…あのお店のオーナーは、昨日謝りに行った先の苦情主様です。イタルさんはあえて、そこを今日の出発点にしたのです。

「分かった。ポストに入れずに手渡ししよう。」「そうね。」とイタルさん。

「○△寿司です。昨日は申し訳ありませんでした。」そういいながらカタログを手渡す。昨日その方の自宅に配っているわけですから、その方もカタログがあえて欲しいわけではないはずです。しかし明るく受け取ってくれました。「ありがとう。また寿司とるからね」「よろしくお願いします。」

爽やかな朝のスタートです。きっとそのオーナー様にとってもそうだと思います。

その後、しばらく私はクニちゃんのチェック。イタルさんにクニちゃんの見方をもう一度教えなおす機会です。「ここで待って、クニちゃんの入れ方を見てみな。ここならちゃんと見えるでしょ。ここまで来て確認するんだよ。」

私がイタルさんに付きながらクニちゃんの入れ方を見ている。するとクニちゃんは、ポストに入れ終わった後、鍵穴の部分をカンカンと叩いています。もともと水が張ってある容器の表面をちょっと叩いてみたり、金属のカンカンという音を楽しむことのあるクニちゃん。ポストに入れたら金属部分をカンカン、またポストに入れたらカンカン…。

「これだよ!原因は。」私がそういうとイタルさんもうなずきました。クニちゃんとイタルさんのコンビはもう4~5年。知り尽くしているがゆえに、逆に「周りから見たらどうだろう」という視点を失ってしまうことがあります。我々だってよくあることです。この「カンカン」は、見方によってはドアノブが開くかどうかを確認しているようにも見えます。ましてや女子寮に男性二人が来るわけですからそれだけで警戒されるのです。

それ以降「カンカン」を注意しながらの仕事。始めのうちは注意されるごとにびっくりした表情でキョトンとしていたクニちゃんもカンカンをやらなくなりました。私はこの時点で引いて、イタルさんにあとを任せました。

夕方、イタルさんから終了報告電話。カンカンについては「まだ時々やったりやらなかったりが続いたけど、もう大丈夫です。」と。いい表情で帰ってきました。

みんな、地域の中でいい勉強してるなあ。まあ、俺もだけどね。

まだまだ勉強。

頭下げられる回数より、頭下げる回数の方が何倍も多いのですから。

ふんぞりかえって勉強はできないですからね。

風邪も吹っ飛んじまいました。また明日頑張ろう!

「日中活動の充実?」…ヒントは書いたつもりだぜ。  

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2007年6月 2日 (土)

質的充実・量的充実

千葉県では、来週から(障害者の)「日中活動の場の質的・量的充実のための検討会議」なるものが始まります。「工賃倍増計画策定会議」とはまた別の会議です。障害福祉課長と就労事業振興センター長と私の3名が両方とも出ることになっているようです。民間からは私だけ? 週末ソフトやマラソン大会で遊んでいたり子供と遊んでいたりするので、「あいつは暇そうだから」という理由で、こういう会議に捕まってしまったのでしょう。以後、遊びの記事は減らします。

先日、「社会福祉法人オリーブの樹」(加藤理事長)が発行した「小規模福祉作業所のあり方研究」の発刊記念の宴会に参加しました。この冊子はかなり広範囲に配付されているようなので、もう読まれた方も多いと思います。私もあちらこちらで「読みましたよ」と声をかけられました。執筆者のみの宴会の席は、大先輩たちに厳しい叱咤激励を受けながら、入り口に一番近い席で小さく座って、がむしゃらに食べておりました。でも大変勉強になりました。勉強になるお話を聞けることは分かっていましたので、あまり飲みすぎないよう、忘れないよう気をつけていましたので、食べるほうに専念しました。

さて、「日中活動の場の質的・量的充実のための検討会議」ですが、どんなスタンスで臨むべきかを考えているところです。<質的充実>でいうなら、あまり仕事の充実=工賃向上に偏らないほうがいいと思いますし、もっと私の一番のポリシーである<障害者との関わり方>に絞って考えていってもいいのではという気がします。どう関わるかがすべてです。

また<量的充実>でいってもやはりマンパワーでしょう。作業所一つ背負って立つ人材をどれだけ生産できるかという問題でしょう。そのノウハウをどこに求めていくのかということ。最近の流行では、ビジネスのノウハウに依拠しすぎだと思っています。全然違うんですから。どう違うのかについては、このブログでも過去かなりたくさん書いていると思いますのでここでは略。

ちょっと脱線モード。ここで切ります。緊急事態のため。

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