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2007年5月16日 (水)

就労か工賃アップか

「就労か、工賃アップか」・・・。または「充実した日常」か。

障害者自立支援法制定を通じて、あるいは厚生労働省が音頭をとり各自治体がそれに呼応する形で、「就労」「工賃アップ」に関する施策がさまざまな形で図られようとしています。

そして他方、「就労」「工賃アップ」が作業所・施設を判断する際の画一的な物差しにされることへのアンチテーゼとして「充実した日常」などを対置するところも出てきています。

ちょっと待って。

まず、障害を持つ彼らの日中の居場所がまだまだ足りないんですよ。これは地域の現場じゃないと分からないことですよね。居場所のない人たちの中で、統計的に数字として上がってこない人もたくさんいるのです。

もうひとつ。「就労」にしても「工賃アップ」にしても、要するに<働く>ことの意味の問題ですよね。そしてそれは各々固有の問題ですよね。

障害を持つ方々の中でも親の財産や年金などで、一生働かなくても生活が可能な人もいますし、まったくその逆の人もいます。

<働く>ということには(以前も書いた気がしますが)目的性と手段性が統一されているのです。自分に照らし合わせてみてください。そしてそれは各々固有の問題なのです。みんな違うのです。

福祉の現場の人たちは、今目の前にいる一人一人について、まずはじっくり考えてみてください。大いに悩んでください。その悩みの先に「就労」や「工賃アップ」があれば、その現場の目標の一つに掲げ、必要があれば行政の施策等も大いに活用してください。悩みの先に「就労」「工賃アップ」がなければそんな施策はどうぞ無視してください。それだけのことです。

まずは一人一人に戻りましょう。それができるのが現場の特権です。「就労」「工賃アップ」またはそれらのアンチとしての「充実した日常」、そのような看板に障害を持つみんなを当てはめるのでなく、一人一人の目線からさまざまな看板を眺め・選択し・活用するということです。

そして行政の方々やその周辺の方々は、今述べた「現場の特権」を無条件に承認してください。その上でさまざまな施策を準備し、現場からの声に応える体制を目指してください。くれぐれもある一定の物差しで現場を計ろうとしないこと。なぜならそれをすると、あなた方も現場から「一定の物差し」で計られ判断されてしまうからです。「現場を分かってない」というように。

それこそ不毛な物差し合戦でしょ?くだらないんですよ。そういう論争は。

現場と行政(およびその周辺)は、できることもやるべきこともぜんぜん違う。どっちが良いも悪いもない。どっちが上も下もない。障害を持つみんなにとって両方必要なのは事実なのだから。

自分たちだけが頑張っているというのは思い上がりです。うんこです。うんこ。

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