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2007年5月 8日 (火)

社会的入所?

千葉県内で、精神障害者のグループホームや作業所を運営されているK氏から、あるメーリングリストを通じて「精神障害者の長期入院」の問題、「社会的入院」の問題に関して、次のような論文が届きました。抜粋し掲載します。

精神障害者の長期入院の問題は、この国において何十年もの間議論され続けてきたにもかかわらず、結果的にはこの間の統計数値が雄弁に語っているように、ほとんど未解決のまま一向に前進しておりません。

私はそれぞれ定員四人のGH(グループホーム)を、男女一つずつ計二箇所運営しております。GHから更に自立度の高い段階に行けそうな方々を次々とGHから移す支援をも、微力ながらも同時に開設当初から行って参りました。GHから次の段階に行った方々を、地域の福祉力で支えていくシステムをどのようにすれば作って行けるかを、日々模索し続けています。GHに入居している方々にとって、GHが最終のゴールとは私にはどうしても思えないのです。一工夫して行けば、ここから更に自立できる方もまだまだ大勢おられるはずです。自分達の個々の希いをそれぞれに掲げながら、誰もが暮らしやすい地域を一緒に創っていければと願っております。

このように次の段階へ行ける入居者を、もしもGHの世話人等が自らの生活のために<経営>を優先して囲い込んだならば、それを病院における「社会的入院」をもじって、GHにおける「社会的入居」と言おうと私は考えております。

GHを自らの理念に沿った形で丸4年間運営してみて、初めて病院経営の大変さも少しですが分かりはじめました。社会的入院の問題を病院だけを<単純化>して悪者に仕立てて批判することのみでは、この極めて闇の深い問題は解決しえないのです。

皆様方もご承知の通り、退院促進の課題は現在社会的入院を余儀なくされておられる方々が、このまま病院内で老齢化して老人施設へ移動するか、または病院内で亡くなっていくかの何れかの道を辿って、<解決>をして行くことになる可能性が極めて大きいのです。しかしこの退院促進の課題を、このまま深い闇の中に放置し続けていくことは許されません。誰かが地域の側より真正面からこの課題に取り組むことにより、深い闇の中に隠蔽されている精神障害者が置かれている情況を少しでも顕在化させていく必要があるのです。当事者・家族・医療・福祉・行政・市民等々…のみんなで、心を病む人々(=実は誰にとってもそれは他人ごとなどではなく、心を病んでいる人の姿は過去や未来の「自分自身」や、自分を取り巻く「周囲の人々」の姿でもあるのです!!)の行く末を考えて行くことは、それはとりもなおさずこの国で長い間隠蔽されてきた深い闇を、少しずつ明るみに導き出していく端緒になっていくはずです。

K氏のこの論文は、直接には病院内に設置される「退院支援施設」の是非および態度表明とその段取りについて書かれたものです。しかし私は作業所および生活支援に関わるものとして、もう少し普遍的に解釈し、考えさせられました。経営を優先に病院やホームで抱え込むことが「社会的入院」および「社会的入居」なのだとしたら、作業所・施設などにおいても「社会的入所」もあるよなあ、と。

元来、社会からある意味断絶させられた形で、家族が障害者を抱え込んで生活されている状況。その状況に対して、社会参加・地域参加を呼びかけて、その本人の社会参加の場を提供し、また媒介的に家族のゆとり、家族の<普通の暮らし>をも支えていくのが作業所の第一の任務です。だから当然目指すべき道として生活支援とリンクしていくのです。

そしてさまざまな方々が通ってくる中で、その一人一人を知っていく中で、次のステップを構想していくことも必要になってきます。一般就労を含めた、より広い社会参加を目指すべき人、医療とのよりいっそうの協力関係を構築することを通じて、より円滑かつ安全な社会参加を目指すべき人、・・・いろいろ見えてくるわけです。

しかし作業所や施設が、国や自治体からの公費で経営を補い、ある意味<抱え込む>ことを通じて運営が安定する今の法体系システム(障害者自立支援法)のもとでは、必ずしも理念どおりに行かない部分も出てくるでしょう。経営ができなくなれば、支えることも難しくなるからです。

家族や病院が<抱え込む>ことに対して、別の選択肢を用意してその機会を提供するのが作業所であったりグループホームであったりするわけですが、そこがまた<抱え込む>経営を余儀なくされているという現実もあるということです。

現場は常にその矛盾を実感していなければなりません。そしてその解決策を模索していなければなりません。

それを昨晩からずっと考えています。(今は朝の5時。)

考えるべき点は、思いつくところでは次の通りでしょうか。

①公費即経営という硬直した経営スタイルから脱し、経営のダイナミズムを模索すること。完全自主運営をモデルの一つとして理念的に吸収し、経営のオルタナティブ(代案)を提示し、実践してみること。

②ケアの深さに応じた事業規模を検討すること。たとえば日中の生活を無事に安全に送ることだけを目指した(今時そんなところは少なくなってきたと思いますが)事業では、ケアそのものがマニュアル的に対応できるわけですから、ある程度大きな規模でも可能だと思います。しかし逆に一人一人に即した深いケア(家庭背景、将来の問題、その人の生き方の問題にまで踏み込んだケア)を目指すならば、自らの力量とケアの深さ(関わり方の理念)に対応する事業規模というものがあるはずです。その限界点の認識とその超え方を考える必要があるということ。

K氏の論文からかなり逸脱してしまいました。しかし考えるヒントはたくさんいただきました。

おっそろそろ仕事に行く時間。週末は作業所のキャンプもあります。総勢50人くらい? ソフトボールの大会も同じ日にあります。その次には「青葉の森リレーマラソン大会」もあります。5月末までは書類の山がそびえ立っています。雲に隠れて山頂が見えません。ただ見たくないときもあります。

昨日の夜、M作業所にブラッと立ち寄ったら、職員の方がひとりで事務仕事をしていました。「事務もやるんですか?」「全部ですよ!全部!」

どこも同じだと思うと、ちょっと嬉しくなったりしました。お忙しい時間にお邪魔いたしました。

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