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2007年4月15日 (日)

働くって何だろう

働くって何だろう?

マクロ的に言えば、人間社会の存立条件ですよね。「社会」と「群れ」の違いは、労働=協働による生産諸関係があらゆる関係の基礎になっているという点にあります。歴史上いかなる社会もそれは同じです。ただ現代社会は、生産物あるいは労働の主体までもが「商品」という形態をとって流通し、商品の価値=交換関係があらゆる社会関係の基礎になっているという点が、これまでの社会と違うところです。

しかし私たちは、こうしたマクロ的な視野をもっていてももっていなくても、働いています。いや、働くということを重い課題として意識しながら生きています。

障害を持っていても、当たり前のように地域社会の一員として暮らして欲しい、暮らすべきである…これが福祉作業所あるいは地域活動支援センター(Ⅲ型)の建前上の前提です。

「建前上」といったのは、実際そういう信念を持って取り組んでいるところはそう多いわけではなく、たとえその信念を持っていても実際に貫くのは難しいからです。

昨日、こんな相談を受けました。「A君やB君やCさんに対して、仕事しなさいっていうのはどうなんだろうって考えてしまう。彼らにとって仕事をすることってそんなに意味があるのかなあ。それよりも外出の機会を増やしたりして仕事以外の充実の仕方を考えてあげた方がいいような気がして考えちゃうんですけど…。」

おそらくA君らの実際の姿、日常風景を見れば納得する方も多いでしょう。(言い方は悪いですが)傍から見れば結論は簡単なのです。「無理して働くことはないと思うよ」って、客観的な立場の人は誰でも思うと思います。

しかしその相談してきた人を含めて、中にいる人は違います。結論は簡単でなく深い葛藤を抱えることになるのです。

どんなに障害が重くても軽くても、ここにいる人たちはみんな仲間。まずは一人一人が頑張ることと、その頑張りを背景に至らない部分は互いに助け合うこと。そういう関係の中にA君らもいるのです。だから「頑張ろうよ」といい続けているのです。

作業の工夫をし、「はい」も「いいえ」も表現できない仲間たちの気持ちを汲み取り、ただ汲み取るだけでなく「働こうよ」というこちらの気持ちを伝えて、それがどれだけ伝わっているかは言葉でなく実際の作業工程で検証される。・・・・・でもほとんどの場合伝わっていない。それでも毎日同じように気持ちに働きかけ、「伝わらないな」と思っては落胆し、それでも毎日彼らと向き合う。そういう毎日を送りながらの「働くこと・働かせること」への疑問の吐露なのです。結論はそう簡単ではありません。

その場では私はこう答えました。「確かにそういう疑問は持つよねぇ。でも仕事しなくていいよってやっちゃうと、作業所において彼らを褒める機会がなくなっちゃうよね。」

「でも仕事で褒めてあげられることも、ほとんどできてないよ」とその人。

「でも褒めてあげるという目標や機会を最初からなくしちゃうと、気持ちの上で彼らに向き合えなくなっちゃうんじゃないか?」と私。「ん~そういうことか、分かった」とその人。

ここは障害者へのサービス事業です。彼らが毎日通ってくればそれだけで補助金などの公的資金が入り、職員の給料は保証されます。だから別に原則的には「(人間)関係」など意識しなくてもいいのかもしれません。実際に施設によっては障害者を「お客様」と呼び、「仕事」=「お客様へのサービス」という意識を徹底させているところもあります。筋としては間違いではありません。でも地域福祉の現場ではもう一歩先の「働くって何だろう」「彼との(人間)関係をどう作っていくべきなのだろう」という課題を一人一人が背負ってもらわなくてはならないのです。

一般に「働くことの意味」とは、社会的な貢献への意識だったり、社会的な地位などへの渇望だったり、今の生活の維持や発展のためだったり家族のためだったりします。給料収入を別の生活上の目的のために費やすその手段であったり、また「楽しいから」という自分自身の生活の充実のためだったりもします。目的・手段の入り混じった体系としてその人なりの「意味」を持つのだと思うのです。

しかし上記のいずれにも当てはまりそうにないA君らの「働くことの意味」を考えるということは、とても難しいことです。誤解を恐れずに言うと、「働くことの意味」は本人でなく第三者としての我々(直接関わっている人たち)が持つしかなく、ある意味一方的な思い込みも必要なのだと思います。歩けない人の足になってあげること、見えない人の目になってあげること、不安定な人の支えになってあげることと同様に、A君らの代わりに我々が「意味」を持ってあげること、そしてその線で接してあげること、それしかないのだと思います。そしてその線で考えるのなら「褒めてあげたい」「認めたあげたい」その思いがA君らと仕事を通じて関わることの「意味」になるのだと思うし、心の中で説明してあげる「働くことの意味」なのだと思います。

それをベースにして、外出などの機会を作って生活上の充実を考えてあげることはぜひとも必要です。他の仲間たちと同様に5時間みっちり仕事漬けという状態がいいのかどうかも現場で判断されるべきです。

でも、毎日毎日じっくり関わっている人たちは、本当にすごいと思いますよ。それができそうで実はできない人、さんざん見てきましたから。無意識なのか意識的なのか、大変な人・関わりたくない人には簡単に背を向けてしまう人も少なくありません。関わるとしてもほんの一瞬で、その一瞬はいい仕事をしますが、一日一緒にはいられないのです。福祉の世界で大切な人は、一瞬だけ関わりいい仕事をすることでなく、ずっと一緒にいてあげられる人です。

そろそろ仕事の時間ですので、また。

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