« 新たな仲間たちの紹介で~す。 | トップページ | 働くって何だろう »

2007年4月14日 (土)

夜と朝の隙間に落っこちて

今日は朝の4時ごろからポツポツと雨が降ってきて、5時にはザーッときました。不眠男のウェザーレポートでした。

昨日は「㈱ふくしねっと工房」の社長としての営業の仕事。地域活動支援センター(福祉作業所)の所長としての顔を隠して、遠方の面識のない障害者施設等を訪問…のつもりが行った先で「とまりぎのNさん元気?」「あ、あの〜寿退社しました。」「やっぱりねえ、そんなこと言ってたもん。」

なぜバレた?顔に「とまりぎ」と書いてあるのかな?バレているなら仕方ない、「とまりぎ」の機関誌を手渡す。すると、「いつも読んでますよ。友野さんが送ってくれるんですよねえ」…そうか、私の名前でこの機関誌は発送されていたんだ。

名前だけが一人歩きする。講演や研究会の話もまた入ってしまった。ここでは大した存在じゃないのに。「所長」といっても従業員の雇用条件すら知らない。「どんな契約?見せて」というと「えっ知らないんですか?」と逆に驚かれてしまう。3人いれば3回驚かれる。多少は交流が広がってさまざまな情報が入りやすい環境になることは仲間たちにとってプラスになることですが、あまり名前だけ一人歩きするのはちょっとくすぐったい。実情とかけ離れていますからね。

そのうち雲隠れしますから。あっ雨がやんだ。こんな感じで静かになりますから。

雨がやむと鳥たちは大喜びです。すずめたちがチイチイ鳴いています。そういえば先日妻がこんなことを言ってきました。「お母さん(私の母)面白いんだよ。鳥が笑ってるのが聞こえるって言っていて、見たらその鳥、ミミズをくわえていた。お母さん鳥の言葉が分かるんだって。」

5時半になると、この季節はさすがに朝ですね。そろそろ早い人は起き出して、「あれ?ゆうべ雨降ったのかな?」とかと言うのでしょう。新聞がビニールに入っていたりして。

昨日からうちの金魚のぱっぽが心配です。だから私は今こうして起きているのです。ぱっぽの病気は昨日妻が気づきました。「一日見てあげられなかったら、ぱっぽ病気になっちゃった。」と妻が言ってきました。

わが家には今私の親せきがいて、一緒に暮らしています。彼は知的な障害を抱えていて、今親が入院しているので、こうしてうちが引き取って一緒に暮らしています。私の親せきなのに、妻が介護を全部してくれています。息子の入園式&登園開始も重なって、妻は大忙しです。そんな中、きんぎょのぱっぽの病気を心配しています。

ぱっぽはたまに横になりかけたり、けいれんのようにバタバタしたり、一晩中やっていました。横にいてあげることしかできません。その横でカメたちはスヤスヤ寝ています。となりでこれだけぱっぽがバタバタしているのに気づかないようです。

6時になり、犬やネコたちも起きてきました。水がないと言って大騒ぎです。毎日の当たり前の風景の中で、ぱっぽだけがいつもと違う。当たり前の風景は、そのちょっとしたことだけで、ずいぶんと見え方が違ってきます。命の有限性を感じながらその風景を見るからです。

命の有限性は毎日意識しすぎていると、気がめいってしまいます。だけど、たまにこうしてじっくり考えることも必要です。息子の風歌は通い始めた幼稚園から帰ってきてぱっぽを見て、1年半前に死んだ金魚のぴっぽのことを思い出したようで、ぴっぽが死んだ理由を妻に尋ねていました。同じころ死んだカブトムシのことも思い出したようです。命の有限性を直感したとき、記憶の扉が開くということもあるのでしょう。

福祉の現場も命の有限性と本来は向き合っています。毎日は意識しませんが、意識する瞬間を大切にすることは必要です。

当たり前の毎日は、当たり前じゃないものをも包み込みながら、当たり前に繰り返していきます。当たり前じゃないことを包み込むことこそが、むしろ当たり前なのです。

恐竜時代からそれは繰り返され、今こうして我々が当たり前のように地球で威張って暮らしています。ちょっとずつ形を変えて、私も歳を重ねていきます。

どうやら妻が起きたようです。私も待ちに待った睡魔がやってきました。今日も忙しいのですけれど、ちょっとは夢も見られるかな?ダメかな?

|

« 新たな仲間たちの紹介で~す。 | トップページ | 働くって何だろう »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118028/6087519

この記事へのトラックバック一覧です: 夜と朝の隙間に落っこちて:

« 新たな仲間たちの紹介で~す。 | トップページ | 働くって何だろう »