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2007年4月15日 (日)

風歌へ

風歌(ふうた)は先日幼稚園に入園したばかりの3歳児。うちの長男。
先日わが家に新たな「家族」がやってきた。わたしのいとこのヨージ。ヨージの家族の病気で、ヨージの介護者がいなくなり、こうして一時的にわが家が引き取ることになった。ヨージとは私は本当に小さい頃よく遊んだ。当時は彼の障害など気づかなかった。私の祖母の「ヨージはバカだから、かわいそう」といった言葉と、その言葉に激怒した私の母の言葉を今でも覚えている。
私も小さいなりに成長して、次第に祖母の言葉と母の言葉の意味を分かるようになった。ヨージとは一緒に遊ぶことはなくなった。遊んであげる、という意識に変わっていった。

私が11年前、まったく別の畑から福祉の世界に入ってきて、真っ先に考えたことは「いつかヨージを引き取ることになるだろう」ということ。そんなヨージが一時的にわが家に来た。

風歌にとって見たら、来客であるこのおじさん。おじさんはみんな自分にやさしく遊んでくれるはず。なのにこのおじさんだけ相手にもしてくれない。しばらく風歌は距離を取ってこのおじさんを観察していた。

トイレに入るとき、パンツまで脱ぐ。親父(私)がお尻を拭いてあげる。着替えも手伝い、ひげもそる。食べこぼしを拾う。そんな親父とこのおじさんの関係を風歌は黙って眺めていた。自分が食べこぼせば叱られるのに、このおじさんだとあまり叱られない。そんな現実を風歌はどう見ているのだろう。

次第に風歌が変わってきた。返事が返ってこなくても「ヨージおじさん、おはよう」と声をかける。得意の英語もおじさんの前では使わない。風邪をこじらせているヨージの鼻を拭こうとする。「お薬の時間だよ」と声をかけたり水を渡す。

風歌がある時こういった。「ヨージおじさんは、親父のお仕事の人たちとおんなじなんだよね。」私は答えた。「同じだよ。だからおじさんも畑で一生懸命働いてるんだ。だから親父とも同じだよ。」

風歌はそれに答えなかった。風歌のいう「おんなじ」と、私の答えの「同じ」の意味の違いを分かっているからだ。
なぜ私が違う意味の「同じ」を語ったのか、それはいつか分かってくれると思う。

風歌は日ごろから「車椅子のしんちゃんは、どうやって電車に乗るの?」と聞いてきたり、ブロックで車椅子を作り、「しんちゃんの車椅子作ったの。これ早いよ〜」と言ったり、「スティービ−ワンダーは目が見えないのになんで歌が歌えるの?」と聞いてきたりする。親父の仕事に連れ回しているので、何となく興味を持っているのだと思う。「しんちゃんの(入院している)病院は、スカイライナーとか成田エキスプレスが見えるから、また行きたいな〜」。昨日見舞いに連れてきた時に風歌が言った言葉。

親父の仕事、親父の性分によって、息子にいらぬ気遣いをさせているのかもしれないと悩むこともある。また息子が私のいとこの鼻を拭いてあげようとしたときは、正直複雑な気持ちになった。3歳児がヨージに対して慈悲の気持ちを表していることへの、うまく表現できないが抵抗感を私は持った。でもうれしくも思った。うれしさと抵抗感、複雑な気持ちを払しょくさせてくれたのは、ヨージだった。ヨージが笑顔で風歌に「おやすみなさい」と声をかけた。風歌も自然に答えた。

これでいいんだ、と思った。
それが、とりあえずの結論です。

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コメント

比べちゃいけないと分かっていてもやっぱり羨ましく思える。
とものけは大人な家族だ。
私は毎日毎日、自分の不出来に泣いている。誰かが大人らしい『親』をやっているのをみたり聞いたりすると涙が出る。自分の不甲斐なさを思い知るから。
土曜日大好きなテレビ『オーラの泉』で三輪さんと江原さんが言った台詞『子は親の鏡、どんな子供になるかは親しだい』殴られたくらいショックな言葉に感じて泣きまくったよ・・・昔から耳にする言葉だけどこんなに実感したのは初めて。
大人になりたい。姉夫婦よ、たまに教育して~

投稿: giriimo | 2007年4月23日 (月) 10時38分

ヒント頂きました。ありがとうございました。
なのに実行したのは数回のみ。
ごめんなさい。

むずかしい・・・

投稿: giriimo | 2007年4月23日 (月) 10時52分

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