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2007年3月 1日 (木)

時間と人 ~遠い記憶から~

私が中学1年のとき、いつも一緒に学校から帰っている3人の友達がいました。私は思い上がりの強い人間でしたので、3人を従わせているかのような意識を持っていたように思います。

 私は帰る前に、学校裏庭の大きな石の近くに3人を待たせ、他の友達と話し込んだり先生などに声を掛けたりかけられたり、おそらくは毎日長い時間彼らの帰りを待たせていたのだと思います。私がフラフラしている間、3人はいつも大きな石の近くで座ったり何かをしていたり、とにかくおとなしく待ってくれているのが常でした。彼らが私をおとなしく待っているという事実こそが、私の「思い上がり」を基礎づけていた、そういうことだったのかもしれません。

ある時、いつものように他の友達とからんでいて、3人を長い時間待たせた後、当然の顔をして彼らのもとに戻った私に、まずエノさん(愛称)がいいました。

「お前と俺たちでは、時間の感覚が違うんだよ。」

ドキッとしました。いつもおとなしく私に従ってくれていると思っていた友達からのこの言葉。さらに続けて「待っている時間と待たせている時間の長さがきっと違うんだよ。お前はたぶんそれが理解できないんだよ。時間の考え方が違うからだよ。」中学1年生の日常会話としては、とても意味が深く、すぐには理解できなかったように思いますが、言葉としてとてもインパクトがありました。

さらにこうちゃんが続けていいました。「時間がどうとかはよくわかんねえけど、お前は俺たちを馬鹿にしてるんだよ。待たせてもいい奴らだとしか思ってないんだよ。馬鹿にしていること、バレてるんだけどさ~。お前だけが気付いてねえんだよ。」

返す言葉がなかったように思います。いや、遅れた理由を一生懸命誠実ぶって説明していたような気もします。でも頭の中はパニックでした。「図星」とこの時点で思ったかどうかはぼんやりとした記憶でよく分かりませんが、このときの情景は、以後25年間何度も繰り返し脳裏に浮かびます。とても鮮明な記憶として。カバンのひもを頭に掛けて手をポケットに突っ込んだエノさん。石ころをマンホールの上で蹴りながら笑って話していたこうちゃん。

それ以降、遅刻しそうなとき、何かの待ち合わせに遅れそうなとき、いつもこの二人の言葉が浮かぶのです。「待っている時間と待たせている時間」「馬鹿にしている。俺たちのことを待たせてもいい奴らだと思っている。」自分が相手を馬鹿にしていることを自分は気付かず、まわりみんなはそのことを直感的に感じている。その冷ややかな目すらも気付いていない。そんな情景を思い浮かべるだけで、恐怖感を覚えます。

時間に関して、あるいは人というものに関して、大切なことを教えてくれた貴重な経験です。こうちゃんはあの後すぐに転校して、それっきりです。

こんな経験の一つ一つを大切にすることですよね。

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