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2007年3月31日 (土)

ビラ男の正体を暴く!

年度末だというのに、我が「かんぱす」は一時介護のラッシュだ。「かんぱす」は障害者の働く場であるが、同時に一時介護サービスも行っている。障害を持つ仲間たちの父兄の方々には「運営にはいっさい関わらないでください。お母さんはお母さんなりの(子供とは別の)人生があります。どうかそれをエンジョイする部分も持ち合わせてください」と常々お話している。子離れのできない親というものは、「社会の顔」を見につけてきた子供(障害者)から見ても、「うざい」からだ。

 うちの父兄はその言葉を受けて、やれ上海だやれ行楽地だと、子供をうちに預けてエンジョイされている。その間「かんぱす」で一時預かりの仲間たちと酒を酌み交わすこともあるし、いろんな作業所の人たちが集まって宴会になることもある。

 今週はTマナブ君だ。マナブ君に「今回は誰と泊まりたい?」とある人が聞くと、「ビラ男君だよ~」だの「菅野谷さん(もえぎの女性所長)だよ~」だのと答える。(後者については当然みんなに突っつかれる。)

 それにしてもビラ男の人気はすさまじい。他にもタケシ君などは「ビラ男と一緒じゃないと仕事をしない!」と公然と言い放つ。言葉はあまり持っていないのでジェスチャーでそう話す。

 私の最近の調査結果によると、ビラ男ファンの年齢層にかなり偏りがあるというデータがでた。だいたい30代前半、この年齢層に集中している。これには何か理由があるはずだ。

 そしてそこからさらに調査を進めると、ひとつの興味深い事実が浮かび上がった。ファンの年齢層の偏りの問題とその事実がどうリンクしているのかについてはまだ調査中としかいえないが、偶然とは思えない。

 その事実とは、「とまりぎ」グループ(7つの障害者事業の連合体)の30代前半の人たちが秘密裏に定期的に会合を持っており、その会長がビラ男だというのだ。信頼できる消息筋によれば、1~2ヶ月に1度、居酒屋を秘密会議の場所として終結しているというのだ。ビラ男は裏世界では「会長」と呼ばれているらしい。

 ビラ男よ、そのたくらみは何なのだ!この太陽系の水と緑あふれる地球を舞台に、いったに何をたくらんでいるのだ!

 もちろん30代前半の秘密結社に私が潜り込むわけにはいかない。このままなすすべなく、彼のたくらみを黙って見過ごすべきなのか。

 普段のビラ男を知る私としては、その裏組織の会長をするような男には見えない。裏と表を使い分けることは苦手な男のはずだ。先日もビラ男が事務室に入ってきて、おそらくは私がいないと思ったのだろう、私が事務机に向かっている姿を見るなり「あちゃ~!」と声を上げ、「その態度は何だ!」と私に叱られたばかりだ。その彼が裏の顔を持つなど、私には信じがたい。

 逆に言えば、「表と裏を使い分けられない」というイメージこそが、彼の戦略なのかもしれない。何も知らない顔をして、とぼけた顔をしながら、実は裏社会で幅を利かせている、確かにそういうケースは考えられる。

 実際、消息筋によると、この秘密組織のもう一人のドン、八千代に住むSという女性が事務局長を担い、ビラ男会長の右腕として手配役をしているらしいのだが、そのS事務局長から結集=会合の案内が各会員に回っていたにもかかわらず会長だけが時間も場所も知らされていなかったというエピソードがある。ビラ男会長がとぼけているようにも見えるが、それもこの組織の闇の部分を静かに語っているエピソードにも見える。確かにひとりとぼけていれば、誰もこの男が裏のドンだとは気付かない。それにしてもあまりにも巧妙だ。

 そしてついに私は、ビラ男の陰謀と、秘密結社の活動の全容が明らかになるチャンスを得た。20代前半のMという女性職員がオブザーバーとしてこの秘密結社の会合に誘われたというのだ。スパイ大作戦だ。ビラ男よ、ついにその尻尾をつかんだぞ。

 数日後、私はMに会合の様子を聞いた。私の鼓動が私の鼓膜から脳髄へと逆輸入されてくるようだ。Mは語った。

「単なる定期的な飲み会だと思っていたんですけど~。ぜんぜん雰囲気が違いました。どこで口を挟んでいいのか、私が本当にここにいていいのかなあって思いました。」どういうことだM

「ほとんど会議のようでした。(障害を持つ)みんなのことについて、もっとこうしてあげたいとか、もっとこんな関わりをしたいとか、そんな話ばかりでした。議事を進行するような雰囲気で、私が突然意見を求められたりして、いや~こんな難しい話、私何も答えられないなあって思いました。固い話ばかりでした。」

 おもに主導しているのは「もえぎ」のSと「クローバー」のS事務局長、そして「かんぱす」のGTだという。「それで、ビラ男はどうしているんだ?」と私がMに聞くと、「いや~ずっとウン、ウンとうなずいていましたよ」と。

 私のスパイ大作戦がばれたのか、それともいつもただ聞いているだけなのか、分からない。またしても尻尾をつかみ損ねてしまったようだ。

 ビラ男よ、いつまでも私が何も知らないと思ったら大間違いだ。いつかその尻尾をつかんで、この場で発表する。

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2007年3月23日 (金)

ビラ男よ!

 わが福祉作業所にも養護学校などを卒業した新たな仲間たちがちらほらと通い始めています。毎年この頃になるとワクワクした気持ちになる反面、いろんなハプニングを恐れます。平成19年度から、私が見て回るべき作業所が3箇所(事務所を入れて4箇所)になり、それぞれに新人君たちが入ってきますので、その意味では大忙しです。

今日、私は朝から「かんぱす」に立ち寄ることができないので、昼食準備を始めはKマナブ君に頼もうと思いました。

しかし待てよ・・・昨夜ビラ男君がクニちゃんの一時介護で泊まる日だよな。だったらビラ男君に昼食準備を頼んでみようか・・・。

お昼、さあご飯を食べようと思ったとき、ご飯が炊けていなかったらどう思います?私は自分を責めました。私の判断ミスです。たとえビラ男君に昼食準備を頼むにしても、助手をつけるべきという発想がなかったこと。後になって、Tマナブ君が「タイマーセットするときは時間を入れなきゃダメなんだよ」とビラ男君に説明していましたが、それもあとの祭りです。

福祉の世界では、私がしてしまったこういう判断ミスを「やらせっぱなし」と呼びます。何かを相手に任せるにしても、失敗の予測とそれへの対応をこちらで準備しなければなりません。そして大前提として、仕事を任せる場合、事前に自分の目で見て「大丈夫」という確認と判断が必要なのです。それをせずに「まあ、やらせてみよう」ということは特に地域福祉の世界ではタブーなのです。

昼、ご飯が炊けてなく、待たされる側だったTマナブ君やダイスケ君、ハマちゃんらはビラ男君には決して怒りません。むしろビラ男君をいじる材料ができたとばかりに楽しんでいます。ビラ男君を見るなり、大喜びでいじっています。やれご飯が炊けないだとか、朝作業所に来たときには布団がまだ敷きっぱなしになっていただとか、みんなで情報を共有しあってビラ男君をつついて楽しんでいます。

みんなそんなに楽しいか?

「ところで今日の朝はクニちゃんと朝ごはん何食べたの?」、そう私が聞くとビラ男君はこう答えました。「ギョウザとか、シュウマイとか、ハルサメとかです。」

え?朝からギョウザとシュウマイとハルサメ?

思わず私もいじってしまいました。

今日も「かんぱす」は笑顔の絶えない一日となりました。

<追伸>

最近たくさんの方々にご意見やご相談などのメールなどを頂いて、まだお返事できていません。ひとつひとつ私なりに考えをまとめようとしているのですが、なかなか考えの整理がうまく進んでおりません。思考が氷のように固まっています。しばらくお待ち下さい。思考が固まったときには「ビラ男」ネタに限ります。「ビラ男の本を出して欲しい」というご依頼も受けましたが、本にするほど記事(=ネタ)が増えるということは、、、、何といいますか、、、私としては避けたいことでありまして、、、。まあ、結果として出すとしたらそのときは皆様よろしくお願いします。

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2007年3月21日 (水)

欧米か

長男・風歌(3歳)のおはなし。

最近長男が私に愚痴を言ってきます。

「こうた、ゆうこときいてくれないんだもん。ふうたがおもちゃで遊んでるときね、こうたはいたずらするの。やめなさいっていっても聞いてくれないんだぁ。ふうたがまだ小さいから、こうたは言うこと聞いてくれないのね。」

「風歌が小さいからじゃないよ。心歌は親父の言うことも聞いてくれないからね。」と私。長男なりに弟・心歌(1歳)との関わり方を悩んでいるのでした。

そんな長男の最近のマイブームは英語。なぜ英語にハマったのかは分かりません。教育テレビか何かでしょうか。長男の昼間の時間は見ることができないので分からないのです。

先日カーステレオで「mcAT」を聞いていました。歌詞の中で「mcAT、mcAT、・・・」と繰り返される部分があります。長男がそこを聞いて真似して歌っていたのですが「エンプティ、エンプティ、・・・」と歌っています。「ところでエンプティってどんな意味?」と私が聞くと、「ん~、なんにもないこと」と長男。「空虚な」とかそういう意味なので、ほぼ正解。げ~っ!なんだこの人!

調子に乗って「You got a mail.」(ネイティブに近い発音)。これは「メールが来たよっていうこと」と長男。「真っ暗なときは、Good night. お外が明るくなったら、Good morning.」

こんな調子なので私は妻に「風歌、英語好きだって言うから、習わせようか?」と聞く。妻は「ダメ!そうじゃなくても3歳のくせに勉強ばっかりしてるんだから。理屈ばかりこねてこっちは大変!もう勉強なんかさせない!泥んこになって遊ぶことが大切!」…私の提案は簡単に粉砕されました。

今日は福祉作業所の仲間たちの一時介護で私は泊り込み。子供と会えない日は子供のことが書きたくなってしまいます。

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2007年3月19日 (月)

スポークが折れた。

木曜日にシンタロウ君の車椅子のスポークが折れました。その日の夕方には修理したのですが、金曜日の夜にはまた折れてしまいました。
スポークって車輪を支える数十本の鉄製の棒、太い針金のようなものです。指2本で簡単に曲げることができるスポークで、数十kg、時に百kg強の重さを支えているのですよね。あらためて考えると、すごいことですよね。すべてはバランスのなせる技です。バランスによって力を分散し、力の方向を一定に定めているのです。
 だから1本でも折れてしまうと、他のスポークにかなりの負担がかかってしまうんですよね。
 折れたスポークを修理した翌日に、他のスポークが折れました。
 仕事も同じ。一人一人が大切なスポーク一本一本だという自覚をして、その一本は弱いものだとしても助け合って力を出し合えば、大きな仕事ができるし、その逆に自分が折れてしまうとまわりにかなりの負担をかけてしまうということ。
 自分だけ長いとそこから曲がっていってしまうし、必要な長さはなければいけないし。

 月曜日、今日からまた頑張りましょう。

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2007年3月18日 (日)

数学のお勉強~誰のための工賃倍増?~

以下は、ある記事から抜粋。

 厚生労働省は、福祉施設で働く障害者の工賃水準をアップさせる「工賃倍増計画」に基づく都道府県の各種支援事業に対し、1都道府県当たり1000万~3000万円を補助する方針を決めた。障害者の収入を増やし、地域で自立した生活を営めるよう後押しするのが狙い。各県が策定する工賃倍増計画には、「企業とのつながりが弱い」など福祉施設の弱点を洗い出した上で、コンサルタントや企業OBによる経営指導や市場調査を行い、収益性の向上を図る対策を盛り込む。

 授産施設などで働く障害者は全国でおよそ8万人。単純労働ということもあって工賃は月額1万円以下が半数を占め、平均でも約1万5000円と低い。

 同省は、単身の衣食住の出費に必要な最低水準を「月10万円」に設定。障害者年金(月額約6万6000円)に加え、工賃を倍増させ3万円とすることで「月収10万円」に近づけたい考えだ。都道府県、市町村が策定する第2期障害福祉計画の目標年度である11年度までの5年間で達成することをめざす。

これも別の記事(毎日新聞・鳥取県)から。

県:障害者の自立支援を 工賃3倍計画、就業支援など新規事業--当初予算 /鳥取
3月11日13時1分配信 毎日新聞

 県内で働く障害者約1200人の収入を増やして自立を促そうと、県は07年度当初予算に工賃3倍計画事業費(861万円)を新たに計上した。障害者の職場実習を受け入れる事業所へ支給する謝礼金などに充てられる新規就業支援事業(3542万円)も初計上。障害者自立支援法の施行に伴う支援策の一環で、法定雇用率1・8%の達成を目指す。
 厚生労働省は障害者の単身生活に必要な最低水準を月10万円と定め、障害者年金(2級、6万6000円)に全国平均1万5000円の工賃を倍増させて「月10万円」を実現させる工賃倍増計画を策定。地域で自立した生活が営めるよう、都道府県に各種支援事業を実施するよう求めていた。
 県によると、県内で働く障害者は授産施設に630人、小規模作業所に560人おり、平均工賃は国平均より少ない1万1000円。最低水準を満たすには3倍増が必要で、今後5年間で達成を目指すほか、製品の商品化やNPO法人化、企業訪問による販路開拓の促進に取り組む。
 一方、県内の障害者の雇用率は06年6月現在、1・77%と法定雇用率を下回り、事業所の43・5%が未達成であることから、県は障害者の実習を受け入れた事業所に謝礼金を支払うほか、通勤が困難な在宅障害者の就業を促そうと事業発注を請け負う団体への奨励金を支給する。【松本杏】
3月11日朝刊 

 ここにきて、厚生労働省の障害者施設の「工賃倍増計画」がさかんに取り上げられるようになり、その計画事業費を受ける都道府県も、おそらくはさまざまな方策を練り上げている最中ではないでしょうか。
 今からいうと、あの神戸の福祉作業所のつるし上げは、そのための号砲だったのでしょう。「今日、予定通り運動会をやるよ~」という朝に「ド~ン、ド~ン」と鳴るやつと同じ。

 さて、今日は社会のお勉強でしたっけ?

 いや、数学のお勉強でした。上のほうにそう書いてありました。それにしても「工賃倍増計画」…田中角栄の「所得倍増計画」を連想するネーミングですね。個人的にはあまり良いイメージはありません。

 脱線しました。数学に戻ります。
 まず「誰のための工賃倍増」?という問題から考えていきましょう。

「それは働く障害者のみなさんのために決まっているじゃないですか」「本当は誰のため?」「だから、障害者の…」「本当は誰のため?」「だから障害者の!…」「本当は誰のため?」

「工賃倍増」を口にする人がいたら、この質問をしつこく10回くらい繰り返してみましょう。実はその「誰のため」をはっきりさせないと、「計画」の基本線が大きく逸脱してしまう危険性があるからです。

 まず都道府県にとってみたら、国から事業費を受けて事業を遂行するわけですから「平均工賃○○%アップ」「全国で○位」ということが(例え2次的なものだとしても)大切になってくるわけです。また事業者にとってみたら、その工賃アップが事業的(収入的な)な向上につながるかどうかが大切になるでしょう。就労継続支援事業などでは「目標工賃達成加算」などもあります。もちろんそれらの行政サイドの利益・事業者の利益が障害者一人ひとりの利益と完全にマッチングしていれば、問題はないわけです。そしておそらくはマッチングしているという前提でコトは進んでいくのでしょう。

 地域福祉のフィールドで長く仕事をしていると、光が差せば陰を見るという習慣が身についてしまいます。陰こそが私たちのフィールドですから。

 さて数学の問題です。

A君(工賃千円)、B君(工賃3千円)、C君(工賃6千円)、D君(工賃3万円)

この4人の福祉作業所があったとします。(実際は4人では成り立たないのですが。)この作業所の平均工賃(1万円)を上げるという目的のためには、まず誰の工賃を上げることを第1に考えることが効率的でしょうか。

答えはD君(工賃3万円)です。たとえばA君(工賃千円)の工賃が3倍になっても、全体の平均工賃は500円(5%)しか上がりません。しかしD君の工賃が倍になれば、全体の平均工賃は7500円(75%)も上昇するのです。

本来福祉の世界では、もっとも関わりを必要とされるべきA君が放っておかれ、D君の工賃アップが重要視され工賃格差が広がっても、数字上の「平均工賃」の世界では○になるのです。行政にとっても、事業者にとっても、75%上昇は悪くない数字です。これが「平均工賃」の落とし穴のひとつです。簡単な話、生産性の低い障害者を切り落として、生産性の高い障害者と入れ替えれば、「平均工賃」は上がってしまうのですよね。これ、福祉にとっていいこと?

「目標工賃達成加算」についても数字の裏を見て行きましょう。
ある就労継続支援事業B型に20人の障害者が働いています。
単価は、一人日額460単位(4600円)ですから4600円×20人=92000円がその日の障害福祉サービス事業収入となります。
 ただ「目標工賃達成加算」(日額26単位・260円)を得るにはもう一歩「平均工賃」額が足りません。そこでひとり生産性の低い障害者を切り捨ててみました。19人になったので、その分障害福祉サービス事業収入は減るかのように見えます。しかし「平均工賃」は上がり、「目標工賃達成加算」がつくようになりました。一人日額486単位(4860円)になりました。その日の障害福祉サービス事業収入は、4860円×19人=92340円。なんと、生産性の低い障害者を切り捨てたら、340円儲かるようになってしまいました。年額8万円以上です。
 数字の世界なので、実際にはこんなマンガは存在しないかもしれませんが、このケース、「平均工賃」の世界では次のような結果になります。
行政にとってみたら、「工賃倍増計画」の観点から○。
事業者にとってみたら、事業収入アップの観点から○。
切り捨てられた障害者にとってみたらもちろん×。
残った障害者も、利用者負担額が上がってしまうから×。

「誰のための工賃倍増?」…この質問を繰り返さなければならない理由はお分かりでしょうか?

今日は朝から数学のお勉強でした。

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2007年3月16日 (金)

化学のお勉強

酸とアルカリの化学反応によって生成されるものを、一般に塩(えん)という。(塩+水)

HCl+NaOH→NaCl+H2O この場合NaCl(塩化ナトリウム)が塩(えん)なのである。

アルカリは酸の特性を否定し、中和させる。完全な中和はいったいどの割合で可能かについてはモル濃度を通じて明らかにされなければならない。モル濃度とは、1リットルの水溶液中に何個の分子やイオンが溶けているかの割合を示す単位である。

酸とアルカリを示す物質の中和によって何かを生成し、その機能・効能について解き明かすためには、分子レベルの解明が必要になってくる。

今さらながらこんな勉強をしなきゃいけない理由は、あと1~2ヶ月で明らかになると思います。

地域活動支援センタークローバーの新製品が発表されま~す。

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心の歌

「みんな〜おなじ〜生きているから〜ひとりにひとつづつ、大切ないのち〜」

次男の心歌(こうた.1歳)が最近この歌ばかり歌っている。これなんだっけ?なんかのコマーシャル?
と思っていたのだが、やはりコマーシャルだった。コマーシャルに合わせて心歌も歌いだした。心歌の歌はまだ棒読みで、途中はっきりしない部分もある。「ひとつづつ」のところが「ちちゅちゅちゅちゅ」となる。だからすぐに何を歌っているのか分からないときがある。しかし長男の風歌(ふうた.3歳)は心歌の歌や言葉がすぐに分かる。心歌が歌いだすと、それに合わせて一緒に歌う。そして「大切ないのち〜」のところだけ、叫ぶように大きな声で歌い、心歌もお兄ちゃんのまねをして大声で歌う。

「みんなおなじ、生きているから。ひとりにひとつずつ大切ないのち」

親父もそう思って、お仕事してるんだよ。命を授かってまだ1年の君に、「いのち」がどれだけわかるのか。でも逆に40年近く命を消費している私には十分に分かっているというのか。有限な命の無限な連鎖と営みの中では、38年と1年の差は大した差ではないのではないか。いろんなことを考えながら、二人の歌を聞いていた。

カメを抱きしめ、ネコやイヌに乗っかり、金魚や鳥を眺めている心歌の一日の仕事は、親父の昼間の仕事とたいして変わらないのかもしれない。

俺たち、同じかもね。でもちょっと違うところがあるんだ。

大切なもの失うと、とても悲しいんだよ。金魚だってほかの動物だって、心歌より先輩で、心歌の1年は、まだ先輩たちを失った経験がない。

これからその経験をたくさん積まなければならない。そしていつかは私自身が身を持ってその経験を心歌に与える日も来るのだろう。それでも歌い続けてくれたらいいな。

「みんな〜おなじ〜生きているから〜ひとりにちちゅちゅちゅちゅ〜」

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2007年3月14日 (水)

あぐりの野菜

 昨日、事務経理方法の確認のために「障害者の働く場あぐり」に立ち寄りました。「とまりぎ」グループは、現在7箇所の小規模福祉作業所の連合組織でその運営をNPO法人礎が担うことになります。

 今回、厚生労働省より示された「就労支援事業会計処理基準」に照らしあわせて、会計処理方法の刷新を行っている最中でありまして、こうして私も(事務員として)あちらこちらに回っています。「とまりぎ」の作業所は、一箇所にまとめることなく地域点在型で事業を拡大してきていますので、全作業所を回るだけで船橋市をほぼ1周することになるのです。

 昼頃「あぐり」を訪問すると、仕出し弁当作りとその配送が終わり、一段落の雰囲気。「今、何の時間?」と聞くと「まったりの時間です(笑)」と。午前中ならきっと話しかけても誰も答えられないくらい忙しいのです。ここは仕出し弁当作りと農作業が主な仕事。作業所の作業内容によって、時間とリズムがずいぶんと違うんですよ。

 経理の話をチョイチョイと済ませて戻ろうとすると、「あぐり」の仲間から「野菜いかがですか?」と売り込みの声。新鮮なカブがすぐに目に留まり、購入。「これで漬物を作ろう」・・・。

 私は作業所でぬか床を抱えており、毎朝手入れをして昼食のみんなの漬物を作っています。日中暖かくなってきて、ぬか床の塩分を少し上げてみたので、その分浸透の弱い漬物の食材を使うつもりではいました。いきなりナスでは塩っぽくなりすぎますからね。

 葉っぱの部分を切り取りぬか床に入れました。そしてその葉っぱのみずみずしさにいたく感動し、「これで味噌汁作ったらうめえよなあ」…。

 そういうことで、今日の「かんぱす」のはカブの葉っぱの味噌汁。私は今日は面接や面会(?)などで動き回っていたためみんなの味噌汁を飲む姿を目にすることはできませんでした。夕方戻ってみると鍋はきれいになっていました。みんながおいしく食べて飲んでくれると嬉しくなります。台所もいつものようにピカピカでした。(8割が血液型A型ですから!)

 4月からは味噌汁にうるさい養護学校の生徒が卒業して入ってきます。(私の味噌汁は飲んでくれるんですけどね・・・)。実は今日はその生徒さんの作業所利用契約のための面接がありましたが、なんと生後3ヶ月のかわいい赤ちゃんも面接に同席したため、未熟者の私もついつい赤ちゃんの話に夢中になってしまい、30分を予定していた面接が1時間以上になってしまいました。いや~かわいかった。赤ちゃんの手首のあたりのプクプク感は、男性でも遺伝子に組み込まれている母性本能のようなものをくすぐってしまうようです。

さあ、残りの仕事をやっつけよう!

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2007年3月11日 (日)

タタミ運びの写真

先日、「障害者の働く場かんぱす」として、タタミの運搬&柔道会場セッティングの仕事を請けました。その時の写真を「飯山満小親父の会」の方よりいただきました。ありがとうございます。ちょっと掲載。

Dsc00727 これは柔道大会前夜にタタミを会場に運んで並べているところです。

遅い時間でしたが、みんな集中力を切らさず頑張ってますね。

Dsc00745 こちらの写真は並べ終わって記念撮影。

「親父の会」の人たちも混じっています。

Dsc00977 翌日、大会が終わって、またタタミの運搬。みんなお疲れ。そして「かんぱす」にご依頼くださった「親父の会」のみなさま、本当にありがとうございます。

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金曜日の夜

金曜日の夜、私が大きな荷物を持って帰ってくると、子供たちはちょっとしょんぼりする。「親父、お仕事いっぱいもって帰ってきたのね」と風歌(3歳)。

そして今日「かあちゃん、ロイヤルホームセンター行こう」とかあちゃんを誘い、外に出て行った。気の使い方が最近大人びてきて、もうちょっと子供らしさを持ってもらいたいと思う反面、「(外に行ってくれて)助かった」とも思ってしまう。早く仕事を片付けてあげなきゃな。

心歌(こうた・1歳)は、寝起きの時隣にいるのがかあちゃんだと思ったら親父だったというただそれだけの理由で、「もう~!おやじ、ないの!」と言って私の顔面を殴ってくる。私が優しく「こうちゃ~ん」と呼んでも「こうちゃん、しないの!」と言ってパンチ。

 そのくせ私が朝食中にはニコニコして近づいてくる心歌。

「心歌はこんな時しか寄ってこないんだから、来ても何もあげないよ~」と私が言うと、風歌が心歌を抱きしめ、「こうた、おやじに『おはよう』っていってごらん。もらえるよ~。」とささやいている。心歌がそれに応えて「おはよ」という。

しょうがない。お兄ちゃんがそういうなら。心歌にあげるしかない。心歌はもう口をあけて「ちょうだい、ちょうだい」をしている。この二人の大好物は梅干。

心歌、ネコとふざけていて、ネコと頭をゴッチンコ。ネコの石頭に勝てるはずがない。かなり痛かったはずだ。それなのにネコを抱きしめ「痛いの痛いのとんでけ~」とやってあげている。お兄ちゃんがいつもしてくれることを、こうしてネコにやってあげている。Cimg0035 写真はネコを抱いている風歌となでにいく心歌。ずっとずっと、この子達のために親父も頑張らなきゃいけないなあ。

さてさて、以前心歌がスティービーワンダーの「I just called to say I love you」を歌っていることを書きましたが、相変わらず心歌はその歌がおお気に入りです。

 散歩に出ても走りながら「I just called~」と歌っています。名前が心(ソウル)歌(ソング)で、誕生日もスティービーワンダーと同じ。自然にはじめて歌った曲がこの曲。偶然としては驚きであることを以前ブログで書きました。http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_cf94.html

 ところがさらにビックリすることを最近知りました。この曲、邦題がついていて「心の愛」というタイトルなんですって。心歌が歌う「心の愛」かぁ。

 たとえ傷つきやすくても線が細くても構わないから、人の心の痛みが分かる人になって欲しいと思います。それが叶えば、親父のダメダメ人生も、多少は意味のあったものに変わるのでしょう。

 さあ、子供たちがロイヤルホームセンターから帰ってくる前に、仕事を終わらせちまいましょう。

 ちなみに最近妻のブログからここに入ってくる方々もいらっしゃるようなので、あえて『子育て』カテゴリーで書きました。下が妻のブログ。

http://kurasitanosi.blog60.fc2.com/blog-entry-58.html

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2007年3月10日 (土)

親亀がグラグラすれば、一番上の孫亀が落下する。

 最近さまざまな事業所から電話、メールをいただく中で、私あてのものが割合としてかなり減ってきた。「ツカモトさんいらっしゃいますか」「タケイさんは」「サカジリさんは?」…。「ただいま席を外しておりまして…」と事務員さんのように対応しています。先日久々に(でもないけど)私あてに電話。「おおっ」と思ったら、レンタルビデオの延滞の催促。(犯人は妻と子供たちだな…。)
 
 最近心がけていることは、うちの仲間たち(いわゆる職員・利用者と呼ばれる人たち)に「顔」をしっかり持ってもらうということ。その方がお互いにとっていいと思うからです。それは私自身がこれまでさまざまな事業所様と触れ合うなかで考えてきたことです。 担当窓口の人は明らかに社長・上司の顔色を伺いながらこちらに対応してくる。社長も明らかに「私が社長です」と顔に書いて、腕組みをして見ている(比喩ですが)。そういう時交渉相手である私の側は何を感じると思いますか?

① 目の前の交渉相手の向こう側を意識しなければならず、とても面倒であり、その交渉相手の言葉そのものに重みを感じなくなる。
② 「この交渉相手は社長に信用されていない人なんだなあ」=「ということはこちらもあまり信用できないなあ」。
③ この人と腹を割って話すのは損。

 こういうケースも多々ありましたが、それとなく切り捨てるようにしています。社長にも信用されていない交渉相手を、どうやって信用しろというのでしょうか。それとも社長自らが見積書から値段交渉まで全部対応してくれるのでしょうか。…それをしてくれる業者なら、丁寧にお付き合いさせてもらっていますが。

 こうした「顔をもって対応する」ということは、とても大切なことだと思います。とくにうちは障害者福祉・就労支援の現場。私が職員の「顔」をつくり託すということは、その職員も障害を持つ仲間たちの「顔」をつくり託すということに直結するからです。逆に私が職員の顔をつぶすと、それは仲間たちの顔をつぶすことに直結していきます。

 「親亀の背中に小亀を乗せて~小亀の背中に~♪」

 うちは障害者の地域生活と就労生活を支援する現場。例えば障害者の職場実習の例。実習中の障害者が与えられた作業をうまくできず四苦八苦しているとする。支援者がすぐに「責任者」ヅラしてそこに入ってきたり口出してきたりしたら、わざわざ「この障害者は支援者に信用されていないんだなあ」と実習先の企業に逆宣伝をすることにしかなりません。「最初はうまくいかなくても、彼なら自分で工夫して2~3日あれば克服できますよ」という顔をして遠くで知らん顔をしていればいいんですよ。イライラや不安は腹の中に隠して、耐えることも必要なのです。「責任者」ヅラをするのは、本当に自分が責任を自分が取るべき場面、土下座する覚悟があるときだけでいいんです。それ以外のときは相手の「顔」を立てる。

 うちの職員がさまざまな交渉をしている間、基本的には私は知らん顔、つまり「任せてますよ」という顔をしてその場から離れています。そうすれば交渉相手もうちの職員もとてもやりやすいのです。ということは、障害を持つ仲間たちも働きやすいのです。<私が信用している職員、その職員が信用している仲間たち>という立場で仕事に望めるのです。

 ただし、裏では全く違うのですよ。交渉前にその中味や考え方を巡ってかなり綿密に打ち合わせをします。あらゆるパターンを想定して、対応策を打ち合わせています。その対応策の裏にある考え方についても、ちゃんと説明し、交渉者の意見にも耳を傾けます。こちらが耳を傾けなければ、こちらの声は相手を素通りするからです。
 十分な備えがあれば、交渉の現場では知らん顔で臨めるのです。たいてい私は近くを掃除していたり、他のおしゃべりに加わっていたり、ぬか床の手入れをしたりしています。
 相手が堂々とできる背景を作ること。その背景を作るということは、事前にそれなりにしっかり関わるということ。

 さまざまな業者様のオフィスを訪問し、私なりに考えてきたことです。

 また先日こんなことがありました。ある業者様から苦情をいただきました。「本当にチラシをちゃんと配っているのか」ということがその中味です。マンション管理人からその業者に苦情=報告が入ったということがその背景にありました。普段なら、交渉はその担当者に任せて私は知らん顔をしているか、軽く挨拶をするか程度なのですが、その時は割って入りました。
 

 「うちが信用できないのなら、別に仕事をいただかなくても結構です。うちの仲間がそんな適当な仕事をするはずありません。」そう言い切りました。お互いヒートしましたが、あえて記録も全部見せて、その苦情をもらった日の担当者(障害者)を現場から呼び戻して説明させました。日にちとマンションの住所をいい「あの日、ここはどう配ったのか」を本人に聞きました。彼は答えました。

 「そのマンションは実は2棟あります。1棟は管理人の許可を取って集合ポストに入れました。もうひとつは管理人の代理という女性が管理人室から出てきて、その人の指示で所定の場所に24部置いてきました。」

 要するに管理人同士の引継ぎ連絡上の問題です。それがご丁寧に業者に連絡が入ったということです。しいていうならば、その日の報告で「例外的対応」としてその現場でのやり取りの詳細を報告していれば、業者様の不信は免れたはず、ということでしょう。それは後ほどみんなに伝え、教訓として話しました。
 状況を確認せず簡単に私が謝ってしまっていたら、「彼らならやりかねません。私は彼らを信用していません」と相手に宣言していることを意味します。本当に無実ならば、そうされた人は頭に来るか、やる気を失うかどちらかです。やる気を失えば、「信頼されたい」という意識が消滅し、本当にいい加減な仕事をするようにもなってしまいます。

 長くなりましたが、その現場がいい仕事をするかしないかは、お互いの「顔」をどう守り、立てるかということです。小便クサイ表現を使うと「信頼関係」です。

 先日、就労支援事業の立ち上げの書類を施設長予定の女性職員と一緒に提出しに行きました。その行政機関の担当の方が私に「事務員さんですか?」と聞いてきたので、「はい」と答えました。

 帰り道、その女性職員が大笑いで「何で事務員さんって答えたの? ちゃんと名乗らなかったの?」と聞いてきました。「べつに事務員でいいじゃん。事務やってるんだから。」
 
 その場で大切なことは、あなたが「施設長」として所轄庁の担当者と顔を合わせ、信頼されること。俺が誰かは関係ないでしょ!

 もっともこんなことをいちいち考える必要もないくらい、小さな現場が一番理想なんですけどね。おしまい。

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2007年3月 9日 (金)

就労支援と「ずっと一緒」

 先日、近隣市のある企業から「障害を持つ方を雇用したい。」という相談があった。その企業はうちの福祉作業所が行っている牛乳配達のお客様で、ユータ君らがいつも一生懸命仕事をしている姿をご覧になっており、直接はユータ君を指して「雇用したい」ということだとは思う。
 さあ、ここから内部論議の白熱するところだ。Mさんは「絶対ユータ君を就職させたい」といってはばからない。私と何度衝突しても、彼女はあきらめない。「思い入れだけでなく、冷静に視野を広げて考えろ!」といつも私は叱っているのだが、文字通り「思い入れ」だけで言い返してくる(笑)。それも大切なんですけどね。
 能力的にはもっとも適任と思われるダイスケ君も、ここに来てまだ数カ月。「かんぱす」の看板を背負って就職するにはまだまだ仕事の意識が先輩たちと比べると熟していない。「かんぱすから来た」=「ならば気合と根性は大丈夫」そういう看板を背負うには時期尚早。
 頭を悩ませていたら目の前にハマちゃんがチョロチョロ。私とT君は思わず「あっ、いた!」。
 ハマちゃんは一般企業からドロップダウンする形でここに来た。他の仲間が就職活動をすると決まってハマちゃんにつかまって説得を受ける。「就職はやめた方がいいよ。いじめられるよ。ここにいようよ。」いったい何人の仲間がハマちゃんの説得を受けたか。それほどまでに、アンチ就職。

ブランド名:かんぱす
有効成分:体力、気合、根性、(やさしさ)
効能:いい仕事します

そんな「かんぱす」のかんぱすの選手の一人だが、アンチ就職の意識は極めて高く、これまで支援対象として直接名前が出ることはなかった。

 「かんぱす」に来て7年間。いろんな仕事をここでしている。対人関係を要する仕事、力仕事、スピードを求められる仕事、地図などを読まなければいけない仕事、慎重さ器用さを求められる仕事。単調で変化のない仕事。リーダーシップを求められる仕事。
 何をやっても「かんぱす」でナンバー2かナンバー3。つまり目立たないが、オールマイティになんでもできる。めったに弱音を吐かず、安定している。風邪などで休んだこともなく、寝坊で仕事を遅れたこともない。その企業の業務内容にもっとも適しているのがハマちゃんだ。

 本人に打診。笑顔が消えた。いつもなら簡単に「就職はイヤ」と言ってくるハマちゃんだが、「ハマちゃんしかいない!」という我々の真剣な訴えに考え込み、一言。「考えておく」。うつむいて、あとは黙して語らず。きっと頭の中ではつらかった就職時代の記憶が、走馬灯のように駆けめぐっているのだろう。つらいことを思い出させちゃったかな?でもハマちゃんにとっては大きなチャンス。「じゃあ、考えてみて」という他ない。

 職員のT君が、いちおうハマちゃんのご両親にも電話で意思確認。ご両親の回答は一致し、そして揺るぎないものだった。

「ずっと、かんぱすにいさせて下さい。私たちももうあんなつらい思いをさせたくありません。」

 ハマちゃんがここに来る前、どんなつらいことがあったのかもあらためて聞いて、言葉を失う。

 そしてハマちゃんとご両親が、どれほど「かんぱす」を気に入って7年間通っているのかもよく分かった。

 福祉の人間としてこんなにうれしいことはない。ずっとずっと、一緒にいような!
 これからも「かんぱす」の看板を背負って仲間たちや新人職員を鍛えてくれ!

 10数年前、船橋市の障害児の学校教育の世界では、とにかく一般就職、学校ごとの就職率競争がひとつのムーブメントだった。たくさんの生徒がすぐに就職し、そして大部分の人たちが、就職後脱落した。だから船橋の福祉作業所には、30代前半の仲間たちが極めて多い。そして多くはつらい過去を背負っている。アフターケアのない就労支援がどんな悲劇を生むか。あらためて考えた。
 そして今障害者自立支援法で、かつての船橋の「どんどん就職」のムーブメントも全国規模で作られようとしている。どれだけ就職させるかで、公費からの報酬単価も変わってきて、競争を煽る仕組みになっている。それにまともに煽られて、良質の商品(障害者)の仕入れと販売方法(就職させ方)を大いばりでふいてまわるバカもチラホラ出てきた。
 光の裏には影がある。影に目をやるのが福祉の基本だろ!
  
 ハマちゃんの件で、今日も暖かな気持ちで仕事に迎えそうです。

 えっユータ君?

 Mさんへ。俺だってあんたと同じくらい、思い入れはあるの。彼の根性は誰にも負けないことは、あなたがまだインターハイを目指しているころから俺は知っている。ユータ君のすごさは毎日一緒に仕事をしている人でなければ決して分からないことも。
 そうだよな、大槻君。(名前出しちゃった!ごめん。)
 問題はその先の我々の視野の広さ。先をみる力。

 それが宿題。
 

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2007年3月 8日 (木)

人材の問題、自分の問題

 小規模の事業所にとって、人材の問題はまず自分の問題です。人材は補給して解決するのでなく、補給する前に解決してしまうことです。補給を解決後のプラスアルファと考えることです。
 つまりこういうことです。まず自分が今やっている仕事の時間を半分に短縮することです。そのためには効率への意識をしっかりもつことです。自分の今の動きの半分は無駄な時間かもしれないととらえることです。ものごとをこなす順番。優先順位の設定と、力量の配分。仕事はすべて5分単位で時間設定し、その設定と結果をそのつど振り返ること。頭を動かしている時手は動いているか、手を動かしている時頭は動いているか。動いているだけ、考えているだけの時間も、半分は時間の浪費に過ぎない。今抱えている仕事の時間を半分にして、自分のできる仕事のレパートリーを倍にすることです。倍にするということは、自分にはできないと決めてかかっていた領域をできる領域にすることです。そして人の倍努力すればいいのです。そのためには時間の浪費を可能な限りゼロに近づけることです。その上で時間を増やすこと。あくまでも本気で自分の事業を進めたいという場合に限ってですが、こんなことも考えます。余暇の時間、睡眠時間はもっと充実すれば時間は逆に短縮できるんじゃないか。テレビは週に○コマ以内。決めたもの以外は見ない。流しで見ない。一日の最後にその日の無駄な時間を計算する。1週間の仕事量を箇条書き的に書き出し頭に入れ、時間換算し、そこから取れそうな余暇時間を計算する。その余暇時間を充実させるための余暇内容を決める。その時点の心と体のバランスを確かめ、どちらにより多くの栄養を送るか決める。
 抱えている仕事の時間を半分にして、できる仕事のレパートリーを倍にすれば、自分がこれまでの自分の2人分の仕事をできるようになるわけだから、人材の問題はその時点で解決しているのです。
 人材の問題を解決した上で人材を補給するわけですから、そこにゆとりが生まれます。ゆとりをもっての人材補給ですからその新人と関わる時間とゆとりが生まれます。ゆとりの空白ができれば、その空白の時間を使って、またレパートリーを増やし、次の仕事の展開を準備するのです。それが小規模事業所の発展的な動かし方だと思います。

あっお風呂が沸いた。だからここまで。

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2007年3月 4日 (日)

上野動物園

今日は、久々の完全オフにしました。暖かな一日。家族で上野動物園に行きました。上野の桜はすでに咲き始めていました。

普段から公私のけじめのない生活を送っているせいか、あるいは地域福祉の仕事が染み付いている人間の宿命か、いざ「家族で」と考えても、「障害を持つ仲間たちはこの週末どう過ごしているかな?」と考えてしまうものです。「今日、洋平が生活ホームで一日ひとりでいるのかな?あいつの実家は犬がいるから動物好きだろうな。連れて行ってあげよう!」ということで、生活ホームに迎えにいく。

茂原の実家に帰っているはずのシンイチロウが、生活ホームにいた。「僕が帰っちゃったら洋平ひとりになっちゃうから、かわいそうだから家に帰らなかったんですよ」とシンイチロウ君。優しい男だなあ。

というわけで洋平、シンイチロウを連れて、家族&生活ホームで上野動物園へ。ついでに私の実の妹も千葉市から呼び出して連れて行った。

人ごみが苦手で、電車に乗るだけですぐに頭痛になる性分なので、疲れはしましたが、楽しい一日を過ごしました。

コモドオオトカゲを見て長男・風歌(3歳)が一言。

「これじゃあ、まるで恐竜だね。」

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2007年3月 2日 (金)

続・ビラ男の一生

私が11月に書いた「ビラ男の一生」の続編を待つ読者が多いことは、私なりに十分に分かってはいた。(↓「ビラ男の一生」)

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_75fd.html

読者の皆さんが知りたいのは、その後の「ビラ男」の様子であろうと思う。では、本題に入る。

 昨日の夕方、何となく暇をもてあましていたハマちゃんとTマナブ君をつかまえて、私はこういった。「明日のみんなの予定を組んでよ。二人が組んだ予定にみんな従うから。俺もその通りに動くよ。」

 ホワイトボードを全部消して、Tマナブ君が書き始めた。「ピザーラ」「味ぎん」「議会報告」「長野ビラ」「ゼンドー」…。まず明日やるべき仕事の項目から書き始めていた。それはとても正しい。しかしTマナブ君は、その先が浮かばずに悩んでいた。そこにハマちゃん登場。業務日誌や取引先事業所の業務依頼書などを読み始め、誰がどの仕事をするのか、エリアや規模をどうするのかまで考えて書き始めていた。(Tマナブ君に書かせていた。)

 そこで最初に書いた名前が「つかもと」(仮称)。

 私はすぐに分かった。「この『つかもと』(仮称)というやつは、ビラ男のペンネームに違いない。みんなはまずビラ男の仕事から考え始めるということだ。」

 さすがビラ男の人望は厚い。「みんなの仕事の予定を組んで」と指示された仲間たちが最初に組んだ仕事が、なんとビラ男の仕事だった。

それにしてもハマちゃんの構想は奥が深い。藤崎5丁目には最近できた大きなマンションがある。その大きなマンションを竜君ならば管理人との交渉を避けて飛ばしてしまうだろう。だから5丁目には自分が入り、竜君には6丁目に入ってもらう…。そこまで計算された予定だった。逆に言えばそこまで考えることのできるハマちゃんが最初に考えたのが、ビラ男の明日の動きだったということだ。そしてホワイトボードの下のほうに、本当に小さく「ともの」と書いてある。しかも何の仕事が与えられたのかもよく分からない。情けで名前が入っているだけのようだ。こうして私は障害を持つ仲間たちから、半分「戦力外通告」を受けたのだ。

 私が年度末仕事・経理に追われている間に、ビラ男はさらにその人望を厚くし、凄みを増してきたようだ。

 昼休み、他の職員がタケシ君に「午後、ショッパー(地域生活情報誌の配布)頑張ろうな!」というと、タケシ君は「ヒーヒー」と不満を音声で表現し、「め・ね」と繰り返しいう。「め・ね」とは何かというと「めがね」のこと。そう、ビラ男のことを指しているのだ。その職員が「いいじゃん~。俺とやろうよ~」というとタケシ君はさらに悲鳴を上げ、「め~ね~!」と大声を上げる。「どうしてもビラ男と一緒じゃないと仕事しない」とタケシ君は言い放ったのだ。

 結局彼が折れて、ビラ男がタケシ君と仕事に行くことになった。

 その一部始終を見ていた私は仲間たちに聞いた。「何で、みんなビラ男君をそんなに尊敬してるの?」

 ハマちゃんは答えた。「いつもビラだから」「ビラ頑張っているから」。Tマナブ君に私は聞いた。

「この作業所で一番仕事頑張っている人は誰?」「つかもと君(仮称)だよ~」とTマナブ君。ここまで仲間たちに尊敬されているとは…。

 しかも単に尊敬されているだけでなく、愛されてもいる。その証拠にKマナブ君はいつもビラ男に向かってこういっている。「本当はつかもとさん(仮称)は、職員じゃないでしょう?」「竜さんとつかもとさん(仮称)がしゃべっていると、どっちが職員だかわかんないもん」。そういわれて笑顔で応えるあたりは、ビラ男の人間の深みのなせる業だ。

 今日の朝、私がタケシ君の送迎に入り車で迎えに行くと、タケシ君のお母さんがこういった。

 「昨日タケシ、つかもとさん(仮称)とショッパーやりたいって騒いだんでしょう?昨日つかもとさん(仮称)が嬉しそうに教えてくれたの。でもタケシはつかもとさん(仮称)を友達だと思っているみたい。タケシはつかもとさんといると楽しそう。きっと自分の思い通りにつかもとさんを動かしているんですよね」

 タケシ君ママよ、私も同感だ。こういう現場では、みんなにとって<ちょっと上の頼れる兄貴>という存在は絶対に必要だ。そしてそれは誰もがなれるものではない。天性(天然ではない!)のものを持っているということだろう。

 しかし私はずっと疑問を持っていた。ビラ男は本当に今の仕事がしたくてしているのだろうか。ビラ男の肩書きは「精神保健福祉士」である。私は面接の時「将来、精神保健福祉の仕事につながるために、ここで勉強したい」とビラ男が語っていたのを覚えている。「彼の仕事におけるニーズに私は応えられているのだろうか」。そう悩むこともある。形の上では<所長-職員>という関係であっても、要は人間関係。互いのニーズの接点なくしてはいい就労関係は維持できないからだ。

 ある日、酒の席を用意して、私はビラ男に単刀直入に聞いた。「今の仕事辛くない? なんでそんなに頑張れるの?」

 

ビラ男は答えた。「8月4日のことです。あの日は本当に暑い日で、ビラ配りをしている時、私もKマナブ君も完全にバテていた。倒れるかと思いました。でもタケシ君は違った。いつも以上に気合を入れて頑張っていた。その姿を見て本当に感動しました。こいつの根性はすげ~って、マジで思いました。タケシ君のこの気合と根性を発揮できるのがビラだとしたら、俺はどこまでもタケシ君に付き合い続けようって思ったんですよ。足が痛くて朝動けない日もありましたけど、もう慣れました。大丈夫です。」

ビラ男がタケシ君に感動したように、私もその話を聞いて「こいつの根性はすげ~って、マジで思いました。」

これが「ビラ男の一生」の続編です。

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2007年3月 1日 (木)

時間と人 ~遠い記憶から~

私が中学1年のとき、いつも一緒に学校から帰っている3人の友達がいました。私は思い上がりの強い人間でしたので、3人を従わせているかのような意識を持っていたように思います。

 私は帰る前に、学校裏庭の大きな石の近くに3人を待たせ、他の友達と話し込んだり先生などに声を掛けたりかけられたり、おそらくは毎日長い時間彼らの帰りを待たせていたのだと思います。私がフラフラしている間、3人はいつも大きな石の近くで座ったり何かをしていたり、とにかくおとなしく待ってくれているのが常でした。彼らが私をおとなしく待っているという事実こそが、私の「思い上がり」を基礎づけていた、そういうことだったのかもしれません。

ある時、いつものように他の友達とからんでいて、3人を長い時間待たせた後、当然の顔をして彼らのもとに戻った私に、まずエノさん(愛称)がいいました。

「お前と俺たちでは、時間の感覚が違うんだよ。」

ドキッとしました。いつもおとなしく私に従ってくれていると思っていた友達からのこの言葉。さらに続けて「待っている時間と待たせている時間の長さがきっと違うんだよ。お前はたぶんそれが理解できないんだよ。時間の考え方が違うからだよ。」中学1年生の日常会話としては、とても意味が深く、すぐには理解できなかったように思いますが、言葉としてとてもインパクトがありました。

さらにこうちゃんが続けていいました。「時間がどうとかはよくわかんねえけど、お前は俺たちを馬鹿にしてるんだよ。待たせてもいい奴らだとしか思ってないんだよ。馬鹿にしていること、バレてるんだけどさ~。お前だけが気付いてねえんだよ。」

返す言葉がなかったように思います。いや、遅れた理由を一生懸命誠実ぶって説明していたような気もします。でも頭の中はパニックでした。「図星」とこの時点で思ったかどうかはぼんやりとした記憶でよく分かりませんが、このときの情景は、以後25年間何度も繰り返し脳裏に浮かびます。とても鮮明な記憶として。カバンのひもを頭に掛けて手をポケットに突っ込んだエノさん。石ころをマンホールの上で蹴りながら笑って話していたこうちゃん。

それ以降、遅刻しそうなとき、何かの待ち合わせに遅れそうなとき、いつもこの二人の言葉が浮かぶのです。「待っている時間と待たせている時間」「馬鹿にしている。俺たちのことを待たせてもいい奴らだと思っている。」自分が相手を馬鹿にしていることを自分は気付かず、まわりみんなはそのことを直感的に感じている。その冷ややかな目すらも気付いていない。そんな情景を思い浮かべるだけで、恐怖感を覚えます。

時間に関して、あるいは人というものに関して、大切なことを教えてくれた貴重な経験です。こうちゃんはあの後すぐに転校して、それっきりです。

こんな経験の一つ一つを大切にすることですよね。

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