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2007年1月 6日 (土)

「当然のこと」その2~最終回~

迷っていましたが、やはりこの記事を書くしかありません。

12月27日の夜、私は3歳の息子に「本当はサンタさんは親父でしょ?」と聞かれてしまったことは28日のブログで書きました。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_de3e.html

実はその日の昼間、「かんぱす」「クローバー」合同の筑波山温泉日帰り旅行に行く時、私は車の中で板さんと「本当はサンタさんは誰なのか、子供たちが知ってしまったのはいつ?」ということについて、話をしていました。板さんについては12月11日のブログ「当然のこと」で書きました。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_667b.html

12月27日、前日の豪雨と暴風が去り、あたかも「台風一過」であるかのような空気の澄みきったさわやかな朝。私は板さんを車に乗せ、車椅子のシンタロウを迎えに行くため、県道8号線を西に向かっていました。右前方には雪化粧の富士山が遠く鮮やかにそびえ立っています。

「やっぱり富士山はいいねえ。今日筑波山やめて富士山に行きたいね」と私。

「青木ヶ原っすか?」(笑)と板さん。「あそこは板さん一人で行ってよ(笑)」

「ところで友野さん、今年もサンタの大役は果たしたんですか?」と板さん。

「うん。兄弟喧嘩の種をまいてきちゃったみたいだけど、喜んでるみたいだよ。兄ちゃんにはラジコンカー」(私)。「もう風歌くんぐらいなら、ラジコンの操作もできるんですねえ」(板さん)。

「ところで板さんサンタは、子供にサンタの正体を話したのはいつ?」(私)「どうだったかなあ、一番上の子は確か小学校3年生ぐらいの時に、意を決して話したかなあ。でももう知ってるよって顔されたなあ。カミさんあたりがサッサとしゃべっちゃったんだろうなあ。あいつ、夢がないからさあ。」(板)

「奥さんがどうかは知らないけど、板さんの夢はいつもでかすぎるんだよ。でも俺も子供が小学校3年生になったら白状しようかな?」(私)。

(しかしその夜3歳の長男に「サンタは親父」と言われてしまった・・・。)

「子供たち4人に一番カネがかかる時だけ『お父さん、お父さん』で、それが終わったらお払い箱。男ってこんなもんっすかねえ。」(板さん)「俺はそうはならないよ。板さんと出会って、俺の反面教師になってくれたから、そんな失敗はしないよ(笑)」(私)。

世界各地を渡り歩き、建築の第一線でバリバリ働き、稼ぎまくり遊びまくっていたという板さんが、過労と生活習慣が原因で、脳梗塞と心筋梗塞で倒れ、半身不随になったのが8年前。こん睡状態・リハビリ生活、、、やがて独り者に戻ってしまっていた。アパート暮らしとなったその後はアル中と肝機能障害、そして糖尿病、借金地獄というある意味お決まりのパターン。登った山は高かったけど、そこから転がり落ちるのも早すぎた、いや速すぎた。そしてその山のふもとで私との出会いがあった。

一番低いところで出会ったのに、板さんの心はいつもまだ山のてっぺんにいた。山のてっぺんにいる人と、山のふもとで話をするわけだから、いつも心が通じ合わないんですよ(笑)。

 県道8号線が高架から地上におり、いよいよシンタロウの家に向かう。もう富士山など見えやしない。車椅子のシンタロウを筑波山に連れて行くのは以前からの約束ではあったが、今回の旅行の主人公はシンタロウでなく、板さん。(シンタロウと筑波山に関する記事は以下。)http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_f2eb.html

 何故筑波山&温泉旅行の主人公が板さんかというと、以前ブログで紹介した「かんぱす10周年台湾旅行」、実は板さんだけが参加できなかったからだ。(以下、台湾旅行の記事)

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_f265.html

 最高に楽しかった台湾旅行、しかし体調等の問題で板さんだけを置いていったことは何とも心残りではあった。その年の「心残り」はその年に解消したい。

「板さん、年末みんなでどこ行きたい?」「まあ、ゆっくり温泉がいいっすかねえ」「じゃあ、シンタロウも筑波山に行きたがっているから、筑波山を眺められる温泉に行こう!」

あとは「かんぱす」職員の武井君に下駄を預ける。「板さんを筑波山近くの温泉に連れて行くから、段取り立てて」。あとは武井君が段取りを立てた。筑波山中の食堂で温泉の割引券を見つけて私が武井君に「こっちの温泉の方が割引で安くなるし、女性陣の好きな足裏マッサージもあるし、こっちに変えない?」と進言してみたが、武井君に却下された。「ここは露天風呂がホテルの屋上にあるから、ここを選んだんですよ!」。「分かった」と私は進言撤回。

 筑波山山腹のホテルの屋上の露天風呂。12月とは思えない暖かな一日で「台風一過」のように空気は澄んでいた。風も強く、桶がカランカランと踊っていた。湯気も風にさらわれて、すぐ近くにある雲の中に吸い込まれていくので、メガネをかけて入浴してもメガネが曇らない。男性陣だけで18人。狭い浴槽にみんなで浸かっていた。半身不随で着替えに時間がかかる板さんがどこまで「ゆったり」を満喫できたかどうかは分からないが、板さんのためにみんなでここに来た事実は変わらない。

 眼前に富士山が見えた。船橋市の県道8号線から見た朝の富士山とはまるで違って、それは巨大だった。すぐそこにあるかのようだった。18本のチンポコの向こうに見える絶景ともいうべき壮大な富士山。シンタロウに言った。「お前、あの頂上まで登ったんだぞ!」。車椅子になる1年前、シンタロウは作業所の仲間たちと富士山に登った。

風呂から出て男性陣・女性陣が合流してもまだパンツ姿の板さんに女性陣からブーイング。ヨダレを垂らしながらも板さんは、笑顔で返していた。

板さんが自分の失禁やヨダレに気付かなくなってから、もう何ヶ月になっただろうか。歩くだけで転んでしまうようになってから何ヶ月になっただろうか。脳梗塞の後遺症か、アル中や糖尿の影響か、それら全部含んでの、全体的な衰弱か。

それでも板さんは「俺はここを出て、勉強して、行政書士になる。一人暮らしをする」といってはばからない。心はいつも山の上にあるのだ。山のふもとの私たちの進言など、おそらくは雲に消えて届かないのだ。山の頂上にいる板さんの心は、雲を突き抜けているので、いつも晴れ渡っている。これは昔からなのか、障害者になってからなのかは分からない。昔の板さんのことは、私は知らないのだから。

 板さんにこう質問したことがある。「好きなだけ食べて、好きなだけ酒を飲んで、1年でのたれ死ぬのと、俺たちのいうことをちゃんと守って、節制して10年・20年生きるのと、どっちがいい?選んでいいよ。」

 間髪入れずに板さんは答えた。「好きなだけ食べて飲んで、20年生きたいっすねぇ」・・・何も分かっちゃいねえんだ、このオッサンは。死の淵から蘇って今生きているのに、まだ自分は不死身だと思ってるんだから・・・。

 とにもかくにも、板さんを筑波山の温泉に連れて行かれた。12月とは思えない暖かな一日。空気は透き通るようで、富士山はすぐ目の前にあった。茨城で一番の美人が働いているという噂のマクドナルドに立ち寄ることはできなかったけど、いい一日だった。

 こうして「かんぱす」「クローバー」の一年が終わりました。私は12月30日のブログ「よいお年をお迎えください」の中で、「順調すぎる一年」「年を越すのが恐い」と書いた。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_29ab.html

 筑波山からちょうど1週間が過ぎた1月3日。板さんは本当に山のてっぺんに登ってしまいました。享年54歳。夕方散歩から戻ってきて、心筋梗塞でした。

 おそらくは大好きな箱根駅伝を見終わってから散歩に行ったのでしょう。自身も「青梅マラソン」に参加したことがある、大の陸上ファン。今回も「順天堂か、東海でしょう。古豪復活はないでしょう。」と予想していました。

 枕元には別れた奥さんと子供たちの住所などが書いてあるメモ。

 「向こうには新しい生活があるのだから、邪魔しちゃダメだよ。今の状態でどのツラさげて、会いに行くんだよ。あわせる顔ないでしょ?」何度私が説教しても、きっと山の上から聞き流していたのでしょう。そして会いに行こうとしていたのでしょう。

 今から思えば、筑波山の日の朝、「今年もサンタの大役は果たしたんですか?」と私に聞いてきたのが板さんでした。もう一度サンタさんにでもなるつもりだったのでしょうか。その時は質問の意味を予測することもできませんでした。

 板さんよ!あんたは何にも分かっちゃいなかったんだよ!子供さんが小学校3年生の時には、あんたはすでにサンタじゃなかったんだろ?どれだけ時間を巻き戻そうとしてるんだよ。いつもあんたは、何にも分かっちゃいねえんだよ!

 板さんとの最後のお別れの日は、筑波山の時と同じように、さわやかに晴れわたり空気の澄んだ一日でした。思えばこの人と約束した日は、いつもこんな天気だったように思います。どんな運をもらってこの世に生を受け、どんな運を山のてっぺんに持ち帰るつもりなのかこのオッサンは。

 私の予想を超えて、たくさんの人たちが最後の別れに手を合わせてくれました。これだけ好き勝手な人生を送ってきたこのオッサンに、なんでこれほどの人たちが手を合わせているのか。

 「板さんよ!もったいない話だと思わない?」そう思いながら手を合わせている私に、板さんからどんな答えが返ってくるか、これまでの付き合いの中で簡単に想像ができます。

 「きっと私の人徳じゃないですかねぇ」・・・きっとそう答えるでしょう。

 最後に好きなだけ酒を飲ませてやりたかった。後悔というより過去形の願望です。

 板さんよ。しょうがねえから、冥福を祈ってやるよ。そしてこれからは山の上から見守ってくれよ。あんたが時折みせる本当に優しい目で接してくれた俺の子供たちを。そしてあんたが最後まで会いたがっていたあんたの子供たちを。

 

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コメント

泣いてしまった。お疲れ様でした。また13日に元気な顔でね、いっぱい話し聞かせてね。では

投稿: giri sister | 2007年1月 6日 (土) 13時06分

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