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2007年1月23日 (火)

スランプの脱出法その2

半年前の7月16日に「私のスランプ脱出法」という記事を書きました。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_8244.html

あの記事は個人の「スランプ」についてですが、今回は組織の「スランプ」です。障害者地域福祉という狭いフィールドですが、私も経験しました。4~5年前に。次々といろんなハプニングに襲われる。障害を持つ仲間たちをめぐって、いろんなことが立て続けに起きる。

ある仲間が地域情報誌の配達中に足を痛めていて、同行していた職員も私自身もそのことを知らずに帰してしまい、あとで大変になったこと。市販の安定剤を電車の中でまとめて全部飲んでしまい、救急車で運ばれた仲間。時事ニュースに興奮して暴れまわってしまった仲間。家出する仲間。仲間同士の取っ組み合いのケンカ。仕事上の苦情の嵐。まだまだありましたよ。こういうことが一気に同時に起こったのでした。それぞれのハプニングは直接には関連していない。いや、私自身が関連させて考えることができていなかったのです。

私はそのつど担当職員を呼んで、その対応のまずさなどについて説教をしていた記憶があります。「困ったなあ」という意識で。

その頃の私自身の問題について、具体的に今思うことは省略します。むしろどのように乗り越えたかについて書くだけにします。

ひとつの福祉作業所、たかだか15人程度の場所。浅くてもいい、2~3分の会話でもいい、とにかく毎日全員に声をかけ関わることを最大の目標にしました。意識せずみんなと関わっていると、いろいろ気を配っているつもりであっても、一人二人は一日関わることなく終わってしまう人が出てきてしまうものです。だから「必ず全員」ということを意識し目標にしたのです。私自身、何となくちっぽけな「指導者意識」のようなものが芽生え始めていた頃なので、「障害を持つ仲間たちとの関わり」は私がやるより私の下の職員にやらせるものという意識があったのだと思います。そこをスッパリと変えてみました。「自分がやらなければならないこと」と決めつけていたことを一度リセットして、私と仲間たちの「1対15」の関係の再構築から再出発したのでした。「1対15」を前提にするようになって、そこから「1対1」あるいは「3対15」の関係も新鮮なものになったように思います。

職員の仲間たちの苦悩や苦手なこと、日々の思いなども見えるようになりました。そうすればどこをどうサポートすればいいのかも見えてきました。そして何よりも私自身が前向きに物事を捉えられるようになりました。

そうしてあの地獄のような「組織のスランプ」を乗り越えたのでした。

今でも「全員と関わる」ということを目標にはしていますが、もちろんあの頃よりも業務内容は増えてかつ深くなり、毎日それが実現できるということは難しくなりました。しかし「2日間みんなと関われなかった時は、3日目には全員と関わる」というように、自分の中の区切りをつけるようにはしています。(現場職員からは「最近いつもいない」との苦情を承ってりますが。)

事実、3日間ほど中を空けてしまうと、今でも小さなハプニングがチラホラと出てきます。昔はそれを人のせいにしていた部分がありますが、今は自分の仕事の区切りのつけ方の問題として捉えています。

組織も人も、スランプを乗り越えて強くなっていくし、障害を持つみんなも失敗を乗り越えて強くなっていくものですよね。

ところで昨日、マナブ君が実習生(中学生)にお尻を近づけ、屁をぶっかけていました。中学生は我々に言いつけませんでした。「あいつ、またやったか」という声があちらこちらから聞こえてきそうですが、そうです。またやりました。

こういう小さいこと(小さくない?)を見逃さないことですよね。

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