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2006年12月14日 (木)

輝いているとき

今日は千葉県障害者就労事業振興センター主催の「明治デリカ千葉 配達業務説明会」に行ってきました。乳製品の配達業務を福祉作業所等に委託したいという「明治デリカ千葉」のマネージャーと、船橋でその仕事を10年やっている「かんぱす」の私、そして明治さんから「配達のプロ」とお墨付きを与えられているユータ君が「講師」として参加しました。

生まれて初めて「講師」の椅子に座るユータ君。はじめは大変緊張していましたが、「さすが!」という仕事ぶりを披露してきました。今日の私の仕事はユータ君の晴れ舞台を設けることと、「ユータは一日にして成らず」。つまりここまで来るまでにどう関わり、どう仕事に取り組んできたのかの説明だけです。最後に「先生」と呼ばれ「ありがとうございました」と御礼をされているユータ君。

障害者の世界とは、施設によっては40歳50歳になっても20歳そこそこのケツの青いくそガキ職員を「先生」と呼ばなければいけないところもあるのです。

今日という日は、ユータ君にとっては緊張もしたけれど特別な日だったと思います。本当に輝いていました。こっちも涙が出そうなくらい。

今年ももうすぐ終わりです。思えばこの1年、多くの仲間たちの「晴れ舞台」を作り出し、その舞台の上で仲間たちが見事に輝いた、そんな1年だったと思います。

青葉の森リレーマラソン大会で「とまりぎジョギングクラブ主将」として選手宣誓を見事に成し遂げたのはイタルさんでした。

障害者スポーツ選手権大会で、女子ソフトボール投げの大会新記録を出したのはマユミさんでした。

「かんぱす」から一般就職を成し遂げた彼も、差し伸べる我々の支援の手を振り切り、「今までかんぱすで言われてきたとおり、自分でできることは自分でしてみたい。だから自分の力で就職したい」と言い切って就職した彼も、それぞれ輝いていたと思います。

「ゆうあいピックソフトボール大会」(2部)で優勝し、MVPを受賞したハマちゃん。授賞式はカッコよかったです。

大事故から奇跡の復活を成し遂げ、車椅子マラソンで4位に入賞したシンタロウ。

長年の引きこもり状態を脱し、「かんぱす」のニューリーダーと回りに認められるまで、仕事を頑張ってきたアンチャンは、輝き続けていた年だったと思います。彼の人生の大きな分岐点になる年だったと思います。

今度の「船橋市民駅伝大会」でアンカーを務めるのは、ダイスケ君。自宅付近を通り、先輩たちから受け継いだタスキをゴールに運びます。登校拒否・通勤拒否で「かんぱす」にやってきたダイスケ君が、仲間たちの歓声の中「とまりぎ」のタスキをゴールまで運んできたら、おそらく私は失神してしまうんじゃないかと思います。想像するだけで、もういっぱいいっぱいです。少なくとも今、大会に向けて練習をしているダイスケ君はすでに十分輝いています。

これが私たちの仕事なんだろうなあ、と思います。障害があろうとなかろうと、人は平等に生まれたら最後は死んでいく。その間の一こま一こまを「生活」と呼んでいて、その中にはいいときも悪いときもある。その人の尺度で「この瞬間!」と思えるような、決定的な場面が作られ、そしてその場面を共有できたらという私たちは夢を持つ。それだけなんですよね、きっと。地域福祉の仕事っていうのは。

課題も喜びも輝きも、すべて前にある。足のつま先の少し前にある。そんな気持ちになれば、後ろ向きにはならない。

夕べはビール飲みすぎました。自室でひとりで飲みすぎました。誰のせいにもできません。でもまあガソリンだと思っています。燃料満タンで、毎日走っているのです。燃費よりも馬力が大切です。

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