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2006年12月30日 (土)

よいお年をお迎えください。

いよいよ年の瀬です。みなさまいかがお過ごしですか?

このブログ、29日からアクセスがめっきり減っています。いかにみなさまが職場などでご覧になっていたかがよく分かります。学校関係者、役所関係、会社関係者、作業所関係者・・・そういう方々に読まれているのですね。

さて、みなさまはこの平成18年は、どんな1年でしたか?

私自身は、それまでと変わりなく「やるべきこと」と思ったことをひとつずつこなすだけの毎日だったはずですが、振り返ってみるとすべてにおいて順調すぎる一年でした。年を越すのが恐いくらい(笑)。

仕事においてはいい仲間たちに出会えて、すべての人たちが期待通りの力を発揮してくれました。福祉作業所という狭い枠組みを超えて幅広く、しかも仕事上の大切な出会いがたくさんありました。ちゃっかりと会社も立ち上げました。スポーツでは私が「監督」(名前だけですけどね)をしているソフトボールとジョギング(障害者チーム)のいずれもが大会で優勝したり表彰されたりと、好成績が続きました。中日ドラゴンズも優勝してくれました。障害を持つ仲間たちも、大きな怪我もなく、無事1年を送れただけでなく、みんなで台湾旅行にも行きました。子供たちが大きくなるにしたがって、家計上のピンチの時期もありましたが、自動車保険から想定外の臨時収入があり、ピンチは免れました。(あの1万円で食材が買えました。)コンサートも無事成功しました。いや~最高でした。

こんな1年は2度とないと思って気を引き締めていこうと思います。

思えば、障害者福祉の世界に飛び込んできて10年、ずっとこんなに笑って過ごしてきたわけではありません。辛抱の時代も長くありました。だから今いくら順調であっても、その頃の記憶と記録をひも解けば、私は順調な現状に安住することもなければ気持ちの上で浮かれることもありません。前を向く気持ちを駆り立てられます。その意味ではすべてが貴重な財産です。

「努力の結果は後から必ずついてくるもの。」・・・私の死んだ父親がよく口にしていた言葉です。

年を越すと、それだけ死んだ私の父親に年齢で近づくことを意味します。父親には何一つ追いつくことができなかった私が、こうしてただ年齢だけが近づいていくんですね。勉強も腕力もスポーツも歌や絵も、何一つかないませんでした。「年齢以外は、すべて追いついてみせる」・・・子供の頃そう思っていたこともありましたが、結果としてはそれが逆の形になってしまいました。私の父親にできなかったことで私にできること・・・「私は自分の息子たちに追い越されることができる」・・・そのためには健康第一ですね。

話を戻して・・・。

順調だったこの1年間の中で、とりわけ人との出会いというものが貴重な財産になりました。何の財産もない人間ですが、よき出会いに支えられて、どう転んでも何とか前向きに生きていける足場はあるような気がします。

雪道で立ち往生をしていた車を私とK君(先日の記事に出てきたK君)で押してあげたことがあります。そんなことは数日後には忘れていましたが、その車の運転手さんがある営業の仕事をしている方で、そのことがきっかけとなり、いくつかの出会いにつながりました。

障害をもつ仲間が、自転車で人の車に小さな傷をつけてしまいました。当然、責任者として私が一緒に謝りに行ったのですが、その相手の方は以前から「この福祉作業所に協力したい」と思っていた方でした。

ある銀行に行った時、キャッシュコーナーで長蛇の列。そこでちょっと話しかけた銀行員さんは以前から障害者福祉に協力したいと思っていた方でした。

こういうことが、1年間の中にたくさんありました。すべては偶然からくるものですが、今後の教訓として確認するべきことがあるのも事実です。

・いやなこと、面倒なことから逃げないこと。

・謙虚な気持ちで人に頭を下げる姿勢を失わないこと。

 (若い職員や仲間たちに地域福祉の実践を伝えていく際に、私はまず私の頭を下げる姿勢を彼らに見せることを何よりも大切にします。そうすれば2回目、3回目からは彼らは進んで頭を下げることを実践してくれます。そして地域福祉ではそれは大切なことだと思うのです。人間関係を大切にした福祉ですから。)

・出会いを大切にすること。(どこまでできているかは自分自身疑問ですが、大切にすべきという気持ちは持っているつもりです。)

こういうことを大切にしてさえすれば、たとえ不運な時代がまた訪れたとしても、何とか乗り越えていけるのだと思います。

ではみなさん、よいお年をお迎えください。

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2006年12月28日 (木)

クリスマスが終わって・・・。

ハンバーグステーキ問題(↓)で、目が覚めてしまったので、お話をもうひとつ。昨日の話。私の妻が世話人をしている生活ホーム(障害者の共同生活の場)に橋っつぁんという75歳の入居者がいます。昨夜は橋っつぁんの忘年会。きっと飲んでくるでしょうから、私があとで迎えに行くと約束をしていました。家で食事をして、さあ迎えにいこう、という時でした。3歳になる長男・風歌(ふうた)が「風歌も一緒に行く。もう夜だから、橋○さん、ホームに帰らなきゃダメだよね。」そういってついてきました。

車に乗って家からかなり離れた時点で、息子は言ってきました。

「親父、話があるんだ。」「なんの話?」

「風歌、赤いかっこいいフェラーリの車、プレゼントでもらったでしょ?でもサンタさんは本当は親父でしょ?」

「なんで?」

「だって、風歌と心歌はプレゼントもらったのに、かあちゃんはもらわなかったでしょ?だからサンタさんは本当は親父でしょ?」

何も答えませんでした。

直接は「まだ夢を見させてあげたい」という気持ちで。

でも本当は、自分がまだ夢を見たいだけなのかも知れないなあ。

自分がサンタさんになる夢。

迎えにいった橋っつぁんは、ビールを飲んで武勇伝をかましている最中でしたので「あと1時間したらまた迎えに来るよ」といって、置いてきました。

そして1時間後に、ひとりで迎えにいきました。頭の中は息子の言葉がグルグル回っています。

「サンタさんは、本当は親父でしょ?」

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私はどうしても許せなかった。

私はどうしても許せなかったのです。K君は、弱いものを決して馬鹿にしない。強いものに打たれても決してへこたれない。優しさは表に出し、悔しさは胸にしまう。不器用だし仕事もできる方じゃないけど、そういう真面目さと優しさは、だんだんと味わいのある仕事をしてくれるようになるし、職場においてはなくてはならない存在になる。1年目より2年目、2年目より3年目、きっと重宝される。だから自信を持って企業に就職させたのです。「障害者だから」ということでなく、一人の人間として社会人として必要な人になる、そんな男です。

だから私は許せなかったのです。横っつらを思い切り張り倒しました。これを暴力というならいえばいい。

この時の障害者チームとのソフトボールの試合は、いつも通りの圧勝ムード。確かに誰もが「今日も楽勝だなあ」そう思っていたでしょう。私もベンチで怖い顔をしながらも、内心は安心しきっていました。そんな時、K君はわざと2塁から1塁に向かって走り出したのです。相手の1塁手を馬鹿にしながら。そんなことをする奴だと思ってキャプテンに任命したわけではない。相手は一生懸命プレーをしている。そんな時に明らかに馬鹿にした態度。

選手全員をベンチに呼び戻し、全員に頭を下げさせ、私は試合放棄しました。馬鹿にした時点でこちらの負けです。そしてK君を思い切り張り倒したのです。これを暴力というならいえばいい。適正化委員、市や県の障害福祉課や苦情処理第三者委員が何を言おうと関係ない。「処遇」云々の問題ではない。これは男と男の信頼関係の問題だ。私のK君への信頼の問題だ。「障害」云々の問題ではない。それが分からない奴は一列に並べて全員張り倒す。

そう宣言したところで目が覚めました。朝の4時。汗びっしょりかいて。全部夢であることに気付きました。正直ホッとしました。

Kが人を馬鹿にするようなことをするはずないよな~。

でも4時に目が覚めちゃったよ。あと1~2時間は寝られるはずだったのに。私がK君を100%信頼していれば、こんな夢は見なかったはずだ。たとえそれが99%であっても、残りの1%がこうして夢となって現れたのだ。

そういえばK君、「就職できたら所長と武井さんに、ハンバーグステーキをおごります」と約束していたよな。まだおごってもらってないぞ!

寝不足の原因は、そのハンバーグステーキだ。

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2006年12月25日 (月)

目覚めた男

目覚めた男は、仕事にも目覚めたので、やっぱりブログは書けない。

「眠い男」にたくさんのアクセス。みなさん申し訳ない。自宅では長男が「サンタさんが赤いフェラーリのラジコンをプレゼントしてくれた」と大騒ぎのようです。ラジコンのフェラーリを抱きしめて、「カーズ」のDVDを見ているようです。

よかったね。

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眠い男

眠い男は、ブログも書けない。

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2006年12月24日 (日)

朝起きたら

朝起きたら、10時でした。時計よりも正確な私のリズムが崩れるのは年に数回あるかないか。休みの日でも5時にはきっちり目が開いてしまいます。「昼まで寝ていた」とかいう話を聞くと、うらやましく思っていました。そうしたくても目が覚めてしまうんだから。でも今日は10時まで爆睡することができました。ちょっと嬉しいです。昨日のコンサートはお客様もたくさん聞いてくれて、自分としては大満足。酒も美味かった。

さあ、10時に起きてみたら頭の中に「やるべき仕事」が箇条書きでたくさん書いてあります。これを頭から消去することが難しいんですよね。夜ならばビールを飲めば消えます。昼間はそうはいかない。結局「やるべき仕事」を片付けていき、数を減らすことしかできません。

仕事の意識から解放されるには、仕事をこなすしかないということでしょうか。日曜の夜、一番ホッとする状態は、その日のうちに仕事の目途をつけて「これで月曜からの仕事がパンクしない」…そう思った時です。

父親としては失格かな?

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2006年12月23日 (土)

コンサート

今日は八千代市緑ヶ丘のAEON、アゼリア広場でクリスマスコンサートをやります。5時~6時で8曲かな?・・・歌います。ジャンルはゴスペルです。ゴスペルクワイヤーの12月は毎年大変忙しいです。

朝から心臓がバクバクです。私がソロを歌う曲もあるので。まあ普通に原曲に忠実に歌えばなんら緊張することはないのですが、いろんなアドリブを考えてしまうと、そればかりが膨れ上がってしまいます。前回、海をバックに野外ライブをやった時にはブルースハープを組み込みましたがピアニストとキーの確認をしなかったので、Cの曲をBで準備(Fのハーモニカ)してしまい、急きょアドリブに変更。冷や汗をかきました。

今日は忠実にオーソドックスに歌おう、決めた。

仕事と関係ない話をしました。でも関係あるのですよ。よく「自分の時間がとれない」という話を聞きます。たしかに仕事を頑張ってくれているのは分かります。でも自分の時間が「とれない」のでなく「作れていない」という部分もあるんじゃないかな?仕事における時間の段取り・組み立ては、仕事を含んだ自分の時間の段取り・組み立てと直結しているのです。

これだけ仕事をしていても、ほら、自分の時間を作ってるよ!

まあ、そんなメッセージです。

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2006年12月21日 (木)

目に力がある人

なんとなくこう、「この人は信頼できる!」「この人とつながっておきたい」「この人のことが知りたい」・・・肩書きやステイタスとは関係なく、感性の領域でパッと「この人なら・・・」と思える人っていますよね?私自身がそう感じる対象の傾向なんて考えたことがなかったのですが、最近分かりました。

目に力がある人です。常に先のことをキッと睨みつける力が目にある人です。仕事などで交渉の際も、なんだかんだいってこういう感覚的な部分が大きく左右するような気がします。

そこでうちの次男の心歌(こうた)です。この人の目にもそれを感じます。何かの運命を背負って、たまたまうちの妻の腹を借りて、この世に生を受けたような気がします。5月の13日の金曜日に・・・。かわいい悪魔です。まだ1歳半ですが、末恐ろしいです。

「まんま」とか「おやじ」とか、もちろん単語はたくさんしゃべりますが、文章になる言葉に傾向があります。飯を食うことと束縛をはねつけること、これだけです。

「おやじ、もうあっちにいってよ」「うるさい、どいてよ」「いいから、まんまちょうだいよ」こんなことをいいます。兄ちゃん(風歌・ふうた)のときは「だ~いすき」とか「うれしい」「だいじょうぶだよ」、こんな言葉から覚えていったのに・・・。

いつも腹をすかせているので、一度好きなだけ食べさせてみたことがありました。子供用のご飯のお茶碗に3杯たべて、うどんを一玉(大人一人分)たべて、さらにパンを1枚食べてしまいました。まだ1歳ですよ!

とにかく消化が早いのです。はちきれんばかりのおなかは、見る見る小さくなって、すぐウンチになってしまいます。

怪我が治るのも、およそ同じ種類の生き物とは思えない早さです。頭を椅子に思い切りぶつけて、餃子のような形で腫れあがりました。本人はあまり痛がらず、むしろ「病院におもちゃを二つ持っていく!」と大騒ぎ。待合室で看護婦さんがびっくりするくらい腫れ上がっていたのに、「冷やさなきゃね」と冷えピタを持ってきてもらう間に、傷が癒えて、腫れも引いてしまいます。むしろ怪我をすると、周りがびっくりしたり心配するということを本人は覚えてしまいました。病院から戻ってきて、頭を椅子に叩きつけるまねをして、回りが「やめなさい!」と騒いでいるのをみて大喜び。病み付きになってしまったようで、怪我をしたところをわざと痛めて周りの反応を楽しんでいます。こういうときの目の力強さはすごいものです。怖いから目を合わさないようにしています。3歳のお兄ちゃんにできて1歳の心歌にできないことはほとんどありません。体を動かすことに関しては。

「目に力がある人」は、きっと心歌と同じように、もともと違うものを持っているんじゃないか、と思います。私の好きな何人かのアスリートを見てもそう思います。我々とは、もともと何かが違うんでしょうね。伸び伸び育って欲しいです。早く自由にしてあげたいし、はやく自由になりたいかも(笑)。

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2006年12月19日 (火)

事務男

新年度、障害者自立支援法に基づく法定事業に7箇所同時に「えいっ」と参入します。7つの作業所を一つにまとめるのでなく、7つの事業として行うのです。単純にいって、用意する書類などは7倍。

昨日は、息子が頭を怪我して大慌てでしたが、息子の無事を祈るような気持ちで震える手で、A法人の「利用契約書」を作っておりましたが、今日はB法人の1つの事業の「重要事項説明書」を作りました。

別に私は行政書士でもなければ会計士でもありません。昔、獣医は目指しておりましたが、心はいつも絵描きです。そして実際は貧しい福祉労働者です。

時折、パソコンをぶち壊したくなる衝動を感じるときがありますが、そんなときに限って「塚ちゃん」が障害を持つ仲間たち6人ほど連れて、さわやかに作業所に戻ってきます。みんな笑顔ですが声がでか過ぎます。二酸化炭素の排出量の多い連中で、入ってくると一瞬にして窓ガラスが曇ります。環境破壊です。「塚ちゃん」の周りには、たいてい仲間たち6~7人がいて、彼を取り囲んでいます。そんなみんなの笑顔を見ると、多少は癒されます。「オレがこの仕事やらなきゃ、あの人たちの場所も作れねえんだよなあ。頑張るしかねえなあ」。

さて、仕事に戻ります。

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2006年12月18日 (月)

お詫び

週末に作成した記事、いらぬ誤解をうむ恐れがあるので、削除しました(笑)。「遺伝子には逆らえない」というやつです。

さて、午後の仕事に戻ります。

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2006年12月14日 (木)

輝いているとき

今日は千葉県障害者就労事業振興センター主催の「明治デリカ千葉 配達業務説明会」に行ってきました。乳製品の配達業務を福祉作業所等に委託したいという「明治デリカ千葉」のマネージャーと、船橋でその仕事を10年やっている「かんぱす」の私、そして明治さんから「配達のプロ」とお墨付きを与えられているユータ君が「講師」として参加しました。

生まれて初めて「講師」の椅子に座るユータ君。はじめは大変緊張していましたが、「さすが!」という仕事ぶりを披露してきました。今日の私の仕事はユータ君の晴れ舞台を設けることと、「ユータは一日にして成らず」。つまりここまで来るまでにどう関わり、どう仕事に取り組んできたのかの説明だけです。最後に「先生」と呼ばれ「ありがとうございました」と御礼をされているユータ君。

障害者の世界とは、施設によっては40歳50歳になっても20歳そこそこのケツの青いくそガキ職員を「先生」と呼ばなければいけないところもあるのです。

今日という日は、ユータ君にとっては緊張もしたけれど特別な日だったと思います。本当に輝いていました。こっちも涙が出そうなくらい。

今年ももうすぐ終わりです。思えばこの1年、多くの仲間たちの「晴れ舞台」を作り出し、その舞台の上で仲間たちが見事に輝いた、そんな1年だったと思います。

青葉の森リレーマラソン大会で「とまりぎジョギングクラブ主将」として選手宣誓を見事に成し遂げたのはイタルさんでした。

障害者スポーツ選手権大会で、女子ソフトボール投げの大会新記録を出したのはマユミさんでした。

「かんぱす」から一般就職を成し遂げた彼も、差し伸べる我々の支援の手を振り切り、「今までかんぱすで言われてきたとおり、自分でできることは自分でしてみたい。だから自分の力で就職したい」と言い切って就職した彼も、それぞれ輝いていたと思います。

「ゆうあいピックソフトボール大会」(2部)で優勝し、MVPを受賞したハマちゃん。授賞式はカッコよかったです。

大事故から奇跡の復活を成し遂げ、車椅子マラソンで4位に入賞したシンタロウ。

長年の引きこもり状態を脱し、「かんぱす」のニューリーダーと回りに認められるまで、仕事を頑張ってきたアンチャンは、輝き続けていた年だったと思います。彼の人生の大きな分岐点になる年だったと思います。

今度の「船橋市民駅伝大会」でアンカーを務めるのは、ダイスケ君。自宅付近を通り、先輩たちから受け継いだタスキをゴールに運びます。登校拒否・通勤拒否で「かんぱす」にやってきたダイスケ君が、仲間たちの歓声の中「とまりぎ」のタスキをゴールまで運んできたら、おそらく私は失神してしまうんじゃないかと思います。想像するだけで、もういっぱいいっぱいです。少なくとも今、大会に向けて練習をしているダイスケ君はすでに十分輝いています。

これが私たちの仕事なんだろうなあ、と思います。障害があろうとなかろうと、人は平等に生まれたら最後は死んでいく。その間の一こま一こまを「生活」と呼んでいて、その中にはいいときも悪いときもある。その人の尺度で「この瞬間!」と思えるような、決定的な場面が作られ、そしてその場面を共有できたらという私たちは夢を持つ。それだけなんですよね、きっと。地域福祉の仕事っていうのは。

課題も喜びも輝きも、すべて前にある。足のつま先の少し前にある。そんな気持ちになれば、後ろ向きにはならない。

夕べはビール飲みすぎました。自室でひとりで飲みすぎました。誰のせいにもできません。でもまあガソリンだと思っています。燃料満タンで、毎日走っているのです。燃費よりも馬力が大切です。

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2006年12月13日 (水)

そうじ男

私は年中そうじのことばかり考えている。妻のブログ(http://kurasitanosi.blog60.fc2.com/)の10月29日の記事にもあるように、私にとって、そうじはリラックス法のひとつである。なにしろ際限がない。最近はあまりないが、家でも仕事をしない日などは、朝から晩まで掃除をしている。以前仕事場から夜中の1時に帰ってきて、それからフローリングのワックスをかけたこともある。最近はチビたちと動物たちの繁栄で、家でのそうじは諦めつつある。そうはいってもそうじは「浮気」みたいなもので、妻やチビたちの目を盗んで、コッソリやるものだ。妻がママさんバレーに行く仕度などをしていると、「今日は風呂掃除にしようかな、台所がいいかな、換気扇かな」と想像してワクワクしている。体が弾んで食事準備などもサッサと済ませ、バレーボールに行く妻に食べさせる。「行ってらっしゃ~い」。

 作業所では、かなり我慢をしてるつもりだが、やはり顔に「掃除しろ」と書いてあるようだ。二つの作業所を往復する毎日だが、私の車の音を察知すると「クローバー」の優秀な仲間たちは「来ました!」と現場の職員に報告する。それからわずか数十秒の間に事務机の上などがバタバタと片付けられる。たまに私の車の発見が遅いと、事務机の上にあるものをバタバタとどこかにしまい込む姿を見かける。あまりに慌てて、伝票など紛失しなければいいが。

そんな私に、待ちに待った12月がやってきました。大掃除の季節です。年末の作業所は仕事に追われ慌しいので、早めに行っています。今年はとくにみんな張り切っています。そんな中を往復していると、とても楽しい。わっテーブルクロスが入った。わっこんなに広かったのか・・・。カーテンレールや柱の上の部分が私の気になるところ。長い付き合いの仲間たちはすでに知っているのでそこを丹念にやるが、若い子たちはまだまだ甘い。

「かんぱす」は、血液型A型が圧倒的に多い。8割以上がA型なのだ。類は類を呼び、お互い細かいところを気にし合っている。流しに米粒ひとつでも残っているということはまずない。占いなど信じるわけはないが、A型の人だけはなんとなく見分けがつく。曲がったことが嫌いでこだわりが強く几帳面。新京成線で2~3駅行ったところにグループ内の別の作業所があるがこちらは歴史的にもB型が多い。「なるほど」と思う。

大掃除の真っ只中で、こんなブログを書いたら、プレッシャーかな?

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2006年12月11日 (月)

当然のこと

今日はろくな仕事もしていないのに、疲労が取れず。「今日は4時にはみんな仕事を切り上げてさっさと帰ろう」と提案。朝、1時間半も遅刻してきたT君は目が腫れてフラフラしていた。もうひとりのT君は、なぜかずっとでかいリュックを背負ったまま電話の応対。礼儀正しいので、何度も頭を下げている。リュックを背負ったまま。ひっくり返ったてんとう虫が起き上がろうとしているかのようだった。「みんな疲れきっている」そう思った。

待ち遠しかった夕方がやってきて、「リサイクルショップクローバー」の板さんを連れて一緒に帰ることにした。板さんをはじめとして何人かが入荷したばかりの子供服の値札付けをしていた。一瞬、ウルトラマンのパジャマが私の目に止まった。板さんらもそのことに気付く。「これなんか、上の子にピッタリじゃないですか?」と板さん。なぜ私の子のサイズを知っているかというと板さんのグループホームの世話人が私の妻だからだ。当然チビたちも出入りしている。・・・・・「へ~、たまには商売っ気あるこというじゃん!売り上げなんか大して気にもしていないくせに」「へへへ・・・」。そんな感じでウルトラマンなんとか(あたらしいやつ)の着ぐるみパジャマを購入。板さんを車に乗せていざ帰路へ。

途中でふと思った。「うちの子ウルトラマン見たことないなあ」・・・板さんを乗せたままCDレンタル店へ。ウルトラマンの新しいバージョン(なんだっけ?)のDVDを借りた。

さあ出発!・・・と思ったところで、ふと考えた。これを居間で毎日見られたらこの前から見たかったビデオがなかなか見られないなあ。ばあちゃんの部屋で見てくれないかなあ。でもばあちゃんのテレビはDVDが見られないんだよなあ。あっそういえばヤマダデンキのポイントが溜まっていたなあ。・・・ヤマダデンキに急行。板さんをつれて。5800円の一番安いDVDプレーヤーをポイントで購入。「クローバー」でパジャマを買っただけなのに、長旅になってしまった。

やっとの思いでグループホームに着く。板さんをそのまま下ろして帰ろうとしたらソファーに見覚えのある人影が。うちの長男がソファーで転がってテレビを見ていた。「親父と一緒に帰るか?」と聞くと「今、かあちゃんとお仕事してるから帰らない」と冷たく言われた。「ウルトラマン見ようよ」とDVDを見せると「親父と帰る」とついてきた。家に着いて「ばあちゃん、はいプレゼント。DVDプレーヤー買ってきたよ」というと、不満そうなばあちゃん。「これで私の見たい番組が見られなくなる」・・・ばあちゃんは私の意図を察していたのだ。孫たちにテレビを占領されてしまう。「かわいい孫のため。我慢しなさいよ」と私。

今日の夕飯の支度がなかなかできない。ご飯も米を研いでいる最中投げ出してある。ばあちゃんの部屋に行ってみると、なんと、孫より夢中でウルトラマンのDVDを見ていた。これじゃあ仕方がない。かあちゃんはグループホームから帰ってこない。私が今日も夕食担当だ。

さあ、何を作ろう、と思ったところにあったものが梅干の瓶。梅干の梅肉をごま油・オリーブオイルで炒めて、中華だし・料理酒・みりん・伯方の塩少々で味付けしたチャーハンと昨日の夜私が作って大好評だった特性ラーメンのスープ(昆布ときのこを煮込んだだしを使ったワンタン入りのラーメン)をあんかけにしたラーメン(これは結局はかみさんが作った)が今日の夕飯。

ところで、板さんを連れての長旅の途中、私がDVDを借りたりDVDプレーヤーを買ったりしている間、私の車の中で待機していた板さん。カーステレオから流れたある曲を聴いて「これ、いいっすねえ。」と一言。・・・思わず笑ってしまった。「そういえばこの曲、板さんの人生そのものだねぇ。」

   SION「当然のこと」

その昔誰も何も信じない男がいた

外に出たことのない自信だけを大切にかかえて

誰も知ったこっちゃないから 構いはしないけど

困ったことに奴はいつも構って欲しかった

奴はそれこそ手当たりしだいに そこら中かみついて

やってもやられても またひとりでいい気になってた(中略)

本当はよく知ってた 自分がそれほど強くないことも

弱虫で甘ったれで どうしようもないことも

誰も信じてないから 誰にも信じてもらえない

わかっちゃいるけど 笑い返せなかった

板さんよ、せめてあんたが死ぬ時には、遠くに住むかわいい娘さんや息子さんたちから涙を一滴ずつでももらえるようになるために、もう少し頑張ろうぜ。酒が好きな気持ちは十分に分かるけど、あんたは優先順位を間違えちゃったんだよな。

   「当然のこと」の続き

くすねた金でうまい酒が飲めるわけはなく

ろれつが回らない朝も夜も ただ寂しいだけ

いったいこんなところまで 何しに来たんだっけな

それみたことか 笑う奴らの顔さえ浮かばない

みなさん、なにを期待しているのかどうか分かりませんが、ろくに更新もしていないのに、ここ数日ブログのカウントが急上昇しております。

なにを期待しているのか分かりませんが、ざっとまあ、こんな感じの男ですから。

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2006年12月 7日 (木)

寒さも厳しくなりました。

心の足腰を鍛えること。どう鍛えるかって?かたっぽずつ、足を上げて、立ち続けること。心の足で。

そうすれば、揚げ足とられても、立ってられるでしょ。「どうぞ」と差し出すくらいの気持ちを持って。

今日の朝、風呂の中で、そう考えた。両足とられたら、そのまま押し倒してしまえばいい。

それともう一つ、そろそろ風呂の温度は42度に設定してもらいたい。寒くて出られないよ。

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2006年12月 4日 (月)

車椅子マラソン

12月3日(日)、シンタロウ君、はじめての車椅子マラソン大会に参加!

シンタロウ君については、何度か記事を書いたことがあります。

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_f2eb.html (またいつか富士山へ)

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_f265.html (かんぱす10周年台湾旅行)

シンタロウ君の大けがから1年半、シンタロウ君の第2の人生に付き合っていく中で、私自身の目標は3つありました。①当初予定していた「かんぱす10周年」の海外旅行にシンタロウ君を絶対に連れて行くこと。②車椅子マラソン大会に参加し、好成績を挙げること。③富士山に連れて行くこと。

台湾旅行は、前掲記事の通り最高に楽しい形で、無事実現しました。さあ、今度は車椅子マラソン大会です。車椅子歴1年のシンタロウ君、大ベテランの方々に対してどこまで力を発揮してくれるか。もともと持っている抜群の運動神経と本人のリハビリの努力がどこまで通用するのか。

昨年の「八千代ニューリバーロードレース大会」のときは、シンタロウ君入院していました。今年は「絶対に優勝するぞ!」とハッパをかけ、これまで練習を続けてきました。練習は水曜日の午後、薬円台公園で行っていました。当初は養護学校の後輩、コージ君がシンタロウ君の伴走をして練習をしていましたが、なんとシンタロウ君の車椅子の速さについていくことができずリタイア。結局今大会の伴走は「かんぱす」の職員(この呼び方本当は好きじゃないんですけどね)G君がすることになりました。普段からG君のシンタロウ君への思いは熱く、気持ちが一つになれば、きっと優勝してくれると信じていました。「どのくらい熱い思いなのか」について。先日、ある小宴会の席でG君はシンタロウ君のお母さんの前でこう宣言。「クニちゃん、タケシ君、シンタロウ君なら養子にもらってもいい」。そういい切れるほどの思い入れです。(でもお母さんの前で「養子」宣言ということは、これってプロポーズ?)

さてレースです。普段はフラフラしていることの多いシンタロウ、スタート前はやはり緊張した顔をしています。中には速そうな人もいます。車椅子そのものがスポーツ用です。

そんな中でのスタート。最初の直線で一気に先頭に出るシンタロウ、やはり速い!

しかしそこで思わぬアクシデント。歩いている分には気付かないくらいの凸凹が、やはり車椅子にとって障害となって、とくにスピードを上げたときに車椅子自体に大きな振動を生みます。そしてすでに神経が切れ、感覚をなくしているシンタロウ君の足が、車椅子から落ちてしまいました。トップスピードで走行中に落ちた足を椅子に乗せようと前かがみになるシンタロウ君、その瞬間バランスを崩し転倒してしまいました。

大きなケガにはつながらず、安心しましたがその後もやはりスピードに乗り切ることができず、4位に終わってしまいました。優勝だけを考えてここまで練習してきたシンタロウ君にとっては、とても残念な結果になってしまいました。

そして何よりも事前の私自身の配慮不足が悔やまれます。足をバンドで固定してあげていれば、こんな事態にはならなかったからです。申し訳ない気持ちです。

でも普段あまり見せない、本当に真剣な顔、とても輝いていました。シンタロウとこうした緊張感を味わえる日がまたやってきたということも、ある意味奇跡といえます。以前は一般成人マラソン大会の10kmの部に出場し、いつかフルマラソンを走ることも夢見ていました。そして事故後の第2の人生でも、こうして輝くことができたのです。

シンタロウ、来年こそはぶっちぎりで優勝するぞ!普通の優勝では許しません。ぶっちぎりです。

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