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2006年11月14日 (火)

オヤジは今日も遅くなります。

 障害を持つ仲間たちが、仕事においてミスをしてしまいました。「チラシお断り」と書いてあるポストにチラシを入れてしまったというミスです。前回同じお宅に別の仲間が入れてしまい、依頼業者(宅配ピザ)のほうにクレームが入っていたのです。同じお宅に別の仲間が今回入れてしまったということ。

 直接は、この作業の担当者の伝達ミス。(ちゃんと仲間たちに配布禁止の場所を伝えていれば、ミスはないからです。)しかしそのお宅がご立腹で「責任者を出せ!」とおっしゃっている以上、私が頭を下げてくるしかありません。私たちの福祉作業所は、数々の依頼業者から「まじめに一生懸命仕事をしてくれている」という信頼をそれなりに得ていますので、この一件で依頼業者との関係が壊れることはありませんが、この問題を解決してくるほかはありません。

今晩、約束をとって謝りに行ってきます。

仲間たちが地域に出て行って一生懸命働いている。さまざまなハプニングや失敗は、最小限に食い止めつつも100%避けられるものではありません。ある意味最終的な部分は私の仕事になってきます。そして私の仕事になる以上、その仕事についての考え方を整理する必要があります。

まずいくら障害を持っていたとしても、地域に出て働く以上は「社会人」としての責任を求めていくことになります。責任を求めるということは責任を取るということです。それがまず前提です。その上で、まずはよほどの悪質なものでなければ、最初の事態は「ハプニング」という性格を持ちます。「ハプニング」を防ぐには「配慮」です。「ハプニング」を先回りして予想して、それを回避するための「配慮」です。そして次に同じことが起こった場合、これは単なる「ハプニング」では済まされなくなります。これは明らかなミスとなります。

「ハプニング」が起こる前に必要なものは「配慮」。しかし起こってしまって以降は「対応」ということになります。「配慮」と「対応」の違いは、「配慮」は予想を前提にした危機管理であるのに対して、「対応」は実際的な事柄を具体的に防いでいくための措置です。「対応」がとれなかった場合、これは「ミス」といいます。そして「ミス」に対しては事態の推移の中で、私の直接的な仕事になる場合があります。

働いているみんなが、故意にミスをしようとしているわけでなく、結果として「ハプニング」や「ミス」を犯してしまった場合、私が安っぽい頭を下げて回ることについては、何の抵抗もありません。起きてしまった事態への意識と責任感は十分に感じている奴らですから。みんななりに誠意を尽くし、それでもダメなら、「こういう状況だから、あとは私に任せておけ」というほかありません。でも本当の私の仕事はその先にあります。次の「対応」の中身を検討・吟味して、それで十分かどうかの判断と、それが継続されているかの確認です。正直な話、ミスはいいのです。同じミスを2回繰り返さないという意識だけをしっかり持ってもらえば、それでいいと思っています。問題は後ろでなく、前にあるのです。

ミスを通じて学んでいくのは、みんなだけではありません。頭を下げながら、私も学んでいくべきなのですね。

次男の風邪がなかなか治りません。オヤジは今日も遅くなります。

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