« 金魚のキスのしかたについて | トップページ | よく考えました。 »

2006年10月30日 (月)

地域福祉の片隅から

千葉県では「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が全国に先駆けて成立し、県が主導する官民共同のプロジェクトが、さまざまな形で実行されています行政が、これほどまでに「地域福祉」の推進に関して熱心に取り組んでいるという例は、あまりないのではないかとさえ思います。最近でも行政の方々が次々と私たちの福祉作業所に見学に来られていますし、その方々の表情を見るだけでも、いかに熱心に取り組まれているのかをうかがい知ることができます。

このブログのタイトルは「地域福祉の片隅から」です。なぜ「片隅」なのかというと、こうした行政主導の「地域福祉」のムーブメント、そういう主流に対して一定の距離を保つことが本当の「地域福祉」のためには必要だと考えるからです。私たちの業界は常に「片隅」なのです。そのことを忘れてはいけません。「片隅」にいるからこそ、こぼれ落ちた人たちを拾い上げられるのです。みこしを担ぐつもりはありません。みこしを担ぐ人たちの足元からはじき飛ばされた人々、この人々を拾い上げられる場所こそが、私たちのホームタウンです。

実のところ、最近行政の方々からの「地域福祉」の推進に関する相談を数多く頂戴しています。そのことを念頭に置きつつ、最近私が考えていることを書いていこうと思います。

さて、本題に移ります。障害者福祉の世界において、行政がこれまで主導してきたのは「施設型福祉」です。「施設型福祉」と「地域福祉」は、全く別物であるということ。その認識をまずはもつべきなのです。確かに両者とも、そのフィールドの中の事業の中味については同じようなものもたくさんありますし、同じ「障害者福祉」である以上、共通項もたくさんあります。しかし、こと行政の関与ということとの関係でいうのならば、両者の違いは明確に押さえておくべきなのです。

「施設型福祉」においては、行政は文字通り主導的立場をとります。その事業の運営主体は社会福祉法人等であったりしますが、あくまでも行政が始めに枠組みを設けてその枠組みの中で認可を与え、事業がスタートするのです。そしてそのことに何ら問題があるわけではありません。

しかし「地域福祉」は違います。地域のニーズを地域自らが引き受ける形において、さまざまな形の「地域福祉」が誕生するのです。例えば「福祉」をやっているという意識すら持たないような数々の取り組みが、実はその地域の「地域福祉」の大切な柱であったりもするのです。商店街のおじちゃんや、口の悪いおばちゃんが、「地域福祉」の大切な資源であったりもするのです。

小規模作業所の歴史を見ても明らかですが、「地域福祉」に対する行政の関わり方は、後追い的な支援という立場を取るのが常です。「施設型福祉」においては主導的立場を取るべき行政は、「地域福祉」の世界では後追い的な立場を取るのです。そして、いい形で後追いができれば、「地域福祉」の発展に大きく貢献するのです。しかし逆に言えば、追い越してはいけないということです。

「施設型福祉」と「地域福祉」のこうした性質の違いを十分に理解されていないと、行政が先回りをして枠に押さえ込んでしまい、逆に地域福祉の発展を押さえ込んでしまうことさえあるのです。

ちょっと抽象的ですね。具体例を申しましょう。

小規模作業所とは、千葉県ではおよそ30年ほど前から作られてきたムーブメントです。行政がその功績を評価し「心身障害者小規模福祉作業所」という名称を与え、運営費の補助を始めたのが今から13年前の平成5年。補助金を拠出する以上は「運営要綱」なども当然必要となってはきます。その「要綱」においては、当時知的障害者と身体障害者のみを(補助の)対象とすることがうたわれ、精神障害者に関しては「精神障害者共同作業所」(昭和60年補助開始)を利用することになっていました。

ここで「施設型福祉」と「地域福祉」の行動の違いが顕著になります。「地域福祉」とは、地域のニーズに対して地域自らが引き受ける形で推進されていくものです。「心身障害者小規模福祉作業所」の「運営要綱」という枠からははみ出されてしまっている精神障害者の仲間たちを積極的に引き受ける作業所も出てきました。「施設型福祉」では当然門前払いになるでしょう。障害種別や程度などによって施設の役割は分割されているからです。しかしもともと枠のないところから生まれている小規模作業所にとっては、「運営要綱」などよりも地域に困っている障害者がいるという事実の方が、はるかに重要な問題なのです。そのように枠をはみ出した小規模作業所の実践に対して行政がそれを評価し、精神障害者も補助の対象として認める方向で「運営要綱」を改定したのが平成18年度。行き場のない障害者の思い、それを含んだ地域のニーズ、これを何よりも大切にしながら行政の「枠」をはみ出して発展する小規模作業所の「地域福祉」。そしてその功績をしっかりと見つめ、後追い的にその発展を支える行政。「地域福祉」というフィールドにおいては、そのような後追い的な支援こそが行政のもっとも力を発揮できる関わり方なのです。

ちょっと角度を変えてお話しましょう。「地域福祉」のフィールドにおいては、行政の仕事は、0から1を作ることではありません。1を2にし、2を3にするのを助けるのが行政の仕事になります。「施設型福祉」の発想で「地域福祉」を考えると、0から1を作れるかのように考えてしまいがちです。それは明らかな勇み足です。

また、そのことはさらに別の問題にも発展します。「0→1」の発想で地域に入っていくと、おそらくは地域の反発を少なからず受けます。なぜなら「地域福祉」のフィールドにおいては「0」ということは有り得ないからです。たくさんの人がそこで暮らしていて、その人たちの中には高齢者・障害者など困っている人たちも少なからず存在する以上は、その地域特有の「地域福祉」がかならず存在します。それはきっと腰を下ろしてじっくりと眺めてみないと分からないようなとても小さい単位であったり、いわゆる「福祉」っぽくない形であるためなかなか判別できないものであったりするのだと思います。不十分ではあれ、その地域特有の解決策があり、担い手がいるということを決して忘れてはいけないのです。

「0→1」の発想では、そういう小さな「地域福祉」を拾い上げるという考えは浮かんできません。ブルドーザーの下にいる小さな虫たちの存在に気付かないのと同じです。

まずは平日の街を歩いてみてください。公園のベンチで、病院の待合室で、八百屋の店頭で、ジジイやババアのおしゃべりに聞き耳を立ててみてください。障害者っぽい人が歩いていたら、怪しまれないように工夫して(笑)、後ろをこっそりついていってみてください。その子が入ったお店で、優しくそして厳しく叱られたりしていれば、そのお店の店員とあとでじっくり話をしてみてください。

目の周りにクマを作り、フラフラになりながら「地域福祉」の推進のために日夜努力されている行政担当者の皆様を数多く知っています。その方々の努力には本当に頭が下がります。しかしあえて、私が地域福祉の片隅から感じることをお話させていただくとすれば、以上の点です。

これが昨日「書きたいテーマが二つある」と言った、もうひとつのテーマです。昨夜はたいへん酔っ払ってしまいましたので、1日遅れました。

        障害者の働く場クローバー 友野剛行

|

« 金魚のキスのしかたについて | トップページ | よく考えました。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118028/4011885

この記事へのトラックバック一覧です: 地域福祉の片隅から:

« 金魚のキスのしかたについて | トップページ | よく考えました。 »