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2006年10月30日 (月)

地域福祉の片隅から

千葉県では「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が全国に先駆けて成立し、県が主導する官民共同のプロジェクトが、さまざまな形で実行されています行政が、これほどまでに「地域福祉」の推進に関して熱心に取り組んでいるという例は、あまりないのではないかとさえ思います。最近でも行政の方々が次々と私たちの福祉作業所に見学に来られていますし、その方々の表情を見るだけでも、いかに熱心に取り組まれているのかをうかがい知ることができます。

このブログのタイトルは「地域福祉の片隅から」です。なぜ「片隅」なのかというと、こうした行政主導の「地域福祉」のムーブメント、そういう主流に対して一定の距離を保つことが本当の「地域福祉」のためには必要だと考えるからです。私たちの業界は常に「片隅」なのです。そのことを忘れてはいけません。「片隅」にいるからこそ、こぼれ落ちた人たちを拾い上げられるのです。みこしを担ぐつもりはありません。みこしを担ぐ人たちの足元からはじき飛ばされた人々、この人々を拾い上げられる場所こそが、私たちのホームタウンです。

実のところ、最近行政の方々からの「地域福祉」の推進に関する相談を数多く頂戴しています。そのことを念頭に置きつつ、最近私が考えていることを書いていこうと思います。

さて、本題に移ります。障害者福祉の世界において、行政がこれまで主導してきたのは「施設型福祉」です。「施設型福祉」と「地域福祉」は、全く別物であるということ。その認識をまずはもつべきなのです。確かに両者とも、そのフィールドの中の事業の中味については同じようなものもたくさんありますし、同じ「障害者福祉」である以上、共通項もたくさんあります。しかし、こと行政の関与ということとの関係でいうのならば、両者の違いは明確に押さえておくべきなのです。

「施設型福祉」においては、行政は文字通り主導的立場をとります。その事業の運営主体は社会福祉法人等であったりしますが、あくまでも行政が始めに枠組みを設けてその枠組みの中で認可を与え、事業がスタートするのです。そしてそのことに何ら問題があるわけではありません。

しかし「地域福祉」は違います。地域のニーズを地域自らが引き受ける形において、さまざまな形の「地域福祉」が誕生するのです。例えば「福祉」をやっているという意識すら持たないような数々の取り組みが、実はその地域の「地域福祉」の大切な柱であったりもするのです。商店街のおじちゃんや、口の悪いおばちゃんが、「地域福祉」の大切な資源であったりもするのです。

小規模作業所の歴史を見ても明らかですが、「地域福祉」に対する行政の関わり方は、後追い的な支援という立場を取るのが常です。「施設型福祉」においては主導的立場を取るべき行政は、「地域福祉」の世界では後追い的な立場を取るのです。そして、いい形で後追いができれば、「地域福祉」の発展に大きく貢献するのです。しかし逆に言えば、追い越してはいけないということです。

「施設型福祉」と「地域福祉」のこうした性質の違いを十分に理解されていないと、行政が先回りをして枠に押さえ込んでしまい、逆に地域福祉の発展を押さえ込んでしまうことさえあるのです。

ちょっと抽象的ですね。具体例を申しましょう。

小規模作業所とは、千葉県ではおよそ30年ほど前から作られてきたムーブメントです。行政がその功績を評価し「心身障害者小規模福祉作業所」という名称を与え、運営費の補助を始めたのが今から13年前の平成5年。補助金を拠出する以上は「運営要綱」なども当然必要となってはきます。その「要綱」においては、当時知的障害者と身体障害者のみを(補助の)対象とすることがうたわれ、精神障害者に関しては「精神障害者共同作業所」(昭和60年補助開始)を利用することになっていました。

ここで「施設型福祉」と「地域福祉」の行動の違いが顕著になります。「地域福祉」とは、地域のニーズに対して地域自らが引き受ける形で推進されていくものです。「心身障害者小規模福祉作業所」の「運営要綱」という枠からははみ出されてしまっている精神障害者の仲間たちを積極的に引き受ける作業所も出てきました。「施設型福祉」では当然門前払いになるでしょう。障害種別や程度などによって施設の役割は分割されているからです。しかしもともと枠のないところから生まれている小規模作業所にとっては、「運営要綱」などよりも地域に困っている障害者がいるという事実の方が、はるかに重要な問題なのです。そのように枠をはみ出した小規模作業所の実践に対して行政がそれを評価し、精神障害者も補助の対象として認める方向で「運営要綱」を改定したのが平成18年度。行き場のない障害者の思い、それを含んだ地域のニーズ、これを何よりも大切にしながら行政の「枠」をはみ出して発展する小規模作業所の「地域福祉」。そしてその功績をしっかりと見つめ、後追い的にその発展を支える行政。「地域福祉」というフィールドにおいては、そのような後追い的な支援こそが行政のもっとも力を発揮できる関わり方なのです。

ちょっと角度を変えてお話しましょう。「地域福祉」のフィールドにおいては、行政の仕事は、0から1を作ることではありません。1を2にし、2を3にするのを助けるのが行政の仕事になります。「施設型福祉」の発想で「地域福祉」を考えると、0から1を作れるかのように考えてしまいがちです。それは明らかな勇み足です。

また、そのことはさらに別の問題にも発展します。「0→1」の発想で地域に入っていくと、おそらくは地域の反発を少なからず受けます。なぜなら「地域福祉」のフィールドにおいては「0」ということは有り得ないからです。たくさんの人がそこで暮らしていて、その人たちの中には高齢者・障害者など困っている人たちも少なからず存在する以上は、その地域特有の「地域福祉」がかならず存在します。それはきっと腰を下ろしてじっくりと眺めてみないと分からないようなとても小さい単位であったり、いわゆる「福祉」っぽくない形であるためなかなか判別できないものであったりするのだと思います。不十分ではあれ、その地域特有の解決策があり、担い手がいるということを決して忘れてはいけないのです。

「0→1」の発想では、そういう小さな「地域福祉」を拾い上げるという考えは浮かんできません。ブルドーザーの下にいる小さな虫たちの存在に気付かないのと同じです。

まずは平日の街を歩いてみてください。公園のベンチで、病院の待合室で、八百屋の店頭で、ジジイやババアのおしゃべりに聞き耳を立ててみてください。障害者っぽい人が歩いていたら、怪しまれないように工夫して(笑)、後ろをこっそりついていってみてください。その子が入ったお店で、優しくそして厳しく叱られたりしていれば、そのお店の店員とあとでじっくり話をしてみてください。

目の周りにクマを作り、フラフラになりながら「地域福祉」の推進のために日夜努力されている行政担当者の皆様を数多く知っています。その方々の努力には本当に頭が下がります。しかしあえて、私が地域福祉の片隅から感じることをお話させていただくとすれば、以上の点です。

これが昨日「書きたいテーマが二つある」と言った、もうひとつのテーマです。昨夜はたいへん酔っ払ってしまいましたので、1日遅れました。

        障害者の働く場クローバー 友野剛行

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2006年10月29日 (日)

金魚のキスのしかたについて

固い話で~す。今日は書きたいテーマが二つあります。日曜日。子供たちとの約束もあり、夜はお友達との約束もあるので、その隙間に書きます。まずは一つ目。

私は4年前に、「職業リハビリテーション」(障害者の就労支援)に関する研修に行きました。当時「職リハ」の世界でさかんに言われていたことは、「まずは個人の機動力・柔軟性を活かして地域のネットワークを作ること」でした。個人で作り上げるネットワークを組織に還元していく・組織を軸としたネットワークに発展させていく。そのためにはまず「個人」ということです。なぜ「個人」でなければならないかというと、あまりに「組織」を意識しすぎたり、相手に「組織」を意識させすぎたりすると、「人」としての信頼関係が作れないからです。どんな提案をされても「いや~理事長に相談しないと、私の一存ではお答えできません」「その件につきましては、~と上の者が申しておりましたので、~ということでお願いします」・・・こんな対応に終始するような状態では、その「人」にまわりはついてきません。腹の中では当然「理事長・所長はなんていうだろうか?私の判断は間違っていないだろうか」と小便チビるほど不安に駆り立てられていても、それを態度に出してはいけません。シガラミは外に見せるものでなく、自分の中で消化するものです。「私」というものをまずは知ってもらう。そして「私」を知ってもらうことが組織を知ってもらうことなのです。なぜなら「私」の中には組織というものが貫かれているはずだからです。そしてもしそうでなければ、「私」として動くべきではありません。

私の場合は障害者福祉の世界の人間なので、ネットワークを作るということは、障害を持つ仲間たちが中心になるということです。だから「私」として動く時には(まあ、いつもそうですけど)「私」の中に、障害を持つ仲間たちへの思いや愛情(怒り・悲しみも含めて)を、体中にブチ込んで動くのです。威張ることも媚を売ることもせず、虚勢を張ることも無理やり陰に回ることもせず、普通に他者と向き合うのです。なぜなら、その時点での「私」は、障害者の代理人にすぎず、障害者が求めている他者とのつながりは、まずは「普通の関係」だからです。だから私も「普通」に徹するのです。

さて、4年前の研修。その時のメモで私の5カ年構想というものがありました。講義を受けながら、私なりにイメージしたものを書きなぐったのです。初公開ですが、この4年間はその時の構想に沿って私は動いています。なぞの多い私の行動の種明かしです。

1年目、まずは地域の関係者とのつながりを作ること。地域の福祉関係者・町会・病院・理解のある住民の方々・、商店街や地域の中小企業・・・そういう方々とのつながりを作ることです。地域の福祉祭りなどの実行委員や会合、地域行事への参加を通じて作りました。

2年目、学校関係者。養護学校の先生などとの信頼関係を作ること。実習やちょっとした講演のようなものも含めて活用しました。

3年目、福祉の業界関係者。「福祉作業所等のあり方研究会」に所属し、小さくなりながらも(なってねえか?!)必要な関係者とのつながりを作り、情報などを仕入れやすい環境を作ってきました。情報を仕入れやすい環境を作るということは、自分も情報発信者になることです。そのためには苦手な勉強もそれなりにしなくてはなりません。受験生の手本になるくらい(笑)影でこっそり勉強をしました。

今年4年目は「障害者自立支援法」の施行も絡みますので、行政の関係者。人当たりよく、行政の方々ともニコニコとお話しておりますが、実は4年前に腹黒~く(笑)計画していた「ニコニコ」ですので、ご了解ください。つながりとしては予想を超えて広がってしまい、少々戸惑ってはいます。先日も船橋から遠い市町村の行政関係者から障害者の趣味に関する相談の電話。・・・もう少し話しても大丈夫かな?・・・ペットの飼い方です。ちょっと顔を出してみるにはあまりに遠すぎるのでここで書きますが、ペットを飼うのは小さい子供の育児と同じです。

抱き上げ、キスをすることです。(金魚も?・・・金魚には水槽越しにしてあげてください。やっとタイトルの理由が分かった?)

さて5ヵ年構想の最後、来年は企業関係者です。そのための準備として、まだ青写真以下の状態ですが、今年会社を立ち上げました。5月1日に「会社法」が施行されましたので、ゴールデンウィーク全部つぶして準備して、5月8日に立ち上げました。これもまた受験生の鏡で、一夜漬け勉強のお手本のようでした(笑)。来年に向けて、少しずつつながり作りは準備を進めています。

このように1年ごとにスタンスを少しずつ変えてやってきていますが、なぜ1年毎かというと理由があります。準備に半年・実践に半年、このくらいのスタンスがやはり必要だからです。毎年度前半にまず手を広げます。本当にパーッとね。単なる思い付きや思い込みでなく、計画的にそれなりに準備はしているわけですから、当然つながりは広がります。そして年度後半は、それを少し縮小します(笑)。「縮小」とは二つあります。ひとつは切り捨てることです。障害を持つ仲間たちにとって、あるいは地域や社会全体の障害者にとって、プラスになるメドがたたないつながりを維持する必要はありません。(その人が「障害者にとってプラスにならない人」ということでなく、私がその人とつながる必要性があるかどうかの問題です。)もうひとつは、冒頭でもお話したとおり、「私」から「組織」に還元することです。大切な人とのつながりを「私」としてでなく「組織」としてのつながりに発展させていくことです。あるいはつながりの中での役職を、うちの職員に引き継ぎます。(面倒だから押し付けているわけではないのですよ。誤解しないでね。あっ今日福祉祭りだね。頑張ってね。)

こうして身軽な状態に戻りながら、年度後半から、翌年の準備をするのです。これが私のスタンスです。

5ヵ年構想の集大成としては、これらのつながりをひとつに束ねて、ひとつの形にすることです。それは障害者の雇用と就労の支援、これにつきます。会社作りもそのための準備でした。だからこの時期を選んで立ち上げたのです。私の行動原理の種明かしです。この時期の種明かしも計画どおりです。あ~すっきりした~。不眠と便秘が治るかな?

そして参考になったかな?はやく追いついてこいよ!立ち止まって待つことはしないけど。誰のために書いているか分かるだろ?

坊やと小娘。

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2006年10月27日 (金)

ドラゴンズ、日本一に・・・

ドラゴンズ、日本一になれませんでした。(↓過去記事)

http://kanpasu2004.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_29cf.html

1週間、日本シリーズのことしか頭になく、ろくな仕事もせず、すぐに帰ってしまい、後半はイライラしっぱなしで、みんな本当に申し訳なかった。

気持ちを入れ替えて、今日からいい仕事をします。

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2006年10月21日 (土)

一部昇格!

最近次男は歌ばかりうたっている。現在、1歳5ヶ月になって言葉もまだあまり多くないのだが、歌う時だけはハッキリとした言葉でうたう。童謡なら10曲以上はすでに歌える。長男と違っていらぬ気遣いはせず、「わが道を行く」タイプなので、「意志を伝える」=言葉よりも、行動の方が先に立つ。しかし「意志を伝える」という目的でない「歌うこと」については、とにかくこだわりを持って練習している。

そんな次男が先日同じ歌を一日歌い続けていたという。

「あじゃお~ ちえ~ あ~う~」・・・ばあちゃんが「この『あじゃお~』を一日歌ってたのよ。何の歌だろう?」と私に聞いてきた。

もしかしてあの曲?いやいや知るはずがない。じゃあ何だろう?でもやっぱりあの曲?

私は心歌(こうた)の前で少し口ずさんでみた。

「I just called ~」 

すると心歌は続けた。「ちえ~ あ~う~」

やっぱりそうだ!スティービーワンダーだ!

I just called to say I love you.

私と心歌が一緒に歌っていると、長男・風歌(ふうた)も入ってきました。風歌はサビだけでなく、もう少し歌っていた。3人で歌いました。

私がこの歌をはじめて知ったのは中学生の時、1歳下の妹が部屋でいつも歌っていて、それを聞いて覚えてしまったのです。スティービーワンダーの歌声よりも、今でも妹の声が記憶されています。妹が歌っているのを聞いて覚えたスティービーワンダーの曲を、いつの間にか私も口ずさんでいたりするのでしょう。それを長男が。そしてそれを次男が・・・。歌っている時の顔まで妹そっくりです。

I just called to say I love you.

ところで、昨日監督会議がありまして、千葉県障害者ソフトボール大会で「とまりぎソフトボールクラブ」の一部昇格が決まりました。

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2006年10月19日 (木)

みんなと一緒に遊んで来い!

「障害者の働く場かんぱす」の10周年を記念して11月に台湾旅行を企画しています。30人近くで海を渡ります。今はパスポートの申請などの手続きで忙しくしています。

今日は「かんぱす」の「職員」であるT君が6人を引き連れて半日かけてみんなのパスポートを受け取りに行きました。

話は変わって先日の7作業所合同の職員会議では「みんなの引率の仕方・関わり方」についてみんなで勉強をしました。各作業所の所長クラス3人ほどで分担してシミュレーション。80人ほどの障害を持つ仲間たちを無作為に5名選び、「自分がこの5人を連れて外出するにはどう動けばいいか」・・・それをその場で瞬間に考えて即答するというものです。考える時間など与えません。現場ではそんな時間はないからです。「どう動けばいいかなあ」と腕を組んで考えている間に、1人2人はすでにフラフラと動き出してしまったり座り込んでしまったり、転倒する恐れのある仲間たちもいます。そんな学習を会議で盛り込んだのです。

話は戻って、この日T君がパスポートを取りにいくのに6人を連れて行きます。一瞬の隙に走り出す恐れのある仲間、何度も迷子になり大騒ぎになったことのある仲間、一人でフラフラしてしまう車椅子の仲間、おしゃべりが止まらずその人のおしゃべりにつかまると周りが見えなくなってしまう恐れのある仲間・・・よりどりみどりです。

「職員会議の成果を試す時だな」・・・そう思った私は「T君、どうやって動くつもりかを話して」と質問。T君は即答。「A君の車椅子はB君とC君が一緒について離れないようにします。D君は外ではやはり危険なので私がずっと横についています。E君も迷子の恐れがあるので基本的には私のすぐ近くにいてF君と一緒に歩いてもらいます。」・・・「OK!俺と同じ考えだよ」と私。自信を持って6人は出発していきました。

それから1時間半後、T君から電話。「もう終わったのかな?」

「すみません。日付をちゃんと見なくて・・・。パスポートができるのは明日でした!」

忙しい仕事を工面して、なんとかパスポートをもらいに行く時間を作ったのです。私は怒って言いました。

「そこまで行ってしまったんだから、そこでみんなと一緒に遊んで来い!」

作業所が開所して10年、いままでいろんな人にいろんなことでたくさん怒ってきましたが、「遊んで来い!」と怒ったのは初めてです。言われたとおり7人で遊んできたようですが、ハプニングもなく無事に帰ってきたのは、職員会議の成果といえるのかもしれません。

次の会議の議題は決まりました。「パスポート申請時の日付の見方について」です。

でも今日の動き方としてはバッチリだったよ。

*ココログのメンテナンス工事にぶつかり、記事の発表が2日間遅れました。

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2006年10月15日 (日)

週末地域福祉の歩き方

最近「育児」の記事ばかりで「ちゃんと仕事をしているのか」とお思いの方もいらっしゃると思いますが、もともと大した仕事をしているわけではありませんので、その点はご理解ください。「大した仕事」をしているのは、障害を持つ仲間たちです。そしてそこに寄り添う「職員」と呼ばれる仲間たちです。

さて、今は日曜日の昼間。この土日について今日は書きます。

昨日土曜日は、朝からフラッと「障害者の働く場クローバー」へ。春になればまたうちを希望して養護学校の生徒さんらがたくさん入ってきます。今の場所だけでは狭すぎるので、新たな作業所=店の場所探しです。行きつけの不動産屋(笑)などを回ります。この近辺の不動産屋は、障害者自立支援法について、少なくとも他の地域の不動産屋よりは詳しいはずです。なぜなら、私が説明して回っていますから。地域活動支援センターの家賃補助の計算方法なども既にご存じです。この季節に私がフラッと不動産屋に行くと、それだけで「また増やすんですね」とすぐに了解されます。まずは私のイメージの話をします。それに合う物件をいろいろ探してくれます。あるひとつの不動産屋の奥さんがしばらく実家に戻っていたことも、そしてその理由も私は知っています。「お父さんは?」「ええ、結局亡くなりました。でも100歳まで頑張ってくれたから・・・」「そうですか」。

フラフラ歩いていると、地域の顔と呼ぶべきオバチャンたちにもあちらこちらで会います。これからの構想などいろんな話をしながら情報収集。この方法が一番いいのです。もちろん身の上話なども織り交ぜながら。いろんな悩み・いろんな問題を抱えながらみんな自分の人生を生きている。その事実は障害あるなしに関係ありません。息子さんとの関係、自分の体調のことや老後のこと、かわいい孫の話、くだらない(失礼!)近所の噂話・・・。そういう話にも付き合います。付き合わされます。

この日は物件については収穫なし。うちの職員の事業構想はどんどん広がって具体的になってきています。なんとかそれに追いつくようにベースを用意してあげなければいけないのに・・・。

午後は、近所の在宅の障害を持つ方のお宅に訪問。私個人として、たまにこうして訪問したり外に連れ出したりしています。自分が若い頃、障害を持っているがゆえに社会から・会社からさんざん受けてきた辛い思い。40年経っても若い障害者たちは今でも同じように辛い思いを背負って生きている。そんな社会が少しでも変わっていくことが彼の夢であり願いであります。私の夢や今後の構想や今の福祉行政の動きなどをお話しています。とても目を輝かせて聞いてくれます。私自身もなんとなくダラダラと惰性で仕事をしていたりする時、こうして訪問してその方と話をします。「このままじゃいけない」とピリッとします。

近所まで戻ってきたので、一度自宅に戻り子供たちを連れてまた福祉作業所などに行きます。

「生活ホームあかり」ではYさんが庭の草取りをしていた。「今日はやることないから草を取る」・・・「仕事」としては草取りが一番嫌いといっているのに・・・。そこに近所の子供たちが集まってきました。5~6人の子供たちが虫かごを持って生活ホームに結集。虫かごの中にはヤモリやトカゲ、カマキリやその餌としてのバッタがたくさん!生活ホームに暮らす障害を持つ仲間たち、近所の愛すべき悪ガキたち、うちの子供たちが輪になって遊んでいました。5歳のお兄ちゃんが3歳のうちの息子にカマキリなどを触らせてもらっています。息子は大喜び。ヤモリのお腹を触らせてもらったり・・・。近所の4歳のお兄ちゃんが一言「このヤモリ、腹筋ないねえ」。このすばらしい一言に逢えただけでこの日の私は幸せになりました。調子に乗って「おじさんは腹筋強いぞ!」とシャツをめくると、悪ガキたちが次々と私のお腹に思いっきりパンチ。我慢して平気な顔をしていました。これも私の地域福祉のスタイルです。

地域(近所の悪ガキ)と施設(生活ホーム)の垣根、そして私の私生活(息子たち)その三者の垣根はこの空間にはありません。地域も福祉も家庭も全部ゴチャ混ぜにして生きていくスタイルは、実は「とまりぎ」の30年来のスタイルです。

「とまりぎ」の創設者・岸本は30年前、在宅障害者を訪問し、「地域に出よう。ともに働こう」ということを呼びかけて回り、「とまりぎ」ができました。岸本は、障害を持つ仲間をその自宅まで迎えて、そのお宅に自分の子を預けてから福祉作業所にきていたと聞きます。えっちゃんのお母さんに自分の子供を見てもらっていたのです。今のように福祉作業所への補助金制度もなく完全自主運営をしていた作業所で岸本自身がとっていた給料が当時5万円。障害者には多い人で6万円払っていたと聞きます。極貧生活の中、障害者の地域での生活を支えるために、彼は同時に自分の生活も支えてもらっていたのだといいます。えっちゃんのお母さんがよく言っていました。「岸本さんは、仕事に熱中しすぎて、うちのえっちゃんを送ってくれるのはいいんだけど、自分の子供をうちに忘れて置いて帰っちゃうのよ(笑)」・・・こんなエピソードも残っているようです。そんなえっちゃんのお母さんが20数年後、体を壊し動けなくなった時、えっちゃんとえっちゃんのお母さんの生活を泊り込みで支えてくれたのが、岸本の娘さんでした。そんなえっちゃんのお母さんも他界。天涯孤独になったえっちゃんは今生活ホームで仲間たちと暮らしています。

そしてその生活ホームの庭でこの日作られていた仲間たちと近所の子供たちとうちの子供たちの輪。私の知らない「とまりぎ」創設期をイメージしながら私は考えました。「とまりぎの歴史と理念のわずかひとかけらでも、継承できているのだろうか?」。

土曜日はこんな一日でした。

今日日曜日は朝からチラシ配りの作業を行う仲間たちの送迎と、「前原地区福祉祭り」への顔出しとあいさつ回り。今日も昨日以上にたくさんのエピソードに恵まれましたが、もう疲れたので書きません。(仕事もたまっているし・・・。)

10月11日、千葉県は全国初の「障害者差別条例」が制定。障害がある人もない人も当たり前のように地域で暮らす。そのための背景が「条例」として制定されたのです。

ここで少し、威張っちゃおうかな?

千葉県には「とまりぎ」があります。

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2006年10月12日 (木)

幼稚園問題

幼稚園問題について、コメントをいただきました。また最近は仕事の関係者の方々から「幼稚園決まりましたか?」とよく聞かれます。

私の妻のブログをご覧ください。答えが書いてあります。

http://kurasitanosi.blog60.fc2.com/

なお、妻はもうひとつブログみたいなものを書いているそうですが、見せてもらえません(笑)。

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2006年10月11日 (水)

ただいま福祉作業所の昼休み中!

福祉作業所の昼休み。障害を持つ仲間たちが、ビラ配りなどの仕事から帰ってきます。さわやかな秋晴れに似合うさわやかな汗(?)。

「学習塾のビラ、6丁目は全部終わったから、午後から3丁目に行きます」とハマちゃん。そして続けてこういいます。「あの通りの○○(会社名)がつぶれちゃったよ。今日、片づけをしてた。なんでだろう。みんな頑張ってなかったのかな?」

本当に潰れたのかどうかは見ていないので私は分かりません。建てかえ&引越しかもしれません。そしてもし潰れてしまったにしても、従業員の方々が「頑張ってなかった」から潰れるわけでは決してありません。

「それは違うよ。みんなが頑張ってなかったから潰れたんじゃないよ」・・・私はそう言おうとして、やっぱりやめました。そして質問を変えました。「うち(福祉作業所)が潰れないためにはどうすればいい?」・・・「大丈夫、ぼくが一生懸命働けばいいから。」とハマちゃん。

みんな、こんな気持ちで働いているんですね。

毎日毎日、いろんな町でいろんなビラを配っている仲間たち。その町並みのちょっとした変化も彼らは気付くのです。そして、黙々と仕事をしつつ、きっといろんなものを感じているのです。地域で働く誇りをベースにして。

今日の昼休みはたいへん静かでしたが、なんだか気持ちが暖かくなりました。さて、午後の仕事です。

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2006年10月 8日 (日)

気になる話

妻が面白いことを言ってきた。

「本当に好きなこと、本当にやりたいことは、『やるぞ』と思う前に、もうやってるんだよね。きっと。だから『やりたい』と思いながら、まだやってないことは、やりたいことや好きなことの順番としては、下の方なんだよね。あなたは音楽と絵でしょ。考える前にすでにやっていることは。」

「確かにそうだね。ぼくにとって、音楽と絵は、『歌いたい、描きたい』と思う前に、いつもここにあるね。」

「私は何かなあ、本を読むことだなあ。誰が何と言おうと、私は本が好き。」

そんな会話をしたのが今日の朝。ところで妻の「『やりたい』と思いながら、まだやってないこと」っていったいなんだろうか?何かあるから、こんな話を切り出してきたんだよなあ、きっと。

何だろうか。

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スポーツの秋

今日は、長男が通い始めた幼稚園ではじめての運動会。なのに私はソフトボールの試合。高芝地区の町会ソフトボール大会に「とまりぎソフトボールクラブ」として参加。町会のチームに混じって、障害をもつ仲間たちのチームがのびのびとプレーしてきました。結果は0-15で惨敗。でもとても楽しかったです。途中、妻からの運動会速報として、息子の活躍シーンの写メールが送られてくる。「親父が見たら、感動してきっと泣いちゃうよ」と妻。飛んで行きたかったが、生活ホームでの父兄との面談も予定されていた。その後でも飛んで行きたかったが、面談の報告や今後の事業構想の相談を理事長にしなければならない。

その頃には息子は家に帰っていた。熱が38度5分。グッタリして寝込んでいた。そんなスポーツの秋。妻も産休以来休んでいた婦人バレーボールチームに復帰。

先週は「白井梨マラソン」の引率。再来週はYMCAチャリティーランの引率。と東葛地区の障害者ソフトボール大会、その後は「成田POPラン」・・・。スポーツの秋は12月まで休みなく続きます。

親父は遊んでるわけじゃないんだよ・・・。笑っているけど、お仕事してるんだ。

次男の自由への渇望はどこまでも膨らんでいく。産まれてすぐから、抱かれると「離せ~」と暴れていた心歌(こうた)。束縛の一切を拒絶する。洋服まで「束縛だ」と脱ぎたがり、布団は一切ダメ。その範囲はどんどん拡大し、部屋の安全対策の囲いや、ドアが閉まっていることさえも「束縛だ」と大騒ぎ。そのうち、家そのものも彼にとっては自由を奪うものになるだろうし、いずれ「日本は狭すぎる」と飛び出すのだろう。でも私は密かに彼に憧れている。

そんな心歌(こうた)は音楽が大好き。中でもスティービーワンダーを聞くと、踊りだす。ソウルミュージックが体に合うようだ。今ではハーモニカを上手に吹いて踊っている。まだ1歳なのに。このブログの左にあるトラックバックで心歌の誕生日の出来事を調べてみたら、なんとスティービーワンダーと同じ誕生日だった。ちょっとビックリ。ソウルミュージック・・・漢字で書けば心(ソウル)歌(ミュージック)、つまり心歌。

この人は、いつかハーモニカとギターをもって、どこか赤茶色の大地に飛んでいくんだろうな。俺も連れて行ってくれよ!俺のギターとお前のハーモニカで、南部の黒々とした小粋なオバチャンでも見つけ、一緒に歌いたいな。ブラインドレモンジェファーソンのラビットフットブルースあたりをね。

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2006年10月 5日 (木)

イヤラシサを隠して・・・。

今日は朝4時におきて、障害者自立支援法の利用者負担事務手続きなどの勉強をしようと思ったら、職員から「宿題」メールがきていた。「今後の事業の展望・構想、みんなの仕事、採算ベースなどを考えてきて」という「宿題」。その構想がなかなか面白かったので、予定変更で朝からその宿題の添削をしていた。7時になっていつも通り、仲間たちの送迎。仕事の準備。そして県庁の方々をお迎えする。「県民だより」の写真撮影。昼から市役所に行き、障害者自立支援法に基づく地域活動支援センターの書類を届ける。眠くてたまらなかった。そこに取引業者から「今から30分後にお支払いに行きます」と電話。今月はみんな頑張ったから、すごい額の入金だろうなあ・・・。これで目が覚める。戻って領収書の準備、業者の方との打ち合わせ。

今は養護学校などの実習生の出入りが多い。変化を嫌う障害者の仲間たちには落ち着かない日々。なぜかゴミ箱を気にする仲間たち。自分の思い通りの配置でないと落ち着かない。それぞれが別のものを気にするなら対処できるが、同じゴミ箱のフタを少しいじったり、場所を少しずらしたり・・・。他の仲間も同じものを気にしているから火花バチバチ。今日はたくさん怒りました。

夕方、みんなにとっては待ちに待ったお給料日です。みんなを集めて下半期に向けた決意を話す。「上半期のそれぞれの反省を、これから先の6ヶ月に活かそうぜ」という内容の話をしたが、みんなは「早くその給料を渡せよ!」という顔。(それだけ頑張ったんだからなあ。)

一番多く給料をもらったO君の給料の中味を、本人に頼んであえてみんなに見せた。福沢諭吉がずら~り。「すげ~」「こんなにもらってるの?」仲間たちから驚きの声。(これを待ってたんだよ)

「みんな一人ひとりがどうすればこれだけもらえるようになるのか、考えてみようよ」「仕事中ケンカしてたらダメだよな」「遅刻もダメだな」「仕事のパートナーを好き嫌いで選ぶ人も伸びないよな」・・・そんな話。(少しは気合が入ったかな?ゴミ箱お兄さんたちも・・・。)

みんなが帰った後、私は福祉作業所をあとにして、6時半から私の会社の加盟する経営者団体の講習会に参加。税制改正や交際費の扱い方の変更点などの講義。難しくてその場ではぜんぜんわかんねえ~。「わかんない顔してるのはオレだけかな?」とキョロキョロしていた。学生時代、クラスにこういうキョロキョロいたよなあ、と思いつつ。

いろんな社長さんとお話。何年か前、仲間たちの就職場所を探したり、企業から仕事をいただくために、これらの会社を私はいくつ頭を下げて回っただろうか。その時、扉の向こうで会うこともできなかった社長さんたちとこうしてお話をしている。

私は邪念を振り払うのに必死だった。今はイヤラシサを隠して、ひたすら清潔に挨拶するほうがいい。でも頭の中はイヤラシサであふれかえっていた。「この会社のこの業務だったら、あいつ就職させてもらえないかなあ」「この仕事の一部をあの作業所に発注してくれたらあの作業所は喜ぶだろうなあ」「このアイディア福祉の世界に欲しいなあ」・・・頭の中はそんな邪念であふれかえっていた。魚釣りで、魚がウヨウヨいるのが見えてている場所に糸をたらす心境だ。(こういうケースはあまり釣れないんだけどね。)税制改正の勉強などすっ飛んでしまうくらい。でも今ここで営業に入るわけにはいかない。自然とそういう話ができる雰囲気になるまで、ニコニコしていた。

人間、イヤラシサを隠そうとすると、やたらと腰が低くなる。「この物腰は営業マンだな。社長さんたちの中で営業マンスタイルでいたら、目立って嫌だな」・・・それでは、とばかりにふんぞり返ってみたりもしたが、これがまたへたくそでダメだ。「税制改正のお勉強に専念しよう。オレは高校生の時、前に座っている女の子にクラクラしつつも、邪念を振り払い数学の問題を解いていたじゃないか。あの魂だ!勉強するぞ!」

とにかく疲れた。でもこういう場違いな場所で、障害を持つ仲間たちのために勉強したり必要なつながりを作るために悪戦苦闘したりすることは、決して無駄ではないな。そう思って家路を急いだ。

もう寝ます。明日は福祉作業所の職員会議。あまり私はガミガミ怒らず、前向きに話を作ってみたいと思っています。(え?無理?どうせ怒る?)

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写真

今日は千葉県庁の方々が、私たちの福祉作業所にこられ、「県民だより」のトップ写真になるかもしれない写真をたくさんとってくださいました。

あたりまえのように地域の中で仕事をしていた仲間たちは、いざカメラを向けられ多少ぎこちない部分もありましたが、カメラが向いていようと仕事は仕事。いつも通りきっちり仕事をしてくれましたので、もしかしたら11月の「県民だより」に写真が出るかもしれません。船橋市内あちらこちらで障害を持つ仲間たちが地域の中で当たり前のように頼られ、認められ、受け止められ生きている。

「とまりぎ」の代表・岸本が30年かけて作ってきたこの船橋市内での地域福祉の進展。たった1枚の写真とはいえ、その理念と精神が千葉県全体に、そして全国に広がっていけばいいな、と思います。

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2006年10月 3日 (火)

仕事をこなせる・こなせない

福祉の仕事の基本は、人と関わることです。人と関わる時間を充実させるためには、それ以外の「自分の仕事をこなす」ということが実は大切になってきます。そこをどう考えるか、という記事です。関心がある人、関心を持つべき人だけ読んでください。

誰でも仕事をこなせた時はあるし、こなせない時もある。こなせなかった場合の自分の傾向というものがある。自分の傾向を自分自身はどう見ていて、他人は自分をどう見ているのか、そのつながりをつかむことが「自分の傾向を知る」ということです。自分の傾向を知った上で、それはどうまずいのかを考えることが何よりも大切。そのためのひとつのシミュレーションです。

あなたに鉛筆と色鉛筆、そして画用紙が一枚渡されました。仕事の中味は「森の絵を描いてください。10分以内にお願いします。」というもの。この仕事、あなたはこなせませんでした。自分がこなせなかった理由を、以下のタイプから選んでください。

 

 A:「絵を描くのは苦手だなあ…困ったなあ」と思っている間に時間切れ。

 B:「描こうとは思ったんですけど、鉛筆が折れてしまって描けませんでした」という理由がついてくるタイプ。

 C:「急に言われてもできないよ。」「10分でできるわけないよ」とブツブツ言いながら結局は投げてしまうタイプ。

 D:「自分は苦手なので、○○さんが代わりに描いてくれるといっていました。たぶん描いてくれたと思います」というタイプ。

 E:鉛筆でサッサと書き上げ「終わりました」。色がついていないことを指摘されると「色鉛筆を使えという指示はされていません」と言い返す(あるいは腹の中でそう思う)タイプ。

 F:1本の木を一生懸命葉っぱまで丁寧に描き、それに時間を費やし、途中で「このペースでは終わらない」と気付き、あとになって「やっぱり10分では無理です」というタイプ。

 G:1本の木を一生懸命葉っぱまで丁寧に描き、それに時間を費やす。結局1本だけ丁寧に、あとは適当に「やっつけ仕事」をするタイプ。

 H:途中まではスムーズに描きあげ、色を塗る段階で「葉っぱは春夏なら緑、秋なら枯葉の色、冬なら葉っぱは無し。どの季節の森を描くべきか」を質問しようと思っている間に時間切れのタイプ。

 I:苦手意識で手がつかず、最後にギリギリになって「白紙の状態じゃまずい」と思い、とりあえず描き始めた形跡だけを残すタイプ。

 J:その他のタイプ。

この中で、自分はどのタイプだと思っていますか? そしてそういう「こなせなかった仕事」の例を具体的に挙げてみてください。そして他の人にあなたをどのタイプだと見ているかを聞いてみてください。その上で、そういうタイプは何故まずいのかを考えてみてください。

例えば。EとHは形は違いますが、根っこの部分は同じです。仕事を指示された時、言葉で発せられた指示内容を、言葉になっていない部分までつかみとって理解する力があるかないか。そして指示どおりに行うべき領域と、自分の裁量で判断するべき領域の線引きができないということです。違う指示内容で考えて見ましょう。仕事場の上司から「台所洗剤が切れたから買ってきて」と指示されました。箱入りのケースでまとめ買いして注意されたら「ひとつだけ買ってこいとは指示されなかった」というのがEのパターン。洗剤のメーカー・銘柄の指示がなかったため「確認するまで買えない」というのがHのパターン。

「洗剤を買ってきて」という直接の言葉による指示。その裏にあるものをつかみ出すということは、①仕事場で使う洗剤。昼食後使うだけだからたくさんはいらない。②油物を大量に洗うわけではないので、高価なもの入らない。…これが指示内容を理解するということ。その上で、③常識の範囲の安さで、いろんなメーカーのものから自分で1本選ぶ。…これが自分の裁量の範囲。

これがスムーズに、指示した人の想定とズレない形で行える人が、実は仕事をこなせる人です。

最初の例に戻れば、鉛筆と色鉛筆を渡された時点で「色を塗る」ということは、言葉の指示になっていなくても前提として当然考えるべき(E)であり、季節や葉っぱの色、木の種類などは「自分の裁量」として前提にすべき(H)ことで、いちいち確認の手間をとるべきことでないのです。

そういう感じで考えて自分の傾向を整理することは、福祉の世界でも大切なことです。

もう家を出る時間。6時50分に出るのに現在6時40分。ひゃ~!

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2006年10月 1日 (日)

タイトルのつけようのない話

今は日曜日の夕方です。昨日、土曜日も販売やら会議やら「障害者就労継続支援事業」の立ち上げ準備の手伝い(要は引越し)やらで動き回り、今日も「白井梨マラソン」の引率でやっと家に帰ってきました。週末もあまり家にいられないため、たまに早く帰ってきたときは息子たちと遊ぼうと決めていましたが、妻と息子は友達の家に遊びにいったきり帰ってきません。妻の友達とは、千葉県障害者就労事業振興センターの職員の人で、うちの長男と同じ年の娘さんのいるお母さんです。せっかく遊びに行ったのだから、いい仕事ネタでも持って帰ってきてくれればいいのですが、そういうわけでもありません。話は、お互いの共通の趣味のコーヒーのことや育児のことばかりのようです。

そもそも私と妻も、あまり仕事の話はしません。こちらもやはり話題は子育てと、共通の趣味の音楽と映画、そして動物たちの話ばかりです。(交際中から仕事の話はお互いしませんでした。)昨夜の家族会議は、金魚の水槽の水の量が多すぎることの弊害について。ばあちゃんから提起があったのでそれについて話し合いました。その少し前は我が家に25年住んでいるカラスの目の大ケガについて。(おそらくは失明してしまったと思われます。)千葉市に住む私の妹が我が家のカラスの異変に気付き、「病院に連れて行ってあげなよ!」と言ってきました。羽の奇形で飛べない・歩けない・目もほとんど見えないカラス。もう老体なので病院に連れ出すのも可愛そう。獣医学の進歩と私たちの過保護で、動物たちは本来の寿命より長く生きることがあります。苦しいだけの延命が彼らにとって望まれることなのか、そんなことを話し合いました。

さて今日は「育児」についてです。(前置きが長げ~よ)

数日前、妻が「今日も一日イライラして風歌(長男)とケンカばかりしちゃった。ごめんなさい。」と夕食時に私に訴えてきました。息子は長男として、妻は母親として、それぞれ成長してきているので、以前の「イライラ」とは質が違うはずです。妻は続けます。「風歌が言うことは、いつも正しい。それは私も分かっている。でもかあちゃんはうまくできないの!だからついつい『かあちゃんだって、頑張ってるんだから認めてよ』と風歌に要求しちゃうの」といいます。長男はまだ3歳になったばかり。ずいぶんと難しいケンカをしてるんだなあ・・・。

1歳の心歌(こうた)に対して妻が注意していると「かあちゃん、もう少しやさしく言ってみなよ。笑った顔をしてみなよ」と長男は言います。また「かあちゃん、心歌にお水あげてみなよ」と長男。言われたとおり水を飲ませてあげると次男は落ち着きました。妻と次男のケンカに際しては「それは心歌が悪いよ」「それはかあちゃんが悪いよ。かあちゃん少し落ち着いてよ」・・・そんなこともいいます。こんな関係を一日続けていて、妻がとうとう「もう、いや!」となってしまったようです。

「風歌に頼りすぎているんじゃないか?まだ3歳だぞ。対等な立場で話を聞きすぎて、ゆとりがなくなっているよ。『お兄ちゃん、えらいなあ』ぐらいの気持ちでいいんじゃないか。」私はそういいました。

リフォーム中で足場に囲まれた家を見ると「ねえ、あの家つかまっちゃってるよ。束縛されてる。いやだよ~って言ってるよ」。筑波山に行った帰りには「山が泣いてるよ。風歌君が帰っちゃったよ~、さびしいよ~って泣いてるよ。風歌、泣いてる山を発見したよ。」・・・そんな長男。

真正面から向き合いすぎているから、もう少し長男とその感性を包み込むような関係をつくったほうがいいよ。それが私の意見でした。半分納得して半分納得できない顔の妻。

その夜、私は自室で仕事をしていました。書類の山と格闘している私のところに長男がやってきました。「おやじ、なにやってんの?」「お仕事だよ」。長男は窓を開けて空を指差してこういいました。「ホラ、見て。もう真っ暗だよ。真っ暗のあとは、いい天気になって明るくなるんだよ。だから今日はもう、お仕事はおしまいの時間だよ。」・・・ドキッとしました。「確かに全部片付けようとしたら、朝になっちゃうな。風歌のいうとおり、区切ることも大切だな」。さっきまでの切羽詰った気持ちと、「頑張るぞ」というモチベーションはすべて消えました。

「あと少しだけやったら終わりにするから、下で待っててね。」と私。「うん、わかった。じゃあ、下で待ってるからね。」続けてこういいます。「おやじ。あと少しでお仕事おわりなんだから、あと少しは、ちゃんとがんばるんだよ」。

一度やる気が切れたところで「あと少しはがんばるんだよ」の一言。またドキッとしました。「そうだな、最後はちゃんとやらなきゃな」・・・。納得してしまいました。

そして分かりました。妻の言う「風歌のいうことはいつも正しい。でもかあちゃんはうまくできないの!」・・・こういうことか。私も短時間だが長男の一言一言に完全に振り回されていました。妻の半分納得できない顔の理由も分かりました。息子を受け止めることを妻に要求する前に、私が妻を受け止めるべきでしたね。それにしても、この人(風歌)と付き合っていくのは大変だなあ。

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