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2006年9月24日 (日)

福祉現場の右ストレート

現在、県の主催する「サービス管理責任者研修」の真っ只中です。ということは、記事にすることもたくさん出てきます。なぜならば現場を丸一日空けるということは、それだけハプニングが起こる可能性が高くなるからです。それだけでワクワクしてきます。あいつら、俺がいない間に、いったい何をやらかしてくれるのか・・・。会場には600人ほどの研修者。このうち本当に現場に根をはって仕事をしている人はどのくらいの割合なのかは分かりません。おそらくは寄生虫のような「管理責任者」もいることでしょう。それはそれで構わないのですが。とにかく現場を丸一日空ける日が続けば、いろんなハプニングが起こりうるのです。研修参加者の中には、戻ってみたら火の車だったという人もかなりの数いるのではないでしょうか。

さて我が愛すべきハプニングです。私が研修後、作業所に戻るとA君と一緒にビラ配りに出ていたB君が泣きながら電話をしてきました。

「オレにはもう友達はいなくなった。これからはひとりで仕事したいんだ!」泣いていて、何を言っているのかわかりません。「オレは何度も謝ったんだけど、あいつが許してくれねえんだ。一方的に殴られた。オレはやり返さなかった。」

普段仲のいいA君がB君を殴ったということはおそらくよっぽどのことがあったのでしょう。話を聞く中で、どうやら民家の敷地内でケンカになり、殴られていたB君が近所の人に謝って許してもらったということ。A君はまだその現場近くに座り込み固まって動かないということが分かりました。

二人は終盤まで順調に仕事をこなし、送迎の時間と場所まで電話で指定して、職員のD君が車で迎えに行っている最中でした。好調な電話連絡からわずか20分後の出来事でした。さて、情報収集です。実は朝、イライラしていたB君が朝礼の時間に作業所の仲間のC君に言いがかりをつけてケンカをしていました。それを止めに入った職員のDにも殴りかかり、ちょうど訪問していた別の法人(グループ内の生活支援を掌る法人)の事務局長にも向かっていったといいます。また通勤途中でもケンカをしていたといいます。朝から大騒ぎだったようです。その後話をして落ち着かせて、本人の反省と精神的な安定を確認してから仕事に送り出した、とのことです。

またA君は、この作業所内で「ジャイアン」のように威張っているB君に対して唯一正面から注意できる仲間。筋肉の固まりで体のでかいB君に、A君も体では負けていません。そして普段からとても仲のいい二人。B君の多少のわがままやイライラはA君が吸収したり叱ったりしてくれます。

そんなA君が「ジャイアン」のようなB君を一方的に殴って、B君はただ謝っていたといいます。よほどのことがあったに違いありません。

私のいままでのやり方なら、すぐに自分で現場に飛んでいって解決を図ります。しかしこの日は腹が据わっていました。うちの職員がその場でどう判断しどう解決を図るか、むしろそれを見ようと思いました。起こってしまったことはもう仕方ありません。

さまざまな問題行動で、施設や職場からリストラされてきた仲間たちが中心の福祉作業所でありながら、あえて地域のど真ん中を仲間たちの活動の場に選んでやってきています。いろんなハプニングは予想しつつその責任を取る腹づもりは常にできています。

職員のD君は、まずB君を車に乗せ、現場近くで石のように固まったA君を何とか車に乗せようと悪戦苦闘していたようです。周りには当然見物人も出てきています。「重い荷物を車に乗せるようなやり方では、彼の心に届かない。心に届かなければ、彼を動かすことはできない。」私はそう指示しました。こうした光景はすでに予想済みだったので、同じく職員のE君にも急きょ現場に向かってもらいました。「まずは彼の心に働きかけること」その上で、現場の判断はとりあえずE君に任せました。

しばらくしてE君から報告電話。A君は相変わらず固まって動かないから、とりあえず迷惑をかけた民家に自分が謝って回りましょうか、という相談。

それはダメ!直接迷惑をかけたA君が固まって沈黙を守っているのに、先回りして謝って回ることはできない。・・・私はそう判断しました。

広告代理業という事業として考えた場合、職員・E君の判断は正しいのです。上司にあたるE君がまずは謝って現場を収めること、これは必要なことです。しかし私たちの現場は「事業」としての視点と「福祉」としての視点を両方併せ持つ必要があります。迷惑をかけた民家は当時留守で、いずれにせよ事後的な報告と謝罪になるでしょう。ならばこの場面では落ち着いて「福祉」の視点を貫くことです。「事業」としての責任は私が負う。事の規模からしても「事業」的な視点での判断の結果は、私が10回頭を下げるか20回頭を下げるかの違いでしかない。そんなものは大したことではない。ひとりの大男が顔を腫らせて大泣きし、もうひとりの大男が石のように固まっていたら、当然見物客も増えるでしょう。でもそこで「職員」っぽい人たちが石を引っ張り上げようとしていたり、石のまわりで頭を下げて回ったりしていたら余計に面白い見せ物にしかなりません。腹をくくるしかないのです。見物客には屁でもぶっかけて放っておくこと。二人の心と交信することにこの場は専念すること。それが大切な場面だと私は判断しました。

「A君が座り込んでいる場所に、一緒に座ってみたら?責任は俺が取るし、周りの人は関係ないから。一晩中でも一緒に座ってみたら?」・・・それが私が出した指示です。

A君については、以前このブログで記事を書いたことがあります。長い間引きこもっていて、やっとこの作業所で社会生活の形ができてきたところなのです。最近は誰よりも優等生。一生懸命仕事をし、信頼もされてきました。しかし多少のことでクヨクヨし、落ちるところまで落ちてしまうという弱さはまだ常に抱えています。またギリギリまで我慢して、爆発してしまうという部分もあります。このふたつがあるから就職も何度も失敗し、家に引きこもっていたのです。ここで大切なのは、爆発するまで我慢するのでなく、その前に相談してくるという方法を身につけること。そしてこの日のような大失敗のあとでも(ちゃんと反省をした上で)翌日から切り替え、前を向く習慣をつけること、この二つです。以前のようにこのまま崩れて引きこもってしまうのか、それとも今回の失敗をむしろ糧として、失敗後の自分の立て直し方を身につけるのか、そういう分岐点に彼は立っているのです。立っているというか固まっているのですけれど・・・。だからこそ、「事業」としての責任云々よりも、この場面では「福祉」としての視点で相手の心に届くことを優先にするべき、そういう判断内容だったのです。

うちの人たちは、本当によく働いてくれます。時間を惜しまず労力を惜しまず、みんなのために身を粉にして毎日働いています。彼らの頑張りがあるから、「問題児」のレッテルを貼られ施設や職場からはじき出された仲間たちも地域の真ん中でこうして働いて生活ができるのです。

長い時間、彼らは固まったり泣いたり吠えたりしている二人の大男に寄り添い、心を開かせ、話をしていたようです。そうして事の全貌が見えてきました。

A君は前の日、私から「この地域はできる人が少ない難しいコースだ。明日お前とBでこのコースを配り終えたらお前を一人前として認めてやるよ」・・・そういわれていました。「一人前として認めてもらいたい」、そういう思いで彼は朝から本当に頑張っていたようです。他方のB君は、朝からイライラしていくつかのケンカをしてしまい、その後悔で消耗しきっていました。仲良しの二人の間には、最初からモチベーションにおいてかなりの差があったのです。消耗しきっていたB君は午前中10分ほどひとりで休憩を取っていたようです。その間もA君は配り続けていました。そしてひとりで休んでいるB君に対してA君は苛立ちを覚えていたのも事実のようです。夕方、とうとうA君は自分の持ち出しの1000枚(しかもあの難コースで!)を配り終えました。しかしひとりで休憩を取ったりしてずっとテンションの上がらないB君は、まだ数百枚残していました。「自分はこんなに頑張ったのに、Aさんがやる気ないから終わらなかったら、たまったもんじゃない」「Aさんが配り終わるまでずっと待っていたら、時間は遅くなるし、配った枚数の実績も自分とAさんが同じになってしまう。自分のほうがこんなに頑張ったんだから、枚数でも自分のほうがたくさん評価されて当然だ」・・・そんな思いでA君はB君のビラに手を伸ばしました。「半分わけてよ。手伝うから。」

しかしB君は後悔の固まりになっていました。朝のいくつかのケンカ。そして勝手に休憩を取ってしまったから、自分だけ遅くなってしまったこと。それらの後悔がひとつになり、独りよがりな意識になっていました。また仲のいいA君に対する甘えもあったのでしょう。「ビラを手伝う」と手を伸ばしたA君に対して、こう言い放ちました。

「勝手なことすんじゃねえよ!」

これでA君は、完全に切れてしまったのです。「朝から勝手なことをし続けたのはBさんだろ!オレはずっと頑張って、ずっと我慢していたんだ!」

「一人前」として認められたい、そんな思いでハイテンションで頑張ってきた疲労感、相棒に対する苛立ち、そして「勝手なことするな」というこの言葉、ここで我慢しきれなくなったのです。民家の敷地であることも忘れて、先輩のB君に暴力を振るってしまいました。

普段から「ジャイアン」のように威張りん坊気質のB君は、仲間に敬遠されることが多いのですが、A君だけは「友達」だと思っていました。突然切れてしまったB君のパンチを浴びながら、謝りながら反撃する気力もなくただ立ち尽くしていたようです。もちろん反撃していれば、力の差がかなりあるB君のほうが相手をねじ伏せてしまいます。しかし、ただやられるだけだったようです。

一日頑張って作業所に戻ったら「一人前」として認められ、褒められるはずのA君は、この瞬間に最悪の状態に転げ落ちてしまいました。一方、朝からまわりにケンカをふっかけ、孤立していたB君にとって唯一の「友達」だと思っていたA君のパンチは、B君を孤立の淵に追い込むには十分でした。固まっていた人・クヨクヨと泣いていた人、二人の大男のそれぞれの理由がこれです。

A君、B君の傍らには職員のD君とE君が寄り添います。少しずつ反省の気持ちも汲み取れるようになりました。2対2に分かれて、その日は夜遅くまで作業所に残っていたようです。日付変更まで数十分(笑)。私は別の作業所で同時に起こっていたハプニングへの対応で、その場から離れていました。

翌日、気まずい気持ちをにじませながら、A君とB君はお互い大好きなゲームの話をしていたようです。間にE君が入り、互いに目を合わせないながらも会話をしていたようです。みんなその日は朝から疲れきった顔をしていました。

今回のことで登場人物のそれぞれが何を学び、何を感じたのか。それをつかむのが私の仕事。ハプニングを通じて「事業」としても強化していくこと。間違いのない真剣な仕事を身につけていくこと。

時を同じくして、作業所の近所の畳屋さんから突然の仕事の依頼。腰を低く申し訳なさそうに頼み込んでこられました。イベントチラシの配布を、うちの作業所でなく別の広告代理業者(チェーン店)に頼んでみたところ、配布締切日になって「やっぱりできませんでした」と返されてしまったという。「9月24日までにこのチラシを持参されたお客様には豪華プレゼントが・・・」と書いてあるチラシを、9月20日に「できません」と返却してくるバカ事業者。ご近所さんの頼みをつき返すわけにはいきません。バカ事業者とうちの福祉作業所の仕事の質の違いを示すチャンスでもあります。

仲間たちは忙しいスケジュールの合間、手分けをしてそのチラシを配って差し上げました。大男は休日返上で、ものすごい数のチラシを配布し、イベントまでに間に合わせて差し上げました。さすが!

膝を交え、寄り添い、心を拾い上げます。そうすると見えてくるこの人たちの思い。好きになるのが当然でしょ?こいつらが。

こうしてこの福祉作業所の毎日はドタバタと、しかし着実に前に向かって進んでいくのです。

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