« 「この一歩」のための関わり方 | トップページ | 3+6+2=11 ? »

2006年8月 1日 (火)

またいつか富士山へ

先日、うちの福祉作業所に通う車椅子の仲間(通常「利用者」と呼ぶのを私は「仲間」と呼びます)が体調を崩し、私は病院に連れて行きました。3時間ほど点滴。彼は半分眠そう、しかし彼が寝てしまったら私も隣で寝てしまいそう(笑)。で、いろいろ話しかけていました。

今度みんなで筑波山行くけど、一緒に行こうな!

山? オレ車椅子じゃ難しい。遠慮する。

どうして?あれだけ「富士山もう一度行きたい」っていってたじゃん。

彼が車椅子になったのはわずか1年前。その前は知的障害者としてうちの福祉作業所に来ていました。歩けるころは本当に手に負えませんでした・・・。ちょっと目を離すと勝手に好きなところに行ってしまう。鍵が開いている車とか、玄関が開いている家とか発見するともう大変。勝手に入ってしまうんだから。家にはまっすぐ帰らず、お母さんのところには苦情の電話があとを立たない。注意されても3分すれば忘れてしまう。

そんな彼が福祉作業所の仲間たちと富士山の頂上に登ったのは、そのさらに1年前。普段は自分だけの世界で、いたずらばかりしている彼が、富士山の話になると笑顔でいつも報告してくれます。

そんな彼が予期せぬ転落事故で、脊椎損傷=下半身不随になったのは1年前。生死を境にしても「また富士山に登りたい」といつも話し、集中治療室から一般病棟に移るときも「歩けるようになったら、また登るから」と話していました。

彼は「神経は完全に断裂しており、一生足を動かすことができない。」と宣告されていましたが、歩けると信じていました。彼の知的な障害が、ある意味絶望の淵から彼を守ったのでしょうか。暗い顔や諦めた顔は一度も見せたことがありませんでした。そして「絶対にありえない」と言われていた足を動かすということ、あるとき彼は「ホラ!」といってそれを見せてくれました。ありえないことが目の前で起こり、一瞬私は途方に暮れましたが、彼の生命力の強さにただただ感動しました。

生命力の信じがたいほどの強さと前に向かう気持ち、それがあれば「不可能」をなぎ倒せるのか!前に向かう気持ちがあれば、向こう岸にある断裂された神経を、わしづかみにできるということか!

しかし実際に足がピクリと動くようになってから、彼の口から「富士山に登りたい」という言葉がなくなりました。「歩けるようになったら」という言葉もなくなりました。足がピクリと動くようになったことが、むしろその先の道のりの険しさを彼に自覚させたのかもしれません。

そんなこともあり、私は「筑波山に行こう」と持ちかけたのです。始めの答えはNO。

質問を変えました。「最近どんな夢を見る?」

点滴を受け、半分の意識の中で彼はこう答えました。

「飛行機に乗ったり、電車に乗ったり・・・」

「夢の中では歩いてるのか?」と私。

「うん、歩いてる。だけど飛行機から落ちたり電車から落ちたり、怖い」と彼。

普段表情に出したり言葉に出したりしない、いやできない、彼のトラウマです。たとえ夢の中が車椅子でもいいから、楽しい夢が見られたらいいな。

「やっぱり筑波山に行こう!怖かったら下のほうで遊んでもいいし、上に行きたかったらみんなで引っ張っていくから」「分かった、行く」と彼。

明日は彼の退院。入院中も元気なときは私が朝病院に迎えに行って、福祉作業所に連れてきていました。そして仕事が終われば病院に連れて行きます。だから退院も私が行き、そのまま彼は作業所に来るのです。作業所、家族、病院、在宅看護センター、この4者が四辺をなし、彼を頂点としたピラミッドを形成しています。あるいは4者で彼を乗せたお神輿を担いでいるというべきか。

またいつか、富士山へ・・・。

その前に海外旅行に連れて行く約束もしているんですけどね。今年の秋。

彼とはまあ、そんな関係です。

|

« 「この一歩」のための関わり方 | トップページ | 3+6+2=11 ? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118028/2893500

この記事へのトラックバック一覧です: またいつか富士山へ:

« 「この一歩」のための関わり方 | トップページ | 3+6+2=11 ? »