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2006年8月28日 (月)

今日の記事

昨日は監督として、記事を書いた。

今日は父親として、子供のストレスへの対応について、そして家族のあり方について書くつもりだったが、筋肉痛が心にも入り込み、心が筋肉痛で動かない。書く必要性は感じているんですけどね。

帰ってきてやるべき仕事を目の前にしたときから、強烈な疲労感と体のずっと奥のほうの、しびれるようなイライラ感(こういうことを私が書くと、周りが気にするから良くないんですけどね。)に支配されて、とりあえず風呂に入ることにした。

脱衣所の電気をつけると、鏡の向こうの自分の顔が、「疲れているんだから少し休めよ」と語っているようだ。朝この顔を見るとおそらくは嫌な気持ちになるだろうが、なんだか慰められているようで、その鏡の現実を素直に受け入れることができた。

次に風呂場の電気をつける。もうお化けが怖くなくなって、どのくらいの月日がたつのだろう。この電気をつける瞬間が、かつてどんなに怖かっただろうか。そんなことを考えながらも、疲労感を洗い流すことをまず第一に考えて、風呂場に一歩足を入れる。

君はその時、その時、リクガメが先に風呂にいたら、どんな気持ちになるだろう。しかも彼が「卍」の形でスヤスヤと眠っていたら?

息子がドヤドヤと入ってきて「カメさん、気持ちよさそうだね。良かったね」と一言。

いきなりカメにシャワーをかけてやったんだけど、当然だろ?あまりに気持ちよさそうに眠っているんだから、びっくりして起きる姿が、普通は見たいだろ?予想通りびっくりした姿を見ると、今度はなんだか申し訳ないような気持ちに襲われるんだ。疲労感の反対側で、一日の仕事がうまくこなせなかった苛立ちと罪悪感がこのときの気持ちとひとつに絡み合い、結局そんな気持ちを打ち消したくなる。

カメが湯船の中で、もう一度気持ちよさそうにうつらうつらと眠りにつき始めたとき、それらの気持ちは「打ち消す」というような強制的なものでなく、スーッと解けていく感じで体内から放出されるのだ。

風呂から出て妻に「お風呂、誰か先に入ってたよ」とクイズ。「誰?もしかして虫?分かった。ハナちゃん(カメ)でしょ。さっき向こう(風呂場)のほうを歩いてたから」「当たり~」。

今日はそんなところです。

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おかげさまで優勝しました。

 先日8月27日の「第23回青年学級対抗ソフトボール交流会」において、「とまりぎソフトボールクラブ」は2部トーナメント戦において、優勝することができました。ここまでこのチームを鍛えてくれた、たくさんの地域のソフトボールチームの皆様への感謝を込めて、ご報告させていただきます。

   *「青年学級」とは、養護学校・特殊学級の卒業生たちが休日などを利用してレクレーションやクラブ活動、旅行などを楽しむためのものです。

 試合そのものは1回戦から決勝戦まで、1試合あたりの平均得点17点、そして全試合毎回得点、すべて圧勝に近い結果でした。もともと普通に戦えば優勝を狙える位置にいることは分かっていました。苦手だった速球派ピッチャーへの対応もこれまで練習や試合に付き合ってくださった皆様のおかげで克服してきましたし、練習の仕方・声の掛け合い方・投げ方や取り方や打ち方、すべて皆様に教わってきたことをそれなりに身につけてきたので、「これだけの地域の方々に支えられているこのチームが負けるはずはない」という気持ちは、みんな持っていました。

  *「とまりぎ」はこの1年間だけでも、4つの町会の一般チーム、シニアクラブチーム、地域の一般クラブチーム、婦人クラブチーム、高校女子ソフトボール部(今年インターハイに出たところ)、障害者施設の職員チーム、病院デイケアのチームなど10以上のチームと交流させてもらってきました。

 しかし「敵は我にあり」…このチームの最大の弱点は<気持ち>にあったのです。ちょっとしたミスでも萎縮してしまい、普段のプレーができなくなる仲間たち。カッとなりやすく、またすぐにあきらめてしまう傾向のある仲間たち。ちょっとしたミスで萎縮したり、互いに責め合ったり、試合を投げてしまったり…そういった<気持ち>こそが、最大の敵だったといえます。

 この日も最初はいつもの悪いムード。「第1戦の先発ピッチャーY君」という発表を聞いたとき、下を向いてしまう他の選手たち。先日の地域の高齢者チームとの試合で、フォアボールを連発するY君に声をかけることもなく、結局エラーの連発で自滅して負けてしまったムードを引きずったままのスタートでした。

 しかし、そんなムードを打ち消したのは、Y君の見違えるような好投。面白いようにストライクが入るY君のピッチングに、ナインのリズムも自然とよくなります。少々のエラーは「ドンマイ、ドンマイ!」。最後はエースのH君の試運転のためにマウンドは譲ったものの、本当に見事なピッチングでした。

 

最大の敵、<気持ち>の問題に、このチームは打ち勝とうとしている。それを証明するようなエピソードが、この日は他にもたくさんあったのです。

第2戦は前年度のチャンピオンチーム。当然エースのH君の出番です。前半はエースらしい好投で大差のついた試合展開。しかし後半突然崩れてしまいました。時折気にしている手を見てみると、なんとボールを投げる右手の親指の爪がはがれて、なくなっていました。先日の試合でボールを当てて、はがれていたのです。痛みを圧してのマウンド。それを見たK君が「あの~ぼく投げましょうか?」…。気が優しく、どちらかというと消極的なタイプのK君が、積極的に自ら申し出てきたのです。

そのK君も前の試合でセンターの打球を追うとき足の付け根を傷めていて、試合中以外は立っていられないほどだったのです。「大丈夫なの?」「走れないけど、投げられます。」…それよりもH君を心配していたのです。

そんなK君の<気持ち>に託して、決勝戦はK君の初登板です。ナインも緊急登板のK君を励まし支えます。フォアボールが続いたときには、みんながマウンドに行って声をかけています。

大ファインプレーも出ました。レフトに抜けようかという強烈な当たり、サードのMさんが飛びついてボールを捕まえにいきます。強い打球はMさんのグローブをはじいて転がっている。しかしそこに詰めていたショートのN君がそのボールを拾い上げ、身を呈してファーストに送球。今度は難しいバウンドをファーストのSさんが体を張って抱きかかえるようにキャッチし、間一髪アウト。支えあう心がMさん・N君・Sさんと受け継がれた見事なアウトでした。

他にもバックホームでアウトにする「1点もやらないぞ」というプレー。冷静にフォアボールを選んで次のバッターにつなごうという姿勢。支えあう心が、最大の敵、一人一人の<気持ち>の問題を克服したのです。

優勝の瞬間はまさに歓喜の瞬間でした。一人一人が、<気持ち>の問題に打ち勝っての優勝なのです。そのことを感じあえたから、あれほど仲間たちが互いをたたえあい、喜びを分かち合えたのです。そして今、この喜びを、ここまでチームを支えてくれた地域の数々のチームのみなさんと分かち合いたいのです。これまで本当にありがとうございました。

是非、秋の「ゆうあいぴっくソフトボール大会」にも勝って「2大会制覇」を達成したいです。また胸を貸してください!

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2006年8月24日 (木)

まだまだ勉強!~相談支援事業編

 今日で「障害者相談支援従事者研修」が終わりました。演習の3日間、とにかく勉強になりました。これまでたくさんの相談を受けてはきましたが、入り方・引き方・広げ方・深め方、全部経験の蓄積だけで対応してきたような気がします。そしてそえゆえに客観的な自分の傾向などを振り返ることがあまりできずにきました。それはそうですよね。自分の経験から自分の傾向を拾い上げることは至難の業ですから。今回ケアマネジメントの方法論というものに触れて、自分の傾向を客観的につかむことができました。それが一番の収穫です。それといかに勉強不足であるかを身にしみて知りました。主催された県の障害福祉課の方々、講師の方々、ほんとうにありがとうございます。とくに講師の方々は日に日に疲れが表情ににじみ出て、その疲れの見える表情から、いかに真剣に障害者の相談事業というものを考えていらっしゃるのかを垣間見ることができました。我々、未熟な受講生に対する憤慨の気持ちも当然持たれていたと思います。その気持ちこそ実にありがたいことです。

課題を多く抱えながらも、一応終了認定証をいただき、ため息交じりですが「頑張らなきゃな~」と思い、会場を出て歩いていると、後方から呼び止められた。「あの~ちょっと聞きたいんですけど」

おおっ相談支援のクライアントの第1号がもう来たか!研修の成果の見せ所です。

「あの~陸ガメのオスとメスはどうやって見分けるんですか?」

私は答えました。「尻尾の根っこの太いほうがオス。おしっこの穴の位置も少し違うんですよ・・・」一方的に答えてしまう私。

すると「食べ物は亀餌ですか?」とか「ロシアの亀なんですけど、どのくらいで大きくなるんですか?」とかと質問。

「亀餌はあげすぎるとダメですよ。栄養がよすぎて体の成長に甲羅の成長が追いつかず、甲羅の形がゆがんできてしまうんです。やっぱり葉っぱが中心のほうがいいですよ。葉っぱもほうれん草はダメ。アクが強いから。小松菜かチンゲンサイ。一番いいのはタンポポ。でも道端に生えているのはだめ。排気ガスとかあるから。ちゃんと公園とか山のほうから採ってきて・・・」「大きさはこのくらい。オスのほうが若干小さくて、もともと小さい個体の子なら、それ以上あまり大きくならないかも・・・」またも一方的に答えるだけ。

研修でも「アセスメントができていない」「ニーズをつかみとることができていない」「相手の過去と現在と将来の生活の全体像がイメージできていない」といろいろ指摘してくれました。

そのクライアントのカメは一匹なのか複数なのか。一匹だとしたら尻尾の太さの比較を言っても話が噛みあいません。なぜオスとメスの違いが問題になるのか。子孫が欲しいのか、名前をつける際の判断基準なのか。「オスとメスの見分け方を知る」というニーズのもうひとつ先のニーズをつかみとることができないのです。ただ一方的に答えを並べているだけなのですから。「ロシアのカメ」といっても「ホルスフィールドリクガメ」(別名ロシア陸ガメ)のことを指しているのかさえ確認していません。なのに「このくらいの大きさにしかなりません」と無責任な答えをしてしまったのです。その子の甲羅や顔の形、特徴などを聞いて見なければ断定できないのです。もし間違って「ケヅメリクガメ」だとしたら大変です。数年で50cmほど、最終的には80cmほどになってしまいます。そういう可能性をおくならば、そのカメの住環境を知る必要があるのです。部屋で住むのならば、水槽では無理。部屋で普通に暮らすしかありませんが、その場合「紙おむつ」をつけないと大変なことになります。ウンチとおしっこを一日数回。「紙おむつ」も自立支援医療からは費用が出ません。経済的なことも問題になります。「相手の世界をイメージする」それを最初のアセスメントでどれだけできるか・・・その点で失敗しているのです。

「亀餌はダメ」「タンポポがいい」とすぐに答えを押し付けてしまうところもあります。でもこれは危険でさえあります。実はうちはかつてカメの定期健康診断(*1)で、甲羅の変形を指摘され、亀餌から自然食への変更を指示されたことがあります。長年亀餌で育ってきた子に「亀餌はあげない。タンポポを食べなさい。食べないのはお前のわがままだ!」という対応をしてしまいました。カメは数日間ハンガーストライキ。危険になってから私たちは反省して、週に1回、2回とタンポポを増やしていき、自然と慣れるよう、その後関わり方を変えてやっと定着しました。そんな経験があったのです。その子がどんな食生活なのか、誰がどう食事を与えているのか。その後お風呂は入れているのか。ウンチはどこでどうしているのか。温度は何度に設定して湿度はどう管理しているのか。(湿度管理で失敗するとかなりのダメージを受けます。)カメの全生活をイメージする場合、そういうことがまず問題になるはずです。それが問題にならないような「インテーク」を行っているのです。

・・・(*1)うちの長男がお腹の中で妊娠10ヶ月目のとき、カミさんが私のトラック(うちのマイカーはなぜかトラックでした)の荷台にカメを乗せ、ひとりで運転し、専門医に行ってカメの健康診断したときのことです。一歩間違えれば、うちの長男はカメの病院で生まれるところでした。・・・

さて私の面接技法を「ケアマネジメントの7原則」に照らし合わせてみましょう。

①個別化の原則・・・「ロシアのカメ」というだけでホルスフィールドの一般的な飼育法を対置しているだけで、その子に即して考えていないのです。

②意図的な感情表出の原則・・・相手からプラスの感情を引き出すのに失敗して「ダメ」「ダメ」で終わってしまっています。

③統制された情緒的関与の原則・・・「ちゃんと答えよう」という気持ちが先にたって、一方的な対置に終わっている以上、情緒の統制には失敗しているのでしょう。

④受容の原則・・・「ダメ」「ダメ」では、まず受け止め・受け入れるということに失敗しているということです。

⑤非審判的な態度の原則・・・「審判的態度」そのものです。

⑥自己決定の原則・・・カメそのもののニーズをつかみとっていません。カメが欲する食べ物とこちらから健康面に留意して勧めるものの違いをどうすり合わせるかという視点・それ以前にそのカメは何を食べたいのかという視点がないのです。これでは「自己決定」につながりません。

⑦秘密保持の原則・・・「相談の内容について、秘密は厳守するという原則をきちんと話す」という接し方ができていません。このブログもそのカメの同意を得ていません。

やはり頭で理解することと、それを方法論として実践に適応することではまるで違います。学んだものが血となり肉となるためには、たえず自分の実践を振り返り、自己省察することが大切です。

また頑張ろうと思います。

(追記)

この記事、もちろんふざけていますが、現場の仲間たちにはヒントとなるようなことを盛り込んだつもりですので、みなさん2回目は真剣に読んでくださいね。所長より。

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2006年8月23日 (水)

ご無沙汰しています。

ご無沙汰しています。最近苦手なお勉強の日々で、ちょっとつぶれております。いろいろなところでニコニコしてご挨拶申し上げていますが、そのニコニコはインチキですのでお察し下さい。「いつ更新されるんだ!」というお怒りの声が、アクセス数の裏側に見えてきそうです。落胆された方、とりあえずうちの職員が書いたHPをご覧ください。

http://www.fnetkoubou.com/sub4.html

また「子育て」からブログに入ってこられた方々には、さらにご無沙汰しております。近々「3歳児の受容としつけ」というタイトルで書く予定でいましたが、しばらくお待ちください。うちの長男・風歌(ふうた)の将来の恋人(?)桜ちゃんのブログをここではご覧ください。長男・風歌(ふうた)と次男・心歌(こうた)もたまに出演させてもらっています。

http://blog.goo.ne.jp/hskz/

ではこのへんで。

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2006年8月14日 (月)

遠い憧れについて他、3話

軟弱で四角いものが転がると、ただそれだけで傷がつく。硬質で四角いものが転がると、ただそれだけで周りを傷をつける。

これが人間だとして、あるいは筋肉のかたまりだとして。

力を入れて思いっきり固くなって転がれば周りを傷つけ、それをせずに転がれば自分が傷つく。

どっちも嫌だから、四角いものは丸いものに憧れる。丸いものはいくら転がっても傷つかないんだから。

だが丸いものも、実はひそかに、四角いものに憧れる。その憧れは、たとえ小さくとも深いものとなる。それは遠い憧れだからだ。

四角いものは転がっていれば、いずれ丸くなるか、少なくともその希望だけは維持できる。しかし丸いものがいくら転がっても、四角いものには戻れない。

<そういう登場人物で、第1話>人を大切にするということ

丸いものでも、かなりの打撃を受ければ、割れてしまい、丸いものでなくなることもある。しかしそれはもう転がることはできない。半球になってしまったものは、もはやサイコロのようにさえ、転がることはできない。だから決して壊してはいけない。

<第2話>働くということ

転がり方の鈍くなった丸いものは、ゆがんだ丸いものに形を変えてしまうことはある。放置されたゴムボール。そうなってから、また転がり始めようとしても、転がる先を自分でコントロールできない。自分でまだ丸いと思っている場合はさらに困ったことに、正しい道を進んでいるつもりで、道を誤ってしまう。だから丸くなったものは、常に転がっていないといけない。働くとはそういうことかもしれない。

<第3話>遠い憧れについて

丸くなったものは、遠い憧れで四角いものに寄り添うことができる。もう決してなれないその四角いものに、時に傷つけられながらも。

私が今の福祉作業所で働き始めたのは10年前。放浪癖のある障害者がいた。言葉はなく、人を寄せ付けようとしない。自分の主張は、文字を書いて伝えることはできる。文字はあるのに言葉はなかった。作業所をサボっては、電車やバスで旅に出る。駅のホーム、広い公園、その他風を感じられる場所で風を感じながら、腹の底から大声を出してその風に応えていた。夜になればデパ地下の食品売り場の試食コーナーで食べ歩き。販売員にとっては、話しかければ自分の手を噛んで威嚇し、かといって人に危害を加えるわけではない彼を前にして、通報するまでの気持ちにはならない。だから彼は腹いっぱい食べ歩いて、公園に向かう。公園ではベンチに新聞を敷いてベッドにする。星を眺めて眠りにつく。

そんな彼の行動を知り尽くしながら、私たちは必死に彼を探し続けるが、見つけられる割合は低かった。彼は常に裏をかいて行動していた。デパートも公園も、彼の行動範囲には星の数ほどあるんだから。

足を棒にして探し続ける私は、心配と悔しさとそしてもうひとつ、ひそかな憧れを感じていたことを否定する気はない。

あんなふうに自由気ままに暮らしていけたら、どんなにいいだろうな。そう思うと、さらに必死で探し続けていた。

丸いものはひそかに四角いものに憧れる。そんな感情がたとえわずかでもなかったら、あのトラブルメーカーたちの集結の場・福祉作業所で働き続けることはできないんだろうな。

話はこれでおしまい。

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2006年8月 6日 (日)

弱者の立場、そこに送り出す側の論理

障害者の福祉作業所で、一般就労を目指す仲間への関わりについて。

一般就労を目指す仲間というのは、たいていその作業所においても中心的な位置にいる場合が多い。自分でもその立場はそれなりに自覚していて、その自覚はいろんな形で態度や行動に出ます。そしてそれがゆがんだ形で現れる時、その現場の「職員」と呼ばれる人たちにとって、頭を悩ませるひとつの問題となります。とくに障害を持つ仲間たちに対しての態度や行動。

大きくいって2つのパターンがあるかと思います。ひとつは「この人たちに任せられない」と一人で頑張りすぎてしまうタイプ。頑張るだけなら、なんら問題はない。頑張りすぎてしまって自分がきつくなって、きつくなったら相手のせいにしてしまうんですね。仕事をこなす力はあります。だから信頼されます。でもきつくなって投げてしまったり、人のせいにしてしまったりしたら、それまでの頑張りも水の泡になってしまいます。こういうタイプはあまり背負い込みすぎないように、適度な頑張りに留めておけるように周りが配慮すればいいことですから、関わり方次第ではそれほど大きな問題にはなりません。

さて、次のタイプ。「職員」と呼ばれる人たちが負けてしまうほど、よく周りに気を利かせ、非常に「助かる」人。周りがよく見える分、ついつい指図する側に立ちたがります。それによって「助かる」ことも多々ありますが、「自分の仕事をこなす」という点でやや難がある場合もあります。しかし周りがよく見えているその人にとって、「自分の領域」が視野の外に置かれてしまうのです。

前者はいわゆる「仕事をこなしてくれる人」なので、かかわり方次第では大きく伸びますし、就労支援においても、職場の人・支援者のちょっとした配慮を伝えていけばそれほど大きな問題にはならないでしょう。問題は後者のタイプです。

周りがよく見える分、仲間たちの様々な問題が見えてしまいます。だから自分が問われたとき「あの人だって・・・」とついつい自分と他者の比較をしてしまい、なかなか反省することができません。自分なりには一生懸命周りに気を使って頑張っているのに自分ばかりが責められているような気になってしまう場合もあります。その不満がつのれば、イライラの矛先は仲間たちに向いてしまいます。そしてそれもつのれば、ちょっとしたいじわるやよくない行動を起こすこともあります。ここまで来て、やっとその現場でも重要な課題となって浮かび上がってくるものです。

就労支援に限って、このようなケースへの対応をここでは考えます。周りの仲間へのよくない行動。それに対していろいろ話してみるものの、なかなか心に届きません。道徳的な観点から、説き伏せようとして失敗してしまう場合が多いようです。道徳的にしか問題にできないということは、相手に即して語れないということです。道徳とは個々人の、さまざまな理由をもつ<いい・悪い>の基準、そのさまざまな理由を取り払い一般化して抽象化したものです。つまり個々の理由を取り払ったところでの善悪の基準が道徳ということです。感覚的に抽象的な基準が道徳での善悪なのです。しかし現実に個々人に即すならば、「Aさんが、Bをするにあたって、Cをするということはよくないことである。それはCをすればBができないからである」という具体的な基準があるはずなのです。「AさんがBをする」という現実に即して、その深みに踏まえたところで「Cをすること」を問題にするならば、決して一般的で抽象的な道徳論では終わらないはずなのです。「相手に即して語れない」とはそういうことです。「Bをする」とはこの場合「就職する」あるいはもっと広い意味で「働きながら自分の社会生活を作る」ということでしょう。そのこととの関係で「Cをする」、つまり仲間にたいしてある意地悪的な行動をすることの善悪を考えるのです。

 一般的に障害者が就職する場合、その就職先の世界では「弱い立場」に立つことが多いと思います。もちろんそうでなく本当に社会や会社の先頭に立って頑張っておられる障害を持つ方々もおります。しかし福祉作業所で対象としている仲間たちは、どちらかというと「弱い立場」を前提にした就職を目指すしかない方々です。そうでなければ作業所には来ていません。

 仕事はそれなりにできるといっても、やはり配慮してもらったりフォローしてもらわなければうまくいきません。時には失敗をして迷惑をかけることもあるでしょう。それでも長く働き続けるにはどうしたらいいでしょうか。

 上記のような「弱い立場」の人が会社に入ってきている。周りの人は多くの場合、二つの感情を同時に抱えます。ひとつは「弱い立場」のこの人を助けてあげたい・応援したいという気持ち。もうひとつは、その人のできない部分「弱い立場」に基づく不足の部分に対してイライラする気持ち。・・・まわりはみんな、この両方を持っていると考えればいいのです。自分に即して考えれば分かることです。そしてこの二つの気持ちのどっちがどれだけ大きいかによって、その人の態度や関わり方が変わってくるということです。同情を求めるわけではないけれど、やはり同情に近い感情としての「やさしさ」が職場に多く溢れている方が、「弱い立場」の仲間たちにとっては働きやすい環境となります。

 ではその「弱い立場」の人が、職場でもっと「弱い立場」の人を馬鹿にしたり意地悪したりからかったりしていたら、周りはどう見るでしょう。「助けたい・応援したい」という気持ちと「イライラする」気持ち、そのバランスは大きく変わるでしょう。とても些細なことが、とても大きなことになる瞬間です。職場の人たちにとって、これまで自分のやさしさの範囲で受け止めていたその「弱い立場」の人のさまざまな失敗や不足の部分に対して、それを受け止められなくなります。周りの見方がガラッと変わるのです。それに抗して「憎まれっ子、世にはばかる」とばかりに実力を発揮できればいいでしょうけれど、そこまでの力がない大部分の仲間たちにとってはつらい世界が待っています。

 ほんのちょっとした態度や言葉で、「自分よりも弱い人を馬鹿にしている」と見られてしまった「弱い立場」の人は、その場所で長く勤められる可能性は限りなく低くなるでしょう。そういう態度や言葉は、いくらその仲間が真剣に「自分は就職したい、社会で働きたい」と思っていても、その思いと逆の方向に自分を運んでしまうのです。

 「Aさんが、Bをするにあたって、Cをするということはよくないことである。それはCをすればBができないからである」・・・その論理の具体的な形がこれです。

 支援者としては、ぜひこのような相手のニーズに即した将来の現実をイメージする力をしっかりもって、相手のニーズや現実に即した物事の善悪をしっかり伝えられる、そういうかかわり方を目指していくべきだと思います。

 自分の語る内容が、一般道徳に流れてしまい相手に届かないという現実に直面した際には、もう一度相手のニーズに戻るという習慣をつけていくべきだと思います。

  今日はなんかオレ、偉そうなこと言ってるなあ。12番目の選手のくせに。

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2006年8月 4日 (金)

3+6+2=11 ?

私は経理・事務の仕事は本来あまり好きではない。でもずっと気になっていた事務仕事を一日がかりでやっつけて、昨日はそれなりに爽快感があった。帰宅の時間はやはり、プロ野球のナイターがとっくに終わっている時間。腹ペコです。帰宅すると妻は「ごめん、まだ夕飯できてないんだ」・・・ぜんぜん構わない。私は寛容だ。実はその日の夕方、妻の仕事の報告がメールで送られてきていて、「頑張っているんだなあ」と感心していたところだったのだ。妻は私たちの福祉作業所の利用者が生活するグループホーム(高齢者のグループホームの障害者版)の世話人をやっていて、3人の生活を見てくれている。ではその報告を当たりさわりない程度に紹介します。

私の妻(世話人)の報告

 

まず部屋のものをすべて隣の部屋に移動し、Aさんの部屋にはベッドのみが残る状態にしました(彼の部屋には誰も使っていない一人掛けのソファが二つ置かれていて、これもカビの原因になっていました処分することに。また、押入れにも少しカビがあり、布団も湿っぽい状態です後日干す予定)。

 何も無くなったところで掃除機をかけ、酢水で固く絞った雑巾を使って雑巾掛けし、最後にファブリーズを吹きかけました(何らかの形で本人が週一度でも掃除できればいいのですが。同時に棚、柱などは普通の水で雑巾掛け)。ベッドのマットやタオルケット、枕は干しました(枕はマットをはたいた様に大量のほこりはたききれませんでした)。

 床が乾くまで小物の整理。ずっと使っていない簡易歯ブラシなど必要の無い物はほとんど処分しました。(中略) 残りは衣類の整理。冬物は押入れに、上着とズボンは指定のハンガーに下げました。ベッド下の収納はカビの原因になるのでなくしました(勝手口横の倉庫に置いてあります)。向かって正面の小さな引き戸収納の扉を外し(押入れにしまいました)、そこに収納ケースを置いて、パンツ.靴下.タオル.パジャマをしまいました。着たけどすぐには洗濯しないズボンなどは、脱ぎ捨てないで左手の棚の下段に畳んで置くように話しました。

 最後にベッドのセッティング。厚いマットと薄いマットの間にゴミ袋を2枚裂いて敷き、薄いマットの上にマットカバーを敷きました。除湿剤をベッドの奥、押入れ、ハンガー下の3箇所、ゴキ退治を正面棚とベッド下に置きました。

<Aさんがやったこと>

.持ち物の移動(一緒に)

.酢水での雑巾掛け(畳全部1時間)見ていないと適当。声かけ。

~昼食~

.小物整理(一緒に)、整頓

.ハンガーかけ

.洗濯

 放っておけばすぐもとの状態になりそう。こまめに声をかけて本人が片付けていくように促していきたいです。床の掃除もAさんができる方法を考えたい(クイックルなど)。

 こんな報告を読んだ後だったから、食事準備が遅れていても気になりません。グループホームの3人の世話をよくしてくれていると思います。世話人の仕事を一生懸命していて家事が多少遅れたのでしょう。

 しかし私が帰宅したとき、妻の両手にはバスタオルでくるまれた大きな陸ガメが・・・。「ごめん、今カメたちのお風呂入れてるんだ」と妻。うちの陸ガメたちはお風呂が大好き。最近彼らの嫌いな湿気が多く、多少便秘気味だったので、カメたちもたまにはゆっくりお風呂につかって新陳代謝をよくすることも確かに必要でしょう。お風呂に入ったあとは決まって大きなウンチをしてくれます。カメをひとりずつ丁寧にお風呂に入れ、甲羅の隅々や首の皮、尻尾まできれいにバスタオルで拭いてあげる妻。

「でもうちのカメは6匹もいる。その順番待ちかあ・・・。」

 さらに続けて妻。「ごめん、カメたちのあとはチビたちも風呂に入れるんだ」・・・「チビたち」、二人の息子。長男は自分でシャツを脱ぎ、素っ裸になって待機。

グループホームで3人の世話、続いて6匹のカメの入浴介助と2人の息子の風呂。

3+6+2=11

私の前には11人もいたのだ。私は12番目。サッカーでいえば12番目の選手、つまりサポーターだ。

大いに結構! しっかりサポートしましょう。   

 

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2006年8月 1日 (火)

またいつか富士山へ

先日、うちの福祉作業所に通う車椅子の仲間(通常「利用者」と呼ぶのを私は「仲間」と呼びます)が体調を崩し、私は病院に連れて行きました。3時間ほど点滴。彼は半分眠そう、しかし彼が寝てしまったら私も隣で寝てしまいそう(笑)。で、いろいろ話しかけていました。

今度みんなで筑波山行くけど、一緒に行こうな!

山? オレ車椅子じゃ難しい。遠慮する。

どうして?あれだけ「富士山もう一度行きたい」っていってたじゃん。

彼が車椅子になったのはわずか1年前。その前は知的障害者としてうちの福祉作業所に来ていました。歩けるころは本当に手に負えませんでした・・・。ちょっと目を離すと勝手に好きなところに行ってしまう。鍵が開いている車とか、玄関が開いている家とか発見するともう大変。勝手に入ってしまうんだから。家にはまっすぐ帰らず、お母さんのところには苦情の電話があとを立たない。注意されても3分すれば忘れてしまう。

そんな彼が福祉作業所の仲間たちと富士山の頂上に登ったのは、そのさらに1年前。普段は自分だけの世界で、いたずらばかりしている彼が、富士山の話になると笑顔でいつも報告してくれます。

そんな彼が予期せぬ転落事故で、脊椎損傷=下半身不随になったのは1年前。生死を境にしても「また富士山に登りたい」といつも話し、集中治療室から一般病棟に移るときも「歩けるようになったら、また登るから」と話していました。

彼は「神経は完全に断裂しており、一生足を動かすことができない。」と宣告されていましたが、歩けると信じていました。彼の知的な障害が、ある意味絶望の淵から彼を守ったのでしょうか。暗い顔や諦めた顔は一度も見せたことがありませんでした。そして「絶対にありえない」と言われていた足を動かすということ、あるとき彼は「ホラ!」といってそれを見せてくれました。ありえないことが目の前で起こり、一瞬私は途方に暮れましたが、彼の生命力の強さにただただ感動しました。

生命力の信じがたいほどの強さと前に向かう気持ち、それがあれば「不可能」をなぎ倒せるのか!前に向かう気持ちがあれば、向こう岸にある断裂された神経を、わしづかみにできるということか!

しかし実際に足がピクリと動くようになってから、彼の口から「富士山に登りたい」という言葉がなくなりました。「歩けるようになったら」という言葉もなくなりました。足がピクリと動くようになったことが、むしろその先の道のりの険しさを彼に自覚させたのかもしれません。

そんなこともあり、私は「筑波山に行こう」と持ちかけたのです。始めの答えはNO。

質問を変えました。「最近どんな夢を見る?」

点滴を受け、半分の意識の中で彼はこう答えました。

「飛行機に乗ったり、電車に乗ったり・・・」

「夢の中では歩いてるのか?」と私。

「うん、歩いてる。だけど飛行機から落ちたり電車から落ちたり、怖い」と彼。

普段表情に出したり言葉に出したりしない、いやできない、彼のトラウマです。たとえ夢の中が車椅子でもいいから、楽しい夢が見られたらいいな。

「やっぱり筑波山に行こう!怖かったら下のほうで遊んでもいいし、上に行きたかったらみんなで引っ張っていくから」「分かった、行く」と彼。

明日は彼の退院。入院中も元気なときは私が朝病院に迎えに行って、福祉作業所に連れてきていました。そして仕事が終われば病院に連れて行きます。だから退院も私が行き、そのまま彼は作業所に来るのです。作業所、家族、病院、在宅看護センター、この4者が四辺をなし、彼を頂点としたピラミッドを形成しています。あるいは4者で彼を乗せたお神輿を担いでいるというべきか。

またいつか、富士山へ・・・。

その前に海外旅行に連れて行く約束もしているんですけどね。今年の秋。

彼とはまあ、そんな関係です。

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「この一歩」のための関わり方

私の福祉作業所に最近通い始めた仲間がいます。彼のことはずいぶん前から知っていました。ずいぶん前から「うちにおいでよ」と声をかけていました。でも実際に通うようになったのは最近のことです。

彼は長いこと、いわゆる引きこもりの生活をしていました。長い冬のような生活から、やっと春に一歩近づいてきたのです。

彼の弟は私がやっているもう一つの福祉作業所に通っています。養護学校卒業後、すぐに来たので、すぐに定着することができました。明るく元気に働いています。福祉作業所や授産施設の障害者の給料、その全国平均の何倍も弟は手にしています。それなりに頑張っているからです。しかしそのことは逆に兄弟のこれまでのバランスを崩し、家庭の状態は必ずしもいい方向に向かっているわけではありませんでした。

もともと仕事をする力があったのはお兄さん。弟は何でもできるお兄さんをある面で尊敬しているようでした。そのお兄さんは養護学校卒業後、先生方の支援で就職。しかしその後フォローする人がいなく、挫折。学校から直接就職していった人の場合、この挫折後のケアがなかなかできないのです。(先生方には是非この点を考えていただきたい。先生方の大切にする「就職率」の数字の裏側で、いったいどれだけの人が彼のような状態になってきたのかということです。)

お兄さんは何度かの挫折を経験し、だんだん社会から遠ざかり、いわゆる引きこもりの生活に入ってしまっていたのでした。そして当初から就職でなくこちらの福祉作業所の利用を決めていた弟は、むしろだんだんと社会生活が広がっていく。

お兄さんが弟の足を引っ張るような行動に出ることは、ある意味何の不思議もないことです。

あまりにも重い最初の一歩。この一歩をお兄さんが踏み出すことは本人にとっても弟にとっても何よりも大切なこと。何度か本人やご家族と話をしたり、家まで迎えに行ったりしながら、何とか作業所に通えるようになりました。通ってきてからの彼は実に明るく前向きで、人と話せるのが楽しくて仕方がないといった状態でした。もちろん「働く」という意識はまだまだ先のことですが、通う習慣が少しずつ身についてきました。

毎日汗水流して働くお兄さん、仕事後は私たちをつかまえて延々とおしゃべり。何時になってもなかなか帰りません。一度帰ってもまた戻ってきてしまいます。私の懐の狭さをさらけ出すようで恥ずかしいことなのですが、ある日私は「もう、いい加減に帰りなさい!」と叱ってしまいました。見る見る表情が変わる彼。というよりも表情が消えていきました。無言で小石を私に投げつけ、家と逆の方向へ走っていきました。

その夜彼は帰宅せず。帰ってきてからも布団にこもってしまいました。私が彼の家に行き布団越しに話しかけても無表情はほとんど動きません。またもとの引きこもり生活に戻ってしまうのでしょうか。

そして今日の朝、他の職員が朝迎えに行き、いろんな話をし何とか連れてくることができました。しかし作業所の入り口の前で立ち止まり固まってしまう。そこから先、無理やり中に入れないように、そして彼のペース・彼の世界に入り込み過ぎないようにその職員に私は指示。この入り口での「一歩」が彼にとっては実に大切だからです。この一歩を自力で踏み出せるかどうかが、とても大事なのです。私たちが本当の意味で関われるのは、この一歩を彼が踏み出せるかどうか、この点に絞られてきます。入り口前の道路でうずくまったり頭を抱えたり・・・。近所の目も気になりますが、それを一番に考えてしまうと失敗する場面です。しばらく中から「入っておいで」と声をかけていた私ですが、約1時間。こちらから彼に向かいました。「これが8月の予定だよ。この日みんなで山登りに行こうかと思うんだけど、一緒に行くよね」と関係ない話題から切り出す私。「8月5日に○○で花火大会があるんだ」と彼。「じゃあそれも行こうか」・・・そんな話をやり取りしている中で彼が切り出してきた。

「あの日、早く帰れって言われて、オレなんか役立たずだからもういらないのかと思って、あの後、行く所なくなっちゃったんだよ。」

「道路でうずくまっているままなら、確かに役立たず(笑)。でも中に入って仕事をしてくれたら大切な仲間だよ。じゃあ、中で待っているから。」と私は中に入っていった。

大切な話は、中に入ってからです。入り口の外で話を聞いてくれるという関係をあまり深く作ってしまうことは、実は彼の大切な「この一歩」を作るためにはマイナスな場合もあるのです。どこで手を差し伸べ、どこで差し伸べた手を一度引っ込めるか、この辺のタイミングは実に大切なことです。手を差し伸べすぎて抱え込んでしまうと、彼の引きこもりの殻を破るための「この一歩」が作れません。逆に手を差し伸べないことには何も始まりません。微妙なタイミングを計るためには明確な基準がいるのです。その基準は作業所の「入り口」です。単なる入り口に過ぎないのですが、彼の心の中においては、とても重くそして明確に引かれた線がそこにはあるのです。私は手を引いて彼を中に入れることはしませんでした。それは彼の心の問題は彼にしか解決できないからです。中で涼しい顔して待っていました。しかし他の障害を持つ仲間に私は耳打ち。「中に入って一緒に仕事しようって話しかけなよ。君に任せるから。」・・・彼女はスーッとお兄さんに近づき、「仕事しようよ」・・・。彼もすんなり入ってきました。私も含め、中にいる人は誰も大騒ぎせず、彼がいるという当たり前の空間を当たり前に受け入れて、そして仕事に戻っていきました。後で彼女にはこっそり「さすが!」と持ち上げました。

ことさらに笑顔を振りまいたり持ち上げたりという余計なことは一切せず、普通な環境を普通に作りました。私がそういう態度でしたから、みんなも何となくそういう普通の態度で彼に臨んでいました。

この「入り口」を入ってきた仲間は、それぞれみんな大切な仲間。みんな役割があり、その役割をこなす中で、仲間が必要であることと自分が必要な存在であることを、理屈ぬきで肌で感じる。そういう場所です。

このような関わり方の線、悪く言えば「駆け引き」、これは教科書で身につくものではありません。一切は経験と、その経験を栄養に変える心の持ち方、角度を変えれば「目の前の仲間への想い」、そういうところから身についていくのだと思っています。

その人のこれまでの生き方とこれからの生き方。その接点に私たちは向き合っている。それら全部を「今」という容器に押し込んで、それと向き合うのが小さな福祉作業所の毎日の実践なのです。

みんな分かったかな? 分かんねえかな(笑)?

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