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2006年6月25日 (日)

久々

最近「ふくしねっと工房」のHPばかりいじって、ここが更新されません。ごめんなさい。HPとブログの役割分担を整理しないと。

とりあえずHPも読んでやってください。

「ふくしねっと工房」 http://www.fnetkoubou.com/

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2006年6月17日 (土)

タケちゃんとレコード針

 ぼくは小さい頃、名古屋の片田舎、まだ伊勢湾台風の傷跡が残る庄内川の川沿いの長屋に住んでいました。近所に「タケちゃん」と呼ばれる、おそらくは20代前半のお兄ちゃんが住んでいました。タケちゃんはいわゆる「知的障害者」で、近所のおばさんは「タケちゃんは馬鹿やから、よう話しとったらかんで」(あまり話をしたらいけないよ)と言っていました。でもぼくはタケちゃんが大好きでした。

 タケちゃんはよくうちに来て、小さな包みに入ったレコード針を当時まだ20代だった母と5歳のぼくにプレゼントをしてくれました。母とぼくは「ありがとう」といっていました。タケちゃんに言葉はあったかどうか覚えていませんが、いつもニコニコと包みを持ってきて、ニコニコと手を振って帰っていくのでした。だからうちにはレコード針がたくさんありました。なぜレコード針なのかはわかりません。今から言えば、あの指輪か宝石の箱のような小さな包みが、プレゼントの象徴だったのかもしれません。

 タケちゃんはまた、ぼくの大好きなアマガエルをよく捕まえてきてくれました。ぼくはそんなタケちゃんが大好きでした。

 タケちゃんにはきれいなお姉さんがいました。そしてお姉さんはある日お嫁に行くことになりました。大人同士の会話を聞いていて、なんとなく、それは大きなことなんだと当時ぼくは感じていたような記憶があります。お姉さんの結婚式、しかしタケちゃんは、「風邪をひいたから」ということで、出られないことになりました。本当に「風邪」が理由だったかどうかはわかりません。今から言えば、それは違うのではないかという気がします。とにかくタケちゃんはお姉さんの結婚式に出られなくなったのです。

 タケちゃんは、どうしても結婚式に出たかったのでしょう。お姉さんの結婚式の前の日、タケちゃんは家じゅうの風邪薬や、ありとあらゆる薬をいっぺんに全部飲んで、死んでしまいました。「タケちゃんは死んじゃったよ。だからレコードの針は、大切に使うんだよ」母親の言葉は鮮明にぼくの心に焼きつきました。

 今残っているぼくのタケちゃんの記憶が全部ぼくの記憶かどうかはわかりません。あとから母親に聞かされて、付け加えられた部分もあるでしょう。しかしタケちゃんはお姉さんの結婚式の前の日、確かに薬を全部飲んで死んでしまいました。

 昭和49年。ドラゴンズが巨人のV10を阻止して逆転優勝し、名古屋の街は大騒ぎでした。

 タケちゃんが今のぼくに教えてくれるもの、それは人間は「ありがとう」といわれると飛び上がりたくなるほどうれしくなるし、はじき出されれば本当に悲しくなるということ、それだけです。

 これがぼくの、いわゆる「障害者」という人との最初の出会いです。

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2006年6月15日 (木)

昨日の夕食

私は夕飯はご飯と納豆と決めている。我が家のルールだ。にもかかわらずその日に出てきたのは冷やし中華。私は家族のために一生懸命働いている。なのに何故冷やし中華なのか?しかも納豆はきちんと出てきている。

食後、台所をのぞくと、炊飯器のお釜の中に元気なアサリたち。そしてヤドカリも。

事態はつかめた。要はこういうことだ。その日、ある福祉作業所が潮干狩りに行くというので、「うちのカミさんと息子たちをつれてってよ!」と頼んでおいた。妻と息子たちは潮干狩りでアサリを取ってきて、とりあえず目の前にあったお釜に入れておいた。そしておそらくはそれを見ているうちに愛情が湧いてきてしまったのだろう。そして長男あたりが「食べちゃだめ!」と抗議したのだろう。息子二人の強烈なシュプレッヒコールを前に、おそらくカミさんは屈する形で、料理を断念したのだろう。しかし水槽に移すと更なる情を誘発するのでそれもできず、かといって鍋に移すわけにはいかない。どうすることもできずアサリたちはそのままお釜の中。当然亭主のご飯を炊くこともできない。そこで出てきたのが冷やし中華だ。

 蚊をたたくだけで「死んじゃうよ!」と怒り出したり、カマキリを捕まえてもキスをする2歳の長男。アリをみても「ワンワン(かわいい動物の総称のようだ)がいた~」ととろけてしまう1歳の次男。この二人を前にして、生きたままのアサリを持ち帰ること自体が妻の失敗だ。そして潮干狩りに生かせた私の失敗だ。甘んじて食べようじゃないか!この冷やし中華を。

ところでその福祉作業所の潮干狩りも、作業所職員の報告によればなかなか考えさせられるものだったようだ。最年少のK君は、アサリそっちのけでヤドカリを大量に拾う。そして帰り際に一人悩むK君。かわいいからもって帰りたい。でももって帰ったら死んじゃうからかわいそう。でもこのまま別れることはできない。立ちすくむK君に職員Mがやさしく諭す。しばらくした後、意を決したK君は、そのやさしさの全てでヤドカリたちを解放した。

K君への相談支援。ヤドカリたちへの社会復帰支援。この職員Mは、ふたつの支援を同時にやってのけた。

最近いわゆる「福祉」の世界のの人たちは、やれ補助金が出ないからこの支援はできない・やれ補助金が削られたからこの事業はできないと大騒ぎの様相だが、本当の「福祉」は金がでる・でないじゃない。・・・話を戻そう。

さて、昨夜の冷やし中華とアサリの問題から一日たって、今日私が家に帰ると妻から相談。「アサリ、みんなべろ出して、見てると可愛いねぇ」・・・(お前までも!)「もう食べられないよ」と妻。「仕方ない。お兄ちゃん(長男)と話し合って決めなさい。」と私。

その時点でお釜から水槽に移しかえられていたアサリたちの可愛さに、兄弟は大興奮。奪い合いになりお兄ちゃんのビンタも飛ぶ状況。「お兄ちゃん、アサリ食べる?海に返す?」と私が聞くと「海に返さない。でも、食べたら死んじゃうよ」と悩む長男。次男はただアサリを触りたくて、お兄ちゃんに泣きながらタックル。

悩みに悩んで「かあちゃん、明日海に返しに行こう」と長男。我が家の2日がかりのアサリ問題はようやく決着がついたようだ。

2歳の長男の心の揺れ動きとその純粋さには、胸を締めつけられるような感覚を抱く。でも福祉の現場でもそれに似た感動を数多くもらうことができる。たとえ数の上ではがっかりしたり呆れ返ることのほうが多いのだとしても、だ。

明日雨が上がるといいな。

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